14話 真夜中の探索
今回はかなり長めです。お付き合いください。
「……駄目だ、もやもやする……なんなの」
入浴を済ませ髪を乾かし終えて、ベッドに横になったはいいが、どうにも眠れない。
私は起き上がりベッドサイドの時計を見た。時刻は午後十一時を回ったところだ。
「ミズノさん、起きていますか?」
私が左手の腕輪に語りかけると、少しの間の後に腕輪が起動するような小さな電子音が鳴った。
『……ミズノです。どうしたの、蓮?』
「すみません、お休み中でしたか?」
『大丈夫よ。貴女達の様子は二十四時間体制で見守られているから……確かに私は今、休憩中だったけどね。私達も休める時に休んでいるのよ』
ミズノは明るく何でもないことのように言ったが、二十四時間何をしている時も監視されていることを改めて自覚させられた。
「……その、夕食抜いたからか……少しお腹が減ってしまって」
東雲白檀に呼び出された後、直ぐに自室に戻ってきた。白檀の言葉の意味とゲームのクリア条件を照らし合わせて何をすべきか考え直す必要があった。時間を忘れ思考に沈むうちにNPCのメイドが夕食を用意してくれたのだが、そのときは食べる気にならなくて断ってしまった。
まあ、食べる気になれなかったのはそれだけが理由じゃないけれど。
『そうね……今の時間だとNPCで動かせるメイドいたかしら。用意させるのにちょっと時間かかるかもしれないけれど、いい?』
「いえ、今から作ってもらうのは流石に……本当に何でもいいんです。むしろ材料と場所さえあれば自分で作るんですけど」
昼間、蘭子がクッキーを作っていたことを聞いていたので、調理場を借りられるのであれば自分で用意しようと思った。一旦断った手前、流石にこんな時間に他人の手を煩わせるのは気が引ける。
『それなら使用人の休憩室に行ってみるといいわ。冷蔵庫の中身も含めて、休憩室は基本、好きに使っていいのよ。あそこは完全に使用人の為の場所だから』
「ええと……夜中に出歩くことは、いいんですか?」
『ええ、自由よ。ここは施設とは違うから』
「例えば、夜に館内を探索することも?」
『勿論、可能よ』
それを聞いて、私は完全に目が覚めてしまった。
真夜中、謎が秘められた洋館を探索する。それはとても魅力的で、純粋に好奇心で心が躍った。
昼間から続いている憂鬱な気分を少しでも晴らしたい思いもあった。
私は早速、探索兼夜食を求めてベッドから抜け出した。
ふと、自分の今の身なりを見る。更に部屋にある姿見で全身像を確認する。
「ミズノさん、私の服の件はどうなっていますか?」
『ああ……ごめんなさいね。執事服以外も、そのうち用意できると思うけれど』
そう、直近の問題は現在、私がまともに着られる服が執事服以外にないことだ。ただ、それ以外の服が全く無いというわけではない。
『ゲーム開始直前まで、貴女はメイド役だったから……まともに用意できたのが執事服だけだったの』
それは初日にも同じことを言われた。GMに意見して無理に男性PCとして認めさせた弊害だということはわかる。
しかし、それにしても。
「……少女趣味だなあ」
私は姿見に映った自分の姿を見て思う。
今、私が着ているのは所謂ネグリジェだ。
肌触りの良い上質なシルク、それをエンパイアウエストの切り返しから、シフォンの薄く柔らかなプリーツが流れるように覆っている。レースとリボンに彩られた真っ白なネグリジェ。
どう考えても探索向きではない。丈の長いひらひらとしたそれは、はっきり言って動きにくい。だからといって短くても困るけれども。
私はクローゼットを開ける。中にはいくつか服が掛かっている。しかし、それは全て女性物。更に言えばフリルとレース、リボンがふんだんにあしらわれたフェミニン全開な趣味の物。当然パンツルックなどない。唯一の例外が明日着る分の執事服、その一着のみ。
寝るには問題ない。何せ寝るだけだから誰とも会わないし動きもしない。だから敢えて気にしないようにしていたのだが。
再び時計を見る。時刻、十一時三十七分。
私はネグリジェとセットになっていた、これまた薄いシフォンのナイトガウンを羽織る。こんな透けた頼りない生地でも無いよりはましだろう。
ようは見つからなければいい。
私は人知れず口元に笑みを浮かべた。探索にちょっとしたスリルが加算される。
私の特殊技能は“隠す”。そう、それは自分自身だって例外じゃない。
マネージャーであるミズノが言っていた。特殊技能はPLの自身の性質、性格から与えられたものなのだと。
そうだ、今まで隠すのも隠れるのも得意だった。そうやって生きてきたから。やってやれないことはない。いいや、やってやる。
私はそう自らを奮い立たせ、真夜中の探索にのり出した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
真夏といえども夜になると、この一帯はわりと涼しくなる。避暑地としても良い土地なのだろう。療養に適した場所なだけはある。
私は庭園を足早に進む。今夜は殊更に明るい月夜だ。手にしているランタンで足元を照らさなくとも難なく歩けるし、通路のところどころにアンティーク調のガーデニングライトが設置してある。
