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12話 殺人犯の潜む館

 東雲白檀をこの目で見たのはゲーム初日の一度だけ。その後部屋から出てきたところを見たことはない。

 柊弥と蓮は堂本に連れられて本館の廊下を歩いていた。

 柊弥はちらりと蓮を横目で見る。庭で倒れた時よりは顔色も良くなっている。

 そう、まるで何事も無かったかのような平然とした顔。見事なポーカーフェイスだ。“隠す”ことに長けた彼女はその心中を隠すこともお手の物らしい。

 釈然としないまま廊下を進んでいくと、前から東雲茜と里中藤太が歩いてくるのが見えた。

 

「あらあら、貴方達まで呼ばれたの?」


 茜が柊弥と蓮を見て不思議そうに言った。


「じゃあ、結局は全員呼ばれるってことなのかな?」


 藤太が顎に手を当てて考えるそぶりを見せる。


「あの……全員呼ばれる、とは?」


 柊弥が尋ねると、茜が事の子細を説明し出す。


「私達、さっきまで娯楽室でお茶会をしていたの。蘭子さんがクッキー焼いたからって皆に声を掛けてね」


 それは、先程自分が選んだものとは別の選択肢。ふいに医務室での出来事が思い返されて、柊弥は慌ててそれを頭の隅に追いやった。

 そんな柊弥をよそに、茜は話を続ける。


「まあ、それなりに仲良く楽しくやってたのよ。そしたら急に麻人がお爺様に呼ばれたのよ」

「そう、婚約者の蘭子さんも一緒にね」


 茜の説明に藤太がすかさず補足した。


「それから暫くして、今度は私がお爺様に呼ばれたの」

「そう、僕も一緒にね」


 藤太が懸命に自己主張するが茜はさして気にも留めていない様子だ。そんな藤太が少し不憫に思えて柊弥はフォローする形で二人に尋ねる。


「麻人様と茜様がそれぞれ婚約者同伴で呼ばれたということは、その……ご将来について白檀様から何かお話が?」


 将来について。そう、つまり。


「そういう回りくどい言い方、好きじゃないわ。次期当主について言及されたか聞きたいって素直に言いなさいな。ま、使用人に教える義理は無いけれど」 

「……失礼致しました」


 茜に指摘され、柊弥は発言を詫びた。

 茜は頭を下げる柊弥を一瞥すると、何の感慨もなさそうに柊弥たちを通り過ぎそのまま廊下を歩いて行く。

 その様子を横で見ていた藤太は、どこか申し訳なさそうに眼鏡を直しつつ俯き加減に告げる。


「ごめんね、こればっかりは僕も教えるわけにはいかないんだ。それに、僕達も麻人君と蘭子さんが白檀様に何を言われたのか知らないし……」

「藤太!無駄話してないで、行くわよ!」


 自分の後を付いてこない藤太に苛立つように、茜が廊下の先から声を張り上げて藤太を叱責した。

 藤太は慌てて茜の後を追うように足早に廊下を駆けて行った。


「……二人とも、行くぞ。白檀様がお待ちかねだ」


 例のごとく傍観役に徹していた堂本が、やり取りが終わったところで先を促した。

 柊弥と蓮は再び堂本に連れられて廊下を進む。そして、ある扉の前まで来ると堂本が歩みを止めた。

 その扉の重々しい外観と施された大仰な意匠で、その部屋が誰の部屋なのか一目で理解する。

 堂本が扉をノックし、部屋の主に声を掛ける。


「白檀様、例の者たちを連れて参りました」


 堂本が声を掛けると、扉の施錠が硬質な音と共に解かれた。

 堂本はゆっくりと扉を開け、入室の挨拶と共に部屋に足を踏み入れた。柊弥達もそれに倣う。

 その部屋はいわば執務室だった。中央手前にはテーブルとソファー。両側の壁には大量の蔵書。そして中央奥には年代物と思しき大きな執務用の机が、重々しい存在感で鎮座している。いや、重々しく感じるのはそこにいる人物の放つ()によるものかもしれない。


