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17話 最上葵

 この洋館で迎える四度目の朝。

 柊弥と蓮は堂本の指示通り、用意された食事を白檀の部屋へと運ぶ。

 部屋に入る際、まず柊弥が扉をノックし堂本から受け取った鍵で解錠し入室する。そして更に執務室と寝室を区切る扉をノックして白檀に呼びかける。その呼びかけに白檀が応え、許しが出て(ようや)く寝室に足を踏み入れることが出来る。

 白檀は寝室のベッドに横たわっていた。柊弥は朝の挨拶と、食事の世話を任されたことへの謝意を改まって述べたが、白檀はそんなことはどうでも良いと言わんばかりに途中で遮ってベッドのリクライニングを起こすように指示してきた。


「ああ腹が減った。最近の楽しみと言ったらこれだけよ。しかし、医者の言うことときたらやれ摂生だやれ養生だと五月蠅くてかなわん」


 柊弥がリクライニングを調節し、部屋のカーテンを開け、空調を調節しながら白檀の愚痴を聞く。その横で蓮が介護用のベッドテーブルに食事を並べていく。

 本日の朝食は鯖の味噌煮をメインに煮物、煮びたし等栄養バランスのとれた和食となっている。

 従来病人食とは味気なく見た目が悪い等々、柊弥自身あまりいいイメージを抱いてはいなかったが、昨今の病人食や介護食はかなり改善されていると聞く。今、目の前に並んでいるそれらを見るからに然もありなんと思う。

 最後に蓮がほうじ茶を淹れ終えると、白檀は満足そうに頷いた。


「うむ、よろしい。どうせ老い先短い人生なら好きな物をたらふく食って好きに生きるに限る。昼は肉にするように」


 白檀は箸を片手にどれから手を付けるかを吟味するように目を輝かせ、柊弥達には目もくれず手の動作だけで二人に退室を促した。既に興味は完全に目の前の食事に移ってしまったようだ。


「ああ、それから堂本と松之をここへ」

「畏まりました」


 最後に取って付けたように命じられたそれに柊弥が応え、それから柊弥と蓮は深々と低頭して退室した。

 廊下に出た二人は同時に大きく息を吐いた。


「思ったよりも普通でしたね」


 蓮が拍子抜けしたといった様子で肩の力を抜く。

 初日に比べると、かなり威圧感は薄れていた。横暴に振舞われることも無く、すんなり事を終えてしまった。

 蓮はどことなく不満そうな顔をしている。おそらく隙を見て部屋の探索をするつもりだったのだろう。

 が、流石に白檀の目の前で部屋の中を探索など出来るはずもない。


「何か気付いたことはあったか?」

「いえ、今のところは何も。ただ、病人にしては食欲大生だな、と」


 確かに、体調が思わしくなく部屋にこもりきりの割には量も内容も中々食べ応えのありそうな食事だった。それ以前に、病人とは思えないほどの覇気と快活さは目を見張るものがある。

 しかし、思ったより調子のよさそうなこと以外、取り留めて注視する点も無かった。

 柊弥はひとまず業務を優先することにする。


「じゃあ、堂本さんと松之様に声を掛けて――」

「私に何か用かな?」


 振り返ると、東雲松之が廊下をこちらに向かって歩いてくるところだった。


「おはようございます、松之様」

「おはよう。父さんは……当主様は起きておられるかな?」

「はい、朝食をお召し上がりです。松之様と堂本さんをお呼びするよう仰せつかっておりましたので、お迎えに上がろうかと思っておりました」

「そうか、ご苦労様」


 扉の前にいた柊弥と蓮は黙礼すると松之に道を譲った。


「随分と、気に入られたようだ」


 含みを持たせた声が(こうべ)を垂れた二人の頭上から投げかけられる。


「どんな手を使ったのだか」


 松之はそう言い残し、部屋に入っていった。

 残された二人は顔を見合わせる。


「……良く思われなかったみたいだな」

「……別に何もしてないんですけどね」


 柊弥と蓮は互いに苦笑いを浮かべると、ひとまず厨房へと戻ることにした。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 厨房では堂本とコックがきびきびと動いていた。

 柊弥は堂本に声をかけ、今朝の白檀の様子と彼が堂本を呼んでいることを伝える。勿論、主が昼食に肉料理を所望していることも忘れずに。


「あの方はご自分が病人だということを自覚しておられるのか……。わかった、白檀様の食器は私が下げておくから、厨房の片づけを手伝ってくれ。食堂の方もまもなく食事が済む頃だろう」


 堂本が柊弥達にそう命じた時、厨房の扉が開きメイドや執事達が食べ終わった食器を台車に乗せて戻って来た。

 

「では、私は白檀様の元へ行くが、後は任せるぞ浅見。蓮と葵は浅見の指示に従うように」


 ごく自然な流れで発せられた言葉だったので、()()を聞き流しそうになった。

 柊弥は自分の聞き間違いかとも思ったが、横で同じくそれを聞いていた蓮が、きょろきょろと辺りを見回す素振りを見せている。


「はい、承知しました」


 聞き覚えのない声に、柊弥と蓮が揃ってそちらを見た。


「三人共、本日も気を引き締めて業務に当たるように」


 堂本はそう言い残すと厨房から出ていった。

 その他NPCの使用人達も、それぞれが持ち場につくように厨房から出て行く。メイドも執事も何故かコックすら厨房から消えていた。


 一人を除いて。


「「誰?」」


 柊弥と蓮が同時に声を上げた。

 見覚えのないそのメイドは、二人から問われ、その勢いに圧されるように僅かに後ずさった。


「あの、あ、あたし、その……謹慎が解けたのでお仕事に復帰します。ご迷惑をお掛けしました……」


 目の前の見知らぬメイドは、深々と頭を下げて二人に詫びた。

 頭の中は疑問符でいっぱいで、柊弥も蓮も瞬きを忘れてしまったようにそのメイドを凝視して沈黙した。

 数秒の膠着の後、先に我に返ったのは柊弥だった。


「あの、すみませんが……どなたですか?」


 柊弥はもう一度、彼女に同じ問いを投げかけた。

 文面だけ見れば随分と間の抜けた問いである。

 しかし、問われた当人は怯えるように視線をさ迷わせ、そしてとても言いにくそうに口を開く。


「あたしは……最上葵です」


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