さあ、どこを探索しようか。どうせ探索するなら昼間だと探索しにくい場所がいい。となればやはり本館だ。というか、それしか選択肢がない。別館は鍵の掛かっている場所がほとんどであるし、使用人の区域なので必要があればいつでも探ることが出来る。庭、温室も昼間仕事で出入りしているが特に変わったところも無かったし、館を囲んでいる深い森は闇雲に、しかも真夜中に探索すべきではないだろう。
「館と館周辺の地図みたいなものが欲しいな……」
この三日間で割と色々なところを見て回ったとは思う。使用人役の旨みは仕事の名目で館の様々なところを行き来出来るところだ。別館も含めるとかなりの範囲を仕事の形をとって探索出来る。未だこの洋館の全貌は掴めていないが、本館の玄関を使わずとも目立たずに裏口から中に入ることだってできるのだ。私は使用人が出入りする館の裏口に立ち、人の気配がないかを確認する。そして、ゆっくりとドアノブを回し、扉を開いた。
「……開いてしまったけど」
私が言うのもなんだが、この館の戸締りはどうなっているのだろう。真夜中の探索と意気込んでみたものの、本館は使用人NPCによって戸締りされているだろうと思っていたから。
こうも簡単に侵入できるとなると、PLに探索させるために敢えて施錠していないのではと勘繰ってしまう。
私はランタンの明かりを抑えめに調節する。このランタンは一見すると古めかしいブリキのアンティークランタンだが、実はLEDキャンドルで尚且つ摘みで簡単に明るさを調節できる優れものである。懐中電灯ではなくランタンを持たせるところが物語じみているが、その実、探索に邪魔にならないよう蝋燭ではなく暖色光のLEDキャンドルランタンであるところはゲーム性を重視しているのだと感心する。
そんなことを考えている間に、目的の部屋まで来てしまった。
葵の監禁されている件の部屋の前に。
「誰もいない……見張りは……?」
私は辺りを注意深く探る。人気はない。昼間この部屋を訪れた時には確かに見張りのNPCがいた筈なのに。
部屋の扉に聞き耳を立てる。何の物音も、声も聞こえない。人のいる気配がない。
駄目元でドアノブに手を掛け、殊更ゆっくりと回す。
「うそ……」
鍵が、開いていた。
完全に想定外だったので僅かに開きかけたところで扉を閉じてしまった。
嫌な予感がする。扉に手を当てながら、静まり返った暗い廊下を何度も確認する。
私は深呼吸をして今度こそ扉を開けて部屋に入った。
「……暗い」
部屋は真っ暗だった。ランタンで照らすが特に変わった様子はない。電気を点けるか迷ったがランタンの光で室内を探索するには限界があるので、意を決して点けることにする。
明かりの点いた部屋の中は誰の姿も無かった。
人気がないことから予想はついていたが、何もなさすぎて拍子抜けしてしまった。
葵は一体どこに行ったのだろう。謹慎が解けて別館の自室に戻っているのか。
私は部屋の中を探索しながら考える。葵が監禁されていた筈の部屋は綺麗にルームメイクされ、ぱっと見た感じでは葵がいた痕跡が見受けられない。しかし……。
「……何だ?何か挟まって……」
部屋を探索し始めて直ぐにそれに気付く。
クローゼットに何か挟まっている。
黒い布が僅かに。
「一昨日までは何も入っていなかった、けど」
一昨日の夜、柊弥と中に隠れた時には確かにこのクローゼットは空だった。
私はクローゼットに手を掛ける。
正直、開けたくない。あからさまに誘導されてるような気がする。そういうゲームなのだとしても。
「そうだよ……これはゲーム。ゲームだ」
私は、勢いをつけて一気にクローゼットを全開にした。
そして目にする。
中身を。
「……っひぃ……ぁっ!……ゲホゲホッ!!」
黒、白、赤、目に飛び込んできたモノに、戦慄し一瞬呼吸が止まる。
そこには、ぼろぼろに切り刻まれたエプロンドレスと血にまみれたブラウスを着た、首のない――。
「ゲホッ!っはぁ……マネキン、か……ケホッ、あー……心臓止まるかと思った」
クローゼットの中身はショーウインドウにあるようなマネキンだった。否、首と四肢がないので正確にはトルソーだ。そのトルソーにボロボロのメイド服が着せてある。先程はみ出ていたのはエプロンドレスの黒いスカート部分だ。
それが一瞬本物の、人間の胴体に見えてしまい、驚きのあまりむせ返ってしまった。
「まいったな、ホラーはあんまり得意じゃないのにな。……うわ、悪趣味。血糊までべっとり……」
不安や緊張を感じた時、人は多弁になると聞いたことがあるが、今まさにそれだ。
気味の悪さを独り言でごまかそうしても背筋の悪寒が消えない。一人なのがこれほど不安だなんて、今まで感じたことなかったのに。
ああ、手が震えている。
だって、気付いてしまったんだもの。
「……これ、……っ」
血糊じゃない。
本物の血だ。
血糊のように鮮やかな赤ではない。
茶色く、変色した、乾いた血の色。
一見、泥汚れの様なこの色が、私は血の色だということを知っている。
いったい誰の血痕だ?