「使用人の浅見柊弥と御厨蓮、この二名が最後です」


 堂本の言葉にゆっくりとこちらに目を向けるその人物。

 東雲白檀が革張りの椅子に腰かけその鋭い眼光を光らせている。

 改めてその迫力に圧倒される。和装に手入れのされた白髪、見事な髭。絵に描いた様な和風の富豪。最早それは歴史上の偉人のような風格だ。

 だからだろうか、妙な既視感を覚えたのは。

 白檀はそのしわがれた指で机をコツコツと叩いた。指で叩いた机の上には一枚の写真がある。


「写真に写っている使用人は三人。もう一人はどうした?」

「申し訳ございません。その者は只今謹慎中です」


 葵のことを言っているのだろう。ということはやはりPL全員が順番に呼び出されていることになる。


「ふん、まあいい。堂本、下がれ。そこの二人は近くに来い。顔がよく見えん」


 堂本が恭しく退室する。柊弥と蓮は言われるがまま姿勢を正して白檀の正面に立った。

 白檀は写真を手に取り顔を近づけると、目を細めて見つめた。そうして写真と二人を交互に見た後、机の上に写真を置くと、再び机を指先で叩き今度は二人に見るように促した。

 柊弥と蓮は写真を覗き込む。

 写真はパーティーで撮った例の記念写真だった。


「席順を当てたのはお前たち二人だな?どうだ、あんな子供だましでは時間潰しにもならなんだか?それとも、あんなもので醜く取り乱す他の人間が馬鹿らしくて仕方がなかったか?」


 権力者特有の皮肉と毒を含んだ言葉。相手を試すその言葉に、どう返すべきか僅かに逡巡する。しかし、ここで委縮しては逆効果だということを柊弥は知っている。大切なのはあくまで毅然と、しかし自らの立ち位置を弁えることだ。


「いえ、私達は求められるままに思い付きを述べたにすぎません。しかし、それも使用人としては些か出過ぎた真似と反省しております」

 

 首を垂れる柊弥を白檀は鼻で笑う。


「ふん!若造よ、分を弁えるのは良い心掛けだが、生憎この目で観させてもらった。中々の立ち回りだったぞ!いい舞台だった」


 どうやらあの一連のやり取りを何らかの形で見ていたらしい。考えてみれば常に監視されているということはどこにでも監視カメラがあって、映像だって残っている筈なのだ。忘れがちだがこのゲームはネット配信されているのだった。


「舞台……?」


 蓮が白檀の言葉に反応する。

 白檀は口元のひげを一撫ですると、蓮に向かって含みのある笑みを浮かべた。


「ああそうとも。お前達はしっかりと台本を読み込んでおったのだろう?ふはは、関心関心!儂はな、台本も碌に読まず、舞台に立つ輩が好かんのだ。同じ舞台に立つのであれば本気で、それこそ命がけで演じねばならぬ」


 白檀の発言に柊弥と蓮は思わず顔を見合わせる。

 台本、要するにタブレットで確認できるこのシナリオの概要や設定のことを言っているのだろう。

 これは、聞きようによってはかなり直接的なメタ発言に聞こえるのだが、どう捉えればいいのだろう。


「あれはほんのお遊びに過ぎぬが、適性を見るには丁度いい。知りえた情報を正確に記憶し、現場に残された手掛かりを見逃すことなく見つけ、冷静に答えを導き出す。この中ではお前たち二人が、より探偵役に向いているようだな」


 白檀の発言の真意が見えない。この言葉は単なるNPCの言葉としてはあまりに核心に触れているような気がする。


「ではお前たち二人に頼もうか」


 白檀から人を食ったような笑みが消えた。

 柊弥も蓮もその迫力の増した眼光に圧倒され息を詰める。

 白檀の髭を蓄えたその口が、ゆっくりと開かれる。


「この館に殺人犯が潜んでおる」


 それは、ゲーム開始時に告げられたものと似て非なる言葉。


「殺人犯を見つけ出し事件の真相を白日の下に晒せ。そして、全ての謎を解き明かし、誰が真の東雲家の当主に相応しいか宣言しろ」


 一字一句を脳裏に刻めと、その鋭い眼が言っている。


「冷静に慎重にそして大胆に!それがお前達の役目である!」


 逆らうことも異を唱えることも許されない、完全なる命令が下された瞬間だった。


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