18話 見知らぬメイド
改めて目の前の女性を見る。
栗色の柔らかそうな髪。内側に少しカールしたボブカットは優し気な印象を持たせる。縁のある眼鏡を掛けていてわかりにくいが、よく見るとかなり整った容姿をしている。小さな顔に少したれ目気味の大きな目、その左の目元には泣きぼくろ。小ぶりな口は薄紅色に色づいている。
スタイルもかなりいい筈なのに、全体的に垢抜けないのはその姿勢の悪さからだろう。
自信なさげに縮こまっている為、なんというか非常に残念な印象なのである。
服装も全体的に地味である。メイド服のスカートは膝下までしっかり隠れる露出度が抑えられたデザインだ。
それまでの最上葵とは似ても似つかない女が、柊弥と蓮の目の前に立っている。厨房中央の作業台を挟んで二人と一人。換気扇の音だけが僅かに響いていた。
「わけが、わからない」
蓮が呆然とその見知らぬメイドを眺めながら呟いた。柊夜とて完全に蓮と同じ心境ではあるが、話を聞かぬことには何も進まない。
「あの、順を追って説明して貰えますか?俺達その……事情が呑み込めなくて。数日前まで一緒にいた最上葵さんは一体何処に?」
「や、やだな……あたしは……ずっとお二人と一緒に仕事してたじゃないですか。謹慎して、勤務態度も反省したんです……だから、そんな意地悪言わないでくださいよ」
噛み合わない主張を繰り返す女は、先程からずっと俯き加減に視線をさまよわせ、落ち着きのない様子で髪を弄っている。柊弥はステンレスの作業台を指で叩きながら少しだけ威圧的に確認する。
「つまり、君はゲーム開始から俺達と一緒にセッションしてきた、メイド役の最上葵だと言い張るのか?」
「言い張るって、何ですか……わ、忘れちゃったんですかぁ?……浅見さんも御厨さんも、何か怖いですよ?」
「御厨さんなんてはじめて呼ばれましたけど」
「あああぁっ……ぅうう……っ」
最上葵と名乗るメイドが苦悶の表情で呻く。
指摘した蓮の方は、表情筋の死んだ顔でこちらを見ている。これは思考に没頭するが故の無表情ではなく、思考を放棄した無表情だ。密かに彼女の表情の微細に気付くようになってきたと口角が上がりそうになるが抑える。
柊弥はどうしたものかと腕を組む。このままここで吐かせてもいいが、他のPL達はこの最上葵を知っているのだろうか。
そう思った矢先、柊弥の腕輪から電子音が響いた。
柊弥だけではない。蓮と謎のメイドの腕輪からも同様に電子音が鳴っている。三人はほぼ同時に腕輪を見た。
腕輪には「至急食堂へ」と表示されていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
食堂では東雲麻人、小峠蘭子、東雲茜、里中藤太の四人が席に着いていた。
呼び出しに従った三人が、食堂の扉を開けるのとほぼ同時に麻人が勢いよく立ち上がった。
「遅い!いつまで待たせやがる!」
その様子から察するに、この場に全員が集められたのは例の麻人の技能によるものだろう。
麻人はその勢いのまま指をさして叫んだ。
「おい眼鏡!もう逃げられねえぞ!」
ひぃ、と柊弥の斜め後ろにいた件のメイドが息を飲む。
「麻人君、僕も眼鏡だから……」
「うるせえ黙れ!」
藤太の弱々しい主張は、怒声にかき消された。
渦中の人物は柊弥と蓮の陰に隠れるように身を縮め、小さな声で弁解する。
「あたしは逃げてなんか……皆さんのお食事が終わって……お片付けに厨房に下がっただけで」
「御託はいい。柊弥、蓮、お前達は今まで何処にいた!」
「俺達は白檀様の朝食をご用意していましたが」
「ちょっと待って、お爺様のお世話が出来るのは堂本くらいでしょう?それを許されたってこと!?」
茜がすかさず柊弥の言葉に反応した。
そんな茜を麻人が片手で制する。
「それは今はいいだろ、話が逸れる。二人はこの眼鏡メイドのことは知ってたのか?」
「いいえ、俺達も今さっき厨房で会ったばかりです」
麻人は深々と眉間に皺を刻み、鋭い視線で柊弥を射抜く。
しかし柊弥が動じることもなく見返していると、麻人が舌打ちをして目を逸らした。
「お前ら二人がいない間、俺達はいつも通り朝飯を食ってた。父さんや母さん、侘助叔父さんも一緒にな。お前らがいないから配膳は他の使用人がやってたよ。で、食事が終わって食堂を出ようとした時、侘助叔父さんが言ったんだよ」
麻人はつかつかとこちらに歩いてくると、柊弥と蓮を押しのけてその人物の正面に立った。
「後で部屋にコーヒー届けてくれるかい葵ちゃんって、そう言ったんだ!こいつに向かって!」
麻人の剣幕に彼女は身を守るようにますます俯いて縮こまる。
「それだけじゃない。堂本もこの女のことを葵と呼んでいたし、侘助叔父さんに真意を問いただしても、こいつが最上葵で端からここにいたかのように言いやがる。しかも訊いた俺の頭がおかしいみたいな言い方されたんだぞ!ふざけんな」
怒り心頭といった様子の麻人を、柊弥が肩を押さえて宥める。
麻人の言葉を引き継ぐように、婚約者の蘭子が咳ばらいを一つして続ける。