この血を流した人間は何処に?
その人間は、どうなってしまった……?
「いや、よそう……」
私は自分に言い聞かせるようにして、脳裏によぎった最悪の考えを打ち消した。
「あくまでもフィクションだ。演出を間に受けてどうする」
本物の人間の血だなんて勝手な思い込みで決めつけて、人の死を想像するのはやめよう。
しかし、どうする。発見してしまったこれをこのままにするのか。
かと言って、これを移動させてどこかに隠すことなんて出来そうにないし、そもそもそんな必要があるのか。特に疚しいことなんて無いのに。
これを見つけたことを誰かに言うべきか。隠しておくべきか。見なかったことにするべきか。
相談したい。
彼に。
だが、今ここには彼はいないし、そんな風に頼ってばかりではこの先が思いやられる。無意識に依存してしまうことは何よりも悪手だ。
「けど、どうしようもないな。出来れば技能でこのままクローゼットに隠しておきたいけど……」
技能を使えるポイントなど残っていない。昼間の一件で殆ど使ってしまったから。ああ、また嫌なことを思い出してしまった。
「……ん?あ、れ?」
ミズノとの定期報告で確認したときは、確かに十ポイントちょっとだった筈だ。執事として働いた給金分が加算されても技能で使用する二、三十ポイントには足りていなかった。
それが、何故か今は三十三ポイントに増えている。どういうことだろう。
「三十……三ポイントか。ぎりぎり技能が使えるくらいかな……」
しかし、私は迷った挙句、技能を使うことなくクローゼットを閉めた。
技能を使ってまで完璧に隠す必要性があるかと問われれば、ない。冷静に考えて、これが誰かに見つかったとして自分に不利益はない。
この部屋にクローゼット以外に変わったところはなさそうだ。長居するのも良くないだろう。
私は部屋を何となしに見渡して、気付く。窓のカーテンが開いている。
慌てて電気を消す。外からこの部屋に明かりが灯っていることを誰かに見られたかもしれない。はじめに気付くべきだったと、後悔しながら窓から外を見た。
「っ!……あれは」
外に人影を見つけた私は咄嗟に窓から離れ身を隠した。
やはり部屋の電気をつけたのは間違いだったか。この部屋に明かりが灯っていることを不審に思われたかもしれない。私は外から姿を見られないよう慎重に再度窓の外を確認する。
月光に照らされた庭が見える。そして庭にはところどころガーデニングライトが一定の間隔で灯っている。
ガーデニングライトの淡い光に照らされているベンチ。そのベンチに座る二つの影。
東雲麻人とその婚約者の小峠蘭子だ。
私は注意深く目を凝らし、じっと観察する。
そうして、二人の様子を見た私は一気に緊張も何もかもが冷めてしまった。
「よくやるよ……」
二人は婚約者らしく何度も口付けをしながら、行為に勤しんでいた。
それは遠目にもわかるくらい情熱的に。
他人の性行為を聞いたり覗いたり、そんなつもりはないのに、これで二度目だ。
葵にせよ、麻人と蘭子にせよ、盛り過ぎなんじゃないのか。会ったばかりの人間と、この先ゲーム上争い合うかもしれない人間と、どうしてそういう関係になれるのだ。それとも、何か狙いがあって、打算があってのことなのか。
PC同士は婚約者だとしても、PL間でそれを引きずってそういった関係になる人間の気がしれない。どこまで本気か知らないが肉体関係までもってゲームとして割り切れるのだろうか。
PCに対しての言動はPLに対してのものではない。これはTRPGにおいて大前提である。
「それとも割り切って楽しんでんのかな。そういうプレイ的な……」
彼らは彼らなりにゲームを楽しんでいるのかもしれない。楽しむ余裕があるのは悪いことじゃない、多分。そう雑に結論付けて私は部屋のテーブルに置いておいたランタンを手に踵を返す。
なんにせよ、人の情事を盗み見する趣味はない。
身体の震えも止まって落ち着きを取り戻した。探索はひとまずここまでにして、別館に戻ろう。
ああそうだ、別館に戻るときはあのベンチを避けて邪魔しないよう気を付けよう。




