16話 混ぜるな危険
真夜中の休憩室。その閉じられた空間に男女二人きり。
手際よく調理を進めていく蓮の後姿を、柊弥は頬杖を突きながらぼんやりと眺めていた。
昼間そうしているように休憩室のテーブルに腰掛けて大人しく蓮を待つ。
話したいことがいくつもあった筈なのに、柊弥の頭は未だに呆けたままだ。
夕食をとり損ね、腹が減って眠れずにいたところをサエキに提案された。休憩室にいけば食事にありつけると。
「……知ってて誘導したな、あの人」
白檀に呼び出された後、蓮とは殆ど話が出来なかった。表面上は蓮も柊弥も平然としていたが医務室での出来事が尾を引いていない筈がなかった。
気まずくなって話し合いが持てないのはこれで二度目だ。いよいよチーム戦の様相を模してきたのに、どうしたものかと思っていたところにこれである。
自分の気持ちを見透かされたうえ、お膳立てされているようで釈然としないが、甘んじて受け入れよう。
可愛らしい年下の女性が、自分の為に夜食を作ってくれている。
そう、どこからどうみても見目麗しい女性。
昼間とは違い、ふわふわとした柔らかそうな服に身を包んでいる。純白のワンピースのような夜着は異国の物語に描かれる乙女を彷彿とさせる。肩に掛かる艶やかな黒髪は解かれたまま。
部屋に入って来たとき、その光景に目を奪われた。ランタンと淡い月明かりに照らされたその姿は物語のワンシーンのように神秘的だった。
例えばそう、妖精とか、もしくは。
「天使……」
「はい?なにか言いましたか?」
思わず発してしまった言葉に、柊弥は我にかえって口を押さえた。先程からどうも詩的表現が過ぎる。この雰囲気のありすぎる洋館が没入感を強めるのか、語彙が物語の登場人物並みに情緒的だ。
いや、事実ここは物語の舞台で、自分達は物語の登場人物だ。ロマンチックな思考にもなるだろう。
柊弥は恥ずかしさを紛らわすように、先程の大胆な行動はこの妙に雰囲気のある舞台に誘発されたのだと結論付ける。彼女に向かって恥ずかしい台詞を口にしてしまったのも舞台のせいだ。
……だとしても、やっぱり可愛いよなぁ。
柊弥は緩みきった口元を隠すことなく蓮の後姿を眺める。
施設で蓮を見た時、彼女は清楚なワンピースを着ていた。ずっとこういう服を着ていたらいいのに。
「……その服」
「え?」
「いや……その服、その……汚れちゃわないか?油跳ねたりとか」
「いいんですよ別に。もう着ませんし、どうせ間違って配給された物なんですから。明日にはちゃんとした服を用意してもらえますから」
「ちゃんとした服って?」
「御厨蓮に合った服」
今の服だって、とても似合っていると思うのに。勿体無い。
「お待たせしました」
そう言って蓮が出してきたのは炒飯だ。しかも、唐揚げ付きの。
食欲をそそる香り、この時間の夜食には堪らないメニューである。
「じゃあ、さっそく……いただきます!」
「どうぞ、お口に合うといいんですけど」
柊弥は律義に手を合わせてそう言うと、できたての炒飯を口に運ぶ。
「ん!……うまっ、めちゃくちゃ美味いよ!唐揚げも……サクサク、柔らかっ!」
「お、大げさだな。ここの食材がいいんですよ」
「んん、味付けがもうこれホント俺の好み。この唐揚げもちゃんと下味ついてるのな。これだったら金払う気になるのになぁ」
柊弥は油濃くて味の薄い社食の炒飯を思い出す。ついでに唐揚げ定食の唐揚げはサクサクを通り越してカスカスでいつも固かったことも思い出した。
「あー、キンキンに冷えたビール飲みてー……」
「こんな時間から飲み始めたら残りますよ。朝早いんですから。でも、よかった……美味しいって言ってもらえて」
そう言って蓮は安堵の笑みを浮かべて、ビールの代わりに冷たい麦茶を差し出してくる。
天使だ。
見た目も中身も。
蓮は柊弥の正面に座ると、自らも同じように食事を始めた。
柊弥は炒飯をじっくり味わいながら幸せを噛み締める。自分の為を思って作られた食事はこんなにも美味いものなのか。施設のラウンジで親子丼を食べた時とは比べのもにならない幸福感が柊弥を満たしていた。
しみじみと感じ入っていると、蓮が話し始める。
「浅見さん、実は私さっきまで本館の探索をしていたんですけど」
「ぅん!?……んぐっ、ゲホッ」
「え、大丈夫ですか?浅見さん」
「……一人で探索してたのか、こんな夜中に」
その格好で?
