11話 男女の機微②
まさに飛び起きる勢いで上体を起こした蓮は、柊弥から逃げるようにベッドの端に素早く移動した。
そんなあからさまな蓮の態度に、柊弥は胸の内に何か鉛のようなものが沈殿していくのを感じた。
柊弥の心の内を知ってか知らずか、蓮は鋭い視線を柊弥にぶつける。
「ここは運営スタッフ以外立ち入り禁止の筈です……どうやって入ったんですか」
「だったら何でお前はここにいるんだよ」
「私は堂本さんに連れて来られたんです!」
「俺だって堂本さんに頼まれただけだ」
柊弥はデスクに置いた紙袋を掴んで蓮の目の前に掲げた。
「これを、お前に渡すように頼まれた」
蓮はその小さな紙袋を見て目を見開いた。
「けどその様子じゃ要らないみたいだな。何が入ってるか知らないけどさ」
柊弥が掲げた袋を軽く振って見せる。カラカラと乾いた音か聞こえた。袋の上から触った感触も含め、小さな箱のようなものが入っているようだ。
「駄目!開けないで!」
蓮が焦った様子で柊弥を牽制した。元より開けるつもりはなかった柊弥だが、その言葉が逆に袋の中身に興味を持たせてしまう。
「……中身は何だ?」
「貴方には関係ない!いいからっ……それを届けに来たんでしょう?だったら早く渡してください!」
流石にそこまで言われて柊弥も黙ってはいられない。
「……へえ、よっぽど見られて困るものなんだな。運営の人間しか入れない部屋にいることといい、説明の一つや二つ欲しいところだけど?」
「それはっ、ここ医務室で……運営の医療スタッフに診てもらって…………浅見さん、何か私を疑ってるんですか」
「はっ、どっちが。お前こそ俺を疑っているんだろう?いや、信用していないと言った方がいいかな。俺のこと信用してないから隠すんだ」
「違います!浅見さんには関係のない……本当に些末な、どうでもいいことだから」
「そんなどうでもいいことすら俺には話せないのか……もういい、言わないなら俺はこの袋の中身を確認する」
「待って駄目!」
袋を開けるそぶりを見せた柊弥に、蓮がすかさず左手を上げて叫ぶ。
「特殊技能を……使います。その袋の中身、まだ開けられてないその状態なら有効でしょう?私がダイスロールに成功したら、その紙袋が開けられることはない」
柊弥は驚きに目を見開いた。まさか、特殊技能を使われるとは思わなかった。
蓮の左手の腕輪から小さな電子音が鳴ると、続いてGMの声が響く。
『対象が他人の手にあります。かなり厳しい条件です。技能を使うコストは前回と同様、五十ポイントに跳ね上がります。当然成功率も下がりますが、よろしいですか?』
「っ……お願い、します」
そこまでして隠したいことなのか。柊弥はそう思うと同時に、自分に対して技能を使ってまで隠し事をする蓮を見て、先程から感じていた胸に鉛が詰まる重苦しい感覚が更に増した気がした。
そっちがその気ならこちらにも考えがある。
柊弥は自分が攻撃的な気分になっていることを自覚しつつも、努めて冷静に発言する。
「ふうん、成程な……お前の特殊技能、当ててやろうか?」
蓮の表情から感情が消える。対照的に柊弥はニヤリと口元に笑みを浮かべた。
「お前の特殊技能は“隠す”だろう?」
蓮は何も答えない。しかし、いくら無表情を装っていても瞳が揺れているのが手に取るように分かった。
そもそも、柊弥の前で特殊技能を堂々と使い過ぎなのだ。ここまで大っぴらにされれば流石にどんな技能かわからない方がおかしい。
「良いこと教えてやるよ。俺とお前の特殊技能は相性がいいみたいだ。いや、お前にとっては最悪かもな……GM、サエキさん…どちらでもいいダイスロール頼みます」
「何のつもりですか……」
「俺の特殊技能は“見破る”」
柊弥は何の躊躇いもなく蓮に告げた。
「だからお前が袋の中身を“隠す”なら、俺は袋の中身を“見破る”つまり袋を開ける。GM、俺の技能はこの袋の中身に対して有効ですか」
『有効です。では、今現在、袋は浅見柊弥の手にありますので浅見柊弥の消費ポイントは軽減され十ポイントと致しましょう』
蓮が唇を噛み締める。柊弥は涼しい顔でそれを見やる。
『では、お二人がそれぞれ1d6を振って出目の大きい方が成功ということに致しましょう。更に、対象が浅見柊弥の手にあるので柊弥の出目には“3”加算した値で判定します。なお、値が同点の場合は再度ダイスを振ります』
「そんな!そんなのっ、私が成功する確率なんて殆ど無いじゃないか!」
ポーカーフェイスを貫いていた蓮がついに耐え切れずに叫んだ。
