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15話 月が綺麗ですね

「夜食といえば、鍋焼きうどん、とか?いや夏にそれはないな」


 冷蔵庫を開けると冷気がこちらに流れてきた。

 私は中を覗き込んで材料を確認する。

 肉、野菜、魚、様々な食材がたっぷりと用意されている。

 別館の休憩室、そこにある物は基本的に使用人達の物だ。ミズノは好きに使っていいと言っていた。


「カップラーメンは置いてないし、おにぎりじゃ物足りない……炒飯なら直ぐに作れるか。唐揚げも付けようかな」


 料理をするのは久しぶりだ。気晴らしには丁度良い。

 休憩室を照らしているのは探索に使用していたランタンと、窓から差し込む月光のみ。

 先程のこともあって、部屋の灯りは点けていない。手元はランタンで十分照らせるし、室内は月明かりでそこそこ見える。

 それにしても他の皆はどの程度探索を進めているのだろう。謎解きは進んでいるだろうか。

 昼間の白檀の話を思い出す。気になるのは他のPL達が白檀に何を告げられたかだ。やはり、このゲームはチーム戦を想定したものなのだろうか。チームとして勝利を目指す、これがそういう主旨のゲームならば、麻人と蘭子がああして肉体関係で結びつくのも理に適っているのかもしれない。PCとしての関係性だけでなくPLとしても密な関係になるだろう。身体の関係というのは一度結んでしまえば容易に割り切れるものではない。

 

「ああそうか……」


 昼間から感じていた違和感と心地悪さが何なのか思い当たってしまった。

 PCとPLの混同。それは本来TRPGでは避けるべきこと。

 しかし、このリアルTRPGではPLとPCの混同どころかPCがPLを侵食しているような気さえする。昼夜を問わずPCとして日常を経るうちに、それはごく自然に、無意識に自身に浸透していく。

 そうなるように仕向けられている。

 それが一番気持ちが悪い。

 役割の筈が自分自身に。演じている役そのものに。


「御厨蓮、ね」


 御厨蓮のキャラクターシートにはこう書いてある。

 性格は明るく、前向きでお調子者。使用人仲間の葵や柊弥との関係は良好。

 悪くない設定だ。

 けれども私は御厨蓮にはなれない。 


「だって……どうあったって」


 私は女だから。演技以上にはならない、役割演技が自分自身にとって代わるなんてことはありえない。どんなに真剣にプレイしたとしてもゲームだ。

 そう、全てはフィクション。例えば葵が姿を消したとしてもそういう()()なのだ。白檀の言っていた通り、ここは舞台。私達は与えられた役を演じるだけ。


「……勿論真剣に演じるさ、勝てば十億だもの」


 私は玉ねぎを力任せに真っ二つにした。

 もう私にはそれ以外に道はないのだ。気を引き締めなければ、きっとそれはここにいるPL全員その筈だから。

 その時、扉の開く音がした。

 反射的にそちらに振り向く。

 