「はい。あ、でも誰にも見つかりませんでしたよ?」
俺に見つかってんじゃねえか。
「でね、私、最上葵が監禁されていた部屋にまた行ってみたんですよ。そしたら、見張りがいなくて……部屋の鍵が開いてたんです」
「なんだそれ……ていうか、お前まさかその部屋に入ったのか?」
「勿論」
蓮は意気揚々と語り出す。
部屋に誰もいなかったこと。それどころか部屋を使用した形跡も見当たらず、葵がいた痕跡が消されていたこと。そして、完璧にルームメイクされた部屋の中で唯一残された手掛かり。クローゼットの中身、血まみれのメイド服。
「浅見さんと隠れた時には確かに空だった筈なのに。何なんですかね、あれ。夜中にあんなもの見付けるなんて、気味が悪くて…………あの、浅見さん聞いてます?」
話の途中から、柊弥は相槌もせずに黙々と唐揚げ炒飯を食べ続けていた。その顔はいかにも不機嫌そうで、眉間にしわが寄っている。
「あの……やっぱりお口に合いませんでしたか?」
「美味いよ、おかわりが欲しいくらいだよ。そうじゃなくて、こんな夜中に一人で探索なんて危ないだろ」
「……自分だって夜中に一人でこんなとこ来てるくせに」
「俺はいいんだよ!けどお前はおん……っ……兎に角、危機意識が低すぎる。どうしてお前はそう――……」
柊弥の長い説教が始まる。
蓮は目を逸らして得意のポーカーフェイスで黙って炒飯を食べている。その素知らぬ顔が、どこか不貞腐れているように見えるのは気のせいではないだろう。
昼間も似たような表情をしていた。あの時は服装と口調から反抗期の少年の様に目には映ったが、今はその表情すら愛らしく映る。
くそ……可愛い。
柊弥は謎の悔しさから腹いせに蓮の皿から残っていた唐揚げを一つ摘まんで口に放り込んだ。
「あ!また人の食べ物とった!何でそういうことするんですか?行儀悪いな、人に説教する前にその癖直した方がいいんじゃないですか?」
「癖じゃないし。こんなことしたことないし、今まで」
仏頂面のまま唐揚げを咀嚼し食べ終えると、最後に麦茶を一気に飲み干した。
「……東雲白檀が言ってたこと、忘れたわけじゃないだろう?過去の連続殺人犯は、今、この館にいるって」
「ええ、過去の殺人事件の謎解きが、明確に犯人捜しになった。メタ推理するとその犯人はNPCの中にいる可能性が高い。もしくはPCの中に犯人が紛れ込んでいる、PCのふりをしている犯人役がいる」
犯人役?
その言い回しに、柊弥は妙な引っ掛かりを覚えた。
「それどういう意味だ?」
「だって推理小説とかでも犯人は名前のあるキャラクターでしょ?その辺の名も無い脇役が犯人なんて盛り上がらないでしょう?まあ、これだけ広い敷地ですから正体不明の殺人鬼が潜伏してるっていうストーリーも無くはないですが……」
「お前、怖くないのか?殺人犯がこの敷地内にいるんだぞ?」
「浅見さん……一番やっちゃいけないことですよ、それ」
柊弥は蓮が何を言っているのかわからず、黙って視線で先を促した。
「虚構と現実を混同してはいけません。魔法使い役を演じていたって本当に魔法使いの訳ないじゃないですか。TRPGで一番やっちゃいけないこと。PCとPLの混同。PCとPLは別であるし、PCに対しての言動はPL自身に対してではない。役割演技を間に受けちゃいけません。その区別がつかなくなったら、それはもうゲームじゃない」
「じゃあ、実際には殺人犯もいないし連続殺人事件も起きてはいないということか?」
「現実だったら解決するのは私達じゃなくて警察の役目でしょう。……TRPGで警察程役に立たないものはありませんが」
言いたいことはわかる。しかし、どうも承服しかねる。
「TRPG……TRPGって何なんだ?俺達が今やっていることって本当にTRPGなのかな」
「確かに。体系としてはTRPGというよりLARPですね」
蓮がまた柊弥の知らない単語を口にする。度々こうして蓮経由で覚えていくことがあるが、マネージャーであるはずのサエキは放任主義を貫いている。
「LARP、ライブアクションRPGと呼ばれるものですが、これはその舞台に応じた衣装に着替え、実際に体を動かして遊ぶゲームです。PLが実際に行動することによってゲームが進むわけです」