「で、らちが明かないから、このどう見ても脇役NPCメイドにしか見えない地味女を問いただそうとしたのよ。そしたら」
「走って逃げやがった!」
憤慨する麻人の怒声を耳元で浴びながら成程、と柊弥は理解する。
この正体不明のメイドは食堂から逃げてきたところで柊弥達と出会い、そして麻人の特殊技能で再び食堂へ戻ってくる羽目になったわけだ。
PL全員の目の前で、逃げられない状況に震えながらも謎のメイドが再び口を開く。
「あたしは、最上葵です」
震える彼女は小さいながらも、はっきりとそう言った。
「嘘つけ!どこをどう見たらあの小生意気な葵に見えるんだ!見た目全然違うじゃねえか!大体なあ、あの葵はこんな立派な乳してなかっただろ!まな板絶壁だっただろ!!」
「麻人!!」
発言に嫉妬した蘭子が椅子から立ち上がって麻人を睨みつけた。
自称葵は顔を赤らめ、胸を隠すように両腕で庇って後ずさる。
「それに眼鏡だって掛けてなかったし……ん?あれ、なんかこいつ、結構可愛くないか?」
麻人が更に近づく。
「ちょ、ちょ、眼鏡外してみ?てかこれ伊達か?」
麻人が彼女の顔を覗き込んで眼鏡を外そうと手を伸ばす。その行動に耐えかねた蘭子が彼女と麻人の間に割って入ろうとした――。
「……っぃいやあぁぁ――!!」
麻人がその眼鏡に触れるよりも、蘭子が麻人を止めるよりも先に、食堂に甲高い絶叫が響き渡った。
「やだやだっ……やだぁ!!触らないで!触らないでぇっ!!」
「お、おい……」
麻人が面食らったように呼びかけるが、自称最上葵はその場に蹲ったまま、小さく呻き声をあげるだけだ。
「ああもう、どうしろってんだ。聞いてるかGM!説明してくれ!」
麻人がお手上げだというように天を仰いで呼びかけた。
直ぐに電子音と共にGMの声が食堂に響く。
『皆さんお疲れ様です。GMです』
「おう、お疲れだよ俺達は!何なんだ、これ!こいつ誰だよ!」
『最上葵さんです』
何の解決にもならない答えが返ってくる。
「いい加減にしやがれ!こんな女知らねえって言ってんだ!俺達が知ってる最上葵は、舞台挨拶から一緒だった、ぶりっ子ツインテメイドだ!」
わしわしと頭を掻きむしる麻人。その苛つきようはその場で地団駄をも踏みそうな勢いである。
『少しだけ言い方を変えましょう。これからこの物語上、最上葵は皆さんの目の前にいるその方です。初めから皆さんと一緒にゲームに参加していた。よろしいですね?』
「よろしくないわよ。あの生意気な馬鹿女はどこ行ったのよ」
GMは答えない。食堂内を沈黙が支配する。
その沈黙を破ったのは麻人の長い長い溜息だった。
「なあGM……一応さあ、俺は技能まで使って全員集めたわけ」
麻人が掌でテーブルを叩いて苛立ちを強調する。
「ポイント使って、ちゃんとダイスロールも成功して、全員集めてんの。なのにこんな説明にもなってないような説明で納得できるわけないだろ。はいそうですかって今まで通りプレイできるかって」
『亡くなりました』
え、とその場の何人かが声を漏らした。
皆、口を半開きにして目を見開いて同じような表情で呆けている。柊弥と蓮以外は。
『皆さんが数日前まで最上葵と呼んでいた人物はこの世におりません』
「そ、れは……何かの暗喩かしら?」
『暗喩、とは?』
茜は言葉の真意を尋ねるが、逆にGMに聞き返されて黙ってしまった。
「死んだって……あの葵ちゃんが?それって……殺され……」
藤太が震える声で呟く。
その呟きに麻人がテーブルを拳で殴った。
全員がその音と衝撃に体を震わせて麻人を見た。
「ふざけんな。亡くなった?他人事みたいに言ってんじゃねえよ。お前らに殺されたんだろ!なあ、GM!」
麻人が天に向かって吠える。
「葵はGMの命令で連れ去られた……その後、謹慎とか言ってそれっきり姿を現さなかった。もし、本当に葵が死んじまったなら、殺したのはお前だGM!シナリオを引っ掻き回され台無しにされて、邪魔になったから殺したんだ!違うか!?」
『違います』
あまりの即答に麻人は後に続けようとしていたであろう糾弾の言葉を飲み込んだ。代わりに、蛙の潰れたような声を出して黙った。
『何か勘違いなさっているようですね。この物語の中で死者が出たとして』
その場にいる誰もが息を飲む。GMは静かに続ける。
『皆さんの今立っている舞台、深層の洋館内で起こったことは全て物語の中で解決してください。外側を気にする必要はありません。いいですか、あなた方の現実を受け入れてください』
「物語の中?外側?イミわかんねえ……もう一度聞くけど、俺達の知っている最上葵はGM、お前に殺されたんじゃないのかよ?」
この状況で、それをもう一度言わせようとする麻人の度胸を褒め称えたいと柊弥は思った。
案の定、GMからの圧力と思わせる重苦しい沈黙が続いた。
時計の振り子の音が耳障りなほどよく聞こえる。
そして次に空気を震わせたのは、やはりどこまでいっても抑揚のない、それでいて良く通る声だった。
『皆さんの知る最上葵は死にました。GMは手を下しておりません』
通信はその言葉を最後に、途切れた。