「蓮?」


 扉の前に立っていたのは、浅見柊弥だった。

 チーム、相棒、バディ、私の……いや御厨蓮の味方だ。

 だから私がこうして真夜中に探索して、こんなところで夜食を作っているところを見られたとしても問題はない。

 なのに私は殆ど絶望的な気持ちで柊弥を見る。


「こんな夜中に何やってるんだ?それに、その格好……」


 彼が私を、私のこの姿を見ている。

 まただ。また間違えた。こんな浮ついた格好で、夜中にふらふら出歩いて、隠れるようにこんなことを。

 これは偶然だろうか。再び昼間のことを思い出して胸を押さえた。また見つかってしまった。見られたくないのに、隠しておきたかったのに、この人は見破ってしまう。


「違うんです!これっ、これは、その」

「蓮」

「別に怪しいことは何もなくて!この格好も仕方なくて……だからっ」


 私は何を焦っているのだろう。見つかったのは不本意だが、疚しいことなど何もない筈なのに。

 ああ、やはりこんな格好をしているからいけない。御厨蓮としてちゃんと振る舞えないのは執事の格好をしていないからだ。そうに違いない。

 その証拠に彼も驚いた表情のまま、私を凝視している。役にそぐわない格好をしている私を不信に思っているに違いないのだ。

 私は彼の視線に耐えきれなくなって、この場から逃げ出そうとした。

 しかし、柊弥の横をすり抜けて扉に向かおうとしたとき、腕を掴まれて引き戻された。


「……っや」


 掴まれた腕を振りほどこうとすれば、今度は後ろからもう片方の腕が私の肩を囲うように捕らえた。


「あ、浅見さ……はな、し……っ」

「放したら逃げるだろ。それでまた俺のこと避けるんだろ」


 恥ずかしい。こんな格好を見られたことも、今こうして、まるで抱きしめられているようなこの状況も。

 どうしよう。どう取り繕えばいい。どう振る舞うのが正解なんだ。

 執事の御厨蓮。今この格好でこの状況でそんな役割演技、整合性がとれる気がしない。

 頭の中は混乱を極めていた。兎に角この腕を引き剥がして、逃げることしか考えられなくてもがいた。けれども、腕はびくともしなくて力が強まるばかりだった。


「蓮、落ち着け」

「は、放して下さい!お願いだから!」

「……俺のこと嫌なのか?」

「そうじゃなくて!私っ……今おかしな格好してるから!明日説明するから!」

「おかしくなんかないだろ」


 耳元で喋る柊弥の吐息が、肌を掠める。


「可愛い」


 その言葉を聞いた途端、私は喉の奥が締め付けられるような感覚と、頬が熱を帯びるのを感じた。

 今、この人はどんな顔をして私にその言葉を投げ掛けたのだろう。

 今……私は、どんな顔をしているのだろう。


「昼間はごめん。俺、デリカシーなくて……嫌な思いさせたよな」


 唇を噛み締める。後ろから抱き締められて、女として気遣われても、どうしたらいいかわからない。居たたまれなさと得たいの知れない不安から下腹部を押さえる。そうして私は身を縮こまらせることしか出来ない。

 

「けど、俺をもっと頼ってくれていいんだ。俺はお前の……相棒なんだから」


 まだ出会って日は浅いけれど、彼には何度も助けられている。

 信用し過ぎてはいけない。依存してはいけない。わかっている筈なのに。

 つい先ほど一人きりで探索して、思ってしまった。一人、暗い部屋で血まみれのメイド服を見つけて、ここに彼がいてくれたら、そう思ってしまった。

 無言で俯いている私に対し何か思うところがあったのか、彼は私を後ろから抱きとめていた腕を緩めた。


「なあ蓮、俺にこんな風にされるのが嫌だったら、お前なんか嫌いだセクハラ糞上司!ってぶん殴ってくれ」

「……え?」


 急に何を言い出すのかと思えば、全く脈絡のない意味のわからないことを提案された。

 私が彼を殴る。いったい何のために。

 自身を落ち着かせることに精一杯で彼の言葉の意味を理解しかねる。

 話は、私が真夜中にこそこそと一人こんなところで怪しい行動をしていること、そして役割にそぐわないこの格好について言及されるべきではないのか。


「どうして浅見さんを殴らなきゃいけないんですか?」

「……それ、俺にこうされても嫌じゃないってことでいいのか?」

「浅見さん?」


 柊弥が私を正面に振り向かせる。それから既に何度かそうされたように頭を撫でられる。そのまま柊弥の指が髪を絡めとり、そうして、ゆっくりと、絡ませた髪を私の耳に掛けた。

 その指の、耳と首筋を撫でるような感触に私は何故か身震いしてしまう。

 