「へえ、ならこれTRPGじゃなくてLARPなのか?」
ゲームというのもに疎い柊弥は、世の中に自分の知らない遊戯が多数存在していることに感心してしまう。
「確か舞台挨拶でGMはこのゲームをリアルTRPGと銘打ってましたね。……なんだろう、しっくりこないな。単純にリアルRPGで良いのに……テーブル要素どこ行ったんだ……TRPGって……」
「蓮、また初日の俺と同じこと言ってる。いや、そうじゃなくて!俺が言いたいのはそういうことじゃなくて!」
蓮がいつもの悪癖を発揮しそうになっているので、柊弥は慌ててこちらに意識を向けさせる。ここで思考の海に沈むのは勘弁願いたい。
「殺人犯がフィクションで実在しない体で話してるけど、本当にそう言い切れるか?これは、本当にゲームと捉えていいのか?」
「何を言ってるんです。GMは何の略です?ゲームマスターですよ?これは謎を解いて十億を手にするゲーム。じゃなかったら私達はここにいないでしょ?」
「じゃあ、葵も何処か別の場所で無事でいると?」
「当たり前じゃないですか、やめてくださいよ……実際の人の安否をゲームに持ち込むの」
「じゃあ、血まみれのメイド服は何なんだ?」
「血糊でしょう」
「本当に血糊だったのか?」
柊弥の言葉に蓮は押し黙った。月明かりのせいだろうか蓮の顔が青ざめて見えた。
その様子を見た柊弥はそれ以上追求することをやめた。
「……確かに憶測にしても軽率だったな。わかった、昼間もう一度その部屋を確認してみよう。今度は俺もついていくから」
何にせよ実際に見てみないことにはわからないだろう。結論付けるのは早計である。
柊弥は話題を変えることにした。
「推理はさておき、ここからは執事としての仕事の話しだ。明日から……いや、もう今日だな。俺達二人で白檀様の食事を運ぶことになったから」
柊弥が仕事を終えて自室に引っ込もうとしたとき、堂本から呼び出しがあった。用件は、翌日から東雲白檀の食事を部屋に運べというもので、それも白檀直々の命だという。
その段取りや説明を受けていたらいつの間にか夕食のタイミングを失ってしまったというわけだ。
「へえ、凄いじゃないですか!それって浅見さんとの会話で白檀様が心を許したってことでしょう?」
今まで白檀の食事は堂本が運んでいた。それ以前に白檀の部屋には限られた人間しか入れない。親族でさえ白檀の許しが無くては彼に目通りも叶わない。それが、明日から柊弥と蓮の二人で白檀の食事を運ぶことになったのだ。
「これは大きな一歩ですよ。今のところ彼がこの洋館の謎に一番近い人物、真相を知る人間ですから。いよいよ、探偵浅見柊弥の本領発揮ですね」
「なんだよ、急に」
「だって白檀様に探偵役を仰せつかったでしょ?探偵浅見柊弥シリーズ、深層の洋館殺人事件……なんちゃって」
どこかで聞いた様なフレーズは聞かなかったことにして、蓮はいつになく上機嫌だ。
「楽しそうだな」
「楽しいです。浅見さんと推理するのは楽しい。もっともっと、一緒に色んなところを探索してみたい」
彼女が何でもないことのように口にした言葉は、柊弥の胸に熱を伴って広がってゆく。
これが昼間だったら違った印象を受けたのかもしれない。執事姿の少年の様な姿であれば「そうだな、相棒」などと返したかもしれない。
けれど、今の蓮を前にしてそんな切り返しが出来るはずもなかった。
本当に自分はどうしてしまったのだろう。十代の、思春期の学生じゃあるまいし、言葉一つでこんなに心躍らせて。
大人になると飾り気のない言葉ほど口にするのも難しく、不意に投げかけられた時には心に響く。
普段思慮深く、演技と鉄面皮で本心を隠すのに長けている彼女だからこそ、何の気なしに口にした言葉が特別に思える。
「浅見さん?」
「ああ……明日も、頑張ろうな」
笑って、そう答えた。彼女の目を真っ直ぐに見返すことは出来なかったけれど。
真正面から見つめ返したら、この熱が伝わってしまうだろうから。
LARPのアドバイスを下さった読者様、ありがとうございました。
まだこの物語にお付き合い頂けているかわかりませんが、この場を借りてお礼申し上げます。
ところで浅○○彦シリーズが通じる方どれくらいいらっしゃるんですかね