「ダイスロール出来るだけマシだと思うぞ。そもそも袋は俺が持っていて、いつでも開けられる状態のものを無理筋同然で止めてるんだ。その上で俺は技能を使うわけだから」
『御厨蓮、どう致しますか?技能の使用を取りやめますか?』
「……いいえ。技能は、使います」
なんて無駄なことを。柊弥は心の中で毒づいた。
可能性がゼロではないとはいえ、こんな低い確率でしかも五十ポイントも使用して。蓮は既に百ポイント失っているのだ。軽々にポイントを使いすぎだろう。蓮が自分で言うように「些末なこと」というのであれば、ここは引くべきだ。感情的になって冷静さを欠いているようにしか見えない。愚かな行為だと思う。
しかし、柊弥自身も感情的になって技能を使用し、あまつさえ技能の内容を明かしてしまったのだが、そのことは完全に棚上げしている。
『では、お二人のマネージャーはダイスロールを……サエキさん、ミズノさん、よろしいですか』
暫しの沈黙の後、互いの腕輪からダイスの転がる音がして、止まった。
『結果は……御厨蓮の出目が“3”、浅見柊弥の出目が“2”。柊弥の値に“3”加算され合計値が“5”これにより浅見柊弥はダイスロールに成功し、御厨蓮はダイスロールに失敗したため、浅見柊弥は紙袋の中身を確認することが出来ます』
結果を聞いた蓮は柊弥と紙袋から視線を逸らし、そして俯いた。
そんな蓮に対し、柊弥は溜息を吐いて諭すように声を掛ける。
「意地張をらなければ、ポイントを無駄に消費することも無かっただろうに」
「……私だって……技能なんて使いたくなかった……こんなことでっ」
柊弥は袋を開けて中身を取り出す。
中から出てきたのはやはり予想通り小さな箱だった。
その小さな箱を見て、柊弥は一瞬目を見開いて固まった。
「蓮……お前……」
蓮は柊弥の呟きに小さく肩を震わせた。
柊弥は手元のそれから蓮に視線を移す。
「お前…………頭痛持ちか」
「……え?」
それは薬局などで購入できる、市販の錠剤。
「だってこれ頭痛薬だろ?そう書いてある。そうか、だから体調悪そうにしてたんだな」
パッケージには効能、頭痛と記されている。
その錠剤はごく一般的な、広く市場に出回っているものだ。
「休んでるとこ邪魔して悪かったな。ほら、ちゃんと薬飲んでゆっくり休めよ」
柊弥は蓮にそう告げると薬をあっさりと手渡した。
蓮は何か言いたそうな、戸惑った面持ちで柊弥を見返したが、蓮が何かを言う前に医務室を出た。
柊弥は扉を丁寧に閉め、そして静まり返った廊下を進む。
しかし、直ぐに耐えきれなくなって廊下の壁を背に、ずるずると座り込んでしまった。
「……最っっ低だ、俺っ」
確かにそれは頭痛薬としても有用だ。しかし、それ以外の用途で広く周知されていることも知っている。
箱の効能に書かれていたのは、頭痛。しかし、その前に記載されていた効能は、それは女性特有の――。
俺に言えないのなんて当たり前だ。俺は男だから。
運営の医務室にいたのは本人が言っていた通り医療スタッフに診てもらったからで。
「……俺から離されたのは……御厨蓮が男だからか」
つまり、御厨蓮という男性PCが対外的にブレない為に一時的に避難させた、そういうことだろうか。
でも。
だったら。
堂本さん、何で俺にあんなもの手渡したんだ。
そもそも俺をこの部屋に向かわせたのは、運営しか入れないこの部屋に入れたのは何のためだ。
意味深な選択肢なんか出して何の意図があるんだよ。
柊弥は思う。この選択は、レアケースなんかじゃなくてただ単に横道に逸れただけではないのか。正規の道から外れた、むしろ間違った選択なのではないか。蓮を変に疑って、暴いて、傷つけて、信頼関係を失わせる。むしろ罠だったのでは?
柊弥がうずくまり後悔に打ちひしがれていると、リノリウムの廊下をこちらに向かって歩いてくる人物がいた。
堂本だった。
「浅見、蓮の様子は?起きているか?」
堂本に声を掛けられた柊弥は若干恨みがましい目で彼を見た。
「……今、起きたところみたいです」
結局、蓮の様子をこうして確認しに来るのなら最初から自分に来させる必要などなかっただろうに。
「そうか、蓮には体調が優れないところ悪いんだが……こればかりは仕方がない」
堂本は相変わらず座り込んだままの柊弥を見下ろして告げる。
「浅見、蓮と一緒に本館へ行け……白檀様がお呼びだ」
ああ、何故こんな最低な気分の時にそんな重要な指令が下るのだろう。
柊弥はもう一度深く項垂れた後、のろのろと立ち上がるのだった。