「……嫌か?」

「……何が」


 何のことを言っているのかわからないから聞いたのに、柊弥は黙って見返すだけで答えてくれない。

 仮に頭を撫でられることを言っているのなら不快ではないし、もう何度もそうされて安心感を得ているのは事実だ。

 嘘を吐く意味なんてない。

 だから私は正直に答える。


「嫌じゃないです……」


 明瞭に答えたつもりが、自分でも驚くほど小さく震えた声が出て戸惑う。

 喉元と胸が苦しくて、言葉が出てこない。

 ちゃんとここにいる理由と、この格好の説明をしようとしているのに。そうして理解してもらって早くこの場を離れて部屋に戻ろうとしているのに。次第に動悸まで激しくなる。

 大丈夫、彼は話せばわかってくれるし何も焦ることなんてない。何も疚しいことなんて無いんだから、大丈夫、大丈夫だ。

 そう思うのに、どうして今すぐ逃げ出したいのだろう。理由の分からない羞恥と焦燥で叫び出したい気分だ。


「あ、さみさ……わたし……っ」


 自分のかすれた声に情けなくなって、思うように意思を伝えられなくて、もどかしさに眉間にしわを寄せて柊弥のシャツを握りしめた。

 すると、彼は私の肩に置いていた手を腰に回して引き寄せた。

 ワイシャツとネグリジェの生地越しに体温を感じる。それがまたどうしようもなく恥ずかしくて、更に顔に熱が集まるのがわかった。


「そんな顔するなよ、だから勘違いされるんだ」


 自分が今どんな顔してるかなんてわかるわけないだろ。

 私は私の顔を見られないんだから。

 鏡でも持ってきてよ。

 心の中で叫んだ言葉は、何一つ音として発せられることはなかった。


「パーティーで着飾ってた誰よりも今のお前の方が綺麗だ」


 私はもう頭の中が真っ白になって、その場に立っているのもやっとだった。

 どういうつもりだ。何を思ってそんな歯の浮くような台詞を吐くんだ。今時、ドラマの俳優だって言わないような台詞を、恥ずかしくないのか。

 そう一蹴したいのに、出来ない。

 彼は、相手を誰かと間違えているのではないだろうか。そうでなければ、相棒に、バディに対して言う言葉ではない。


『浅見柊弥、不適切な発言により五点減点』


 冷たく、無機質な声が響く。


『同じく御厨蓮、役割演技に反する身なりとその行動が他PCに影響を与えた為、五点減点』


 GMの声を聞いて、私は冷や水でも浴びせられたかのように、急激に頭が冷えていくのを感じた。


「ごめんなさい、また私のせいで浅見さんに迷惑かけて」

「謝るな」


 ぴしゃりと厳しい口調で咎められて口を噤む。

 俯いていた顔を上げて柊弥を見ると真剣な面持ちでこちらを見下ろしている。


「お前は何も悪くない」


 そう言うと柊弥は何を思ったのか、今度は正面から私を抱きしめた。

 それは先程とは違い、逃げる相手を引き留めるという理由も無く、純粋な抱擁だった。


『浅見柊弥、PC御厨蓮に対し整合性の取れない役割演技の為、更に五点減点』

「あ、浅見さん!また減点されて……」

「そんなことどうだっていい。蓮、嫌なら嫌と言ってくれ。じゃないと俺、あの時のあの男みたいに勘違いするから」


 あの時の男と聞いて誰のことか直ぐには思いつかなかったが、少し考えを巡らせて施設で私の兄役をしていた男のことを思い出す。柊弥に初めて出会ったあの時の。

 私は柊弥の顔を真正面から見つめる。


「貴方はあの男とは違います」


 私は今度こそしっかりとした口調で告げた。

 だってあの時、私を助けてくれたのは貴方じゃないか。

 柊弥は少し複雑そうな顔で私を見返した。


「蓮、俺は――」


 柊弥が何かを告げようとした時、ぐう、という音が聞こえた。

 互いに密着している以上、それが聞こえてしまうのは当然と言えば当然なのだが。


「浅見さん、お腹空いてるんですか?」


 私が率直に尋ねると、彼は抱きしめていた腕を放し、私を解放した。


「……晩飯食べ損ねてさ。腹が減って眠れないからここの冷蔵庫にあるもの適当に何か貰おうと思って」


 柊弥は首筋に手をやりながらどこか気まずそうに訳を話した。

 それを聞いて私は安堵した。


「なんだ……浅見さんも私と同じだったんですね。私も夕食取り損ねてお腹空いちゃって」


 言葉が難なく出てくる。漸くここにいる理由をまともに説明出来た。少し落ち着きを取り戻せたようだ。


「夜食に何か作ろうと思ってたんです。浅見さん、もしよければ一緒に食べませんか?」


 私は昼食時にそうするように柊弥を夜食に誘ったのだった。


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