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8話 監禁

 柊弥と蓮は疲労困憊といった様子で薄暗い廊下を歩いていた。

 流石にこれ以上の厄介ごとは御免だと、さっさと本館を出て別館の自室に引き籠りたいとお互いに呟きながらも、緊張感のかけらも無くのろのろと歩を進めていく。

 しかし、二階に通じる階段に差し掛かったところで、二人は同時に足を止めた。

 堂本の話し声だ。

 柊弥と蓮はお互いに顔を見合わせて階段の上方を窺う。

 先程の自分達の失態を含め、いまだ本館をうろついている後ろめたさから二人して身を隠した。

 誰と話しているのだろう。ここからでは確認できない。話し声は堂本の声しか聞こえない。

 廊下が静まり返っていた為、話の内容はところどころではあるが聞き取れた。

 暫くすると話が終わったのか、堂本が階段を下りてくる気配がして二人は更に奥の曲がり角に隠れた。

 堂本はそのまま玄関に向かい、本館を出て行った。

 柊弥は階段を見上げた。誰かが下りてくる気配はない。少し階段を上って二階の廊下を確認する。誰もいないようだ。


「堂本さん、誰と話してたんだろう?」


 蓮が柊弥が抱いていた疑問と同じことを口にした。

 独り言というにはあまりにも明確に誰かに対して喋っていた。

 柊弥は二階の廊下に立ち、顎に手を当てて考える。


「……多分ですけど、葵ちゃんのこと話してましたよね」


 蓮の言う通り、堂本は葵について話しているようだった。詳しい内容はわからないが葵の名前を何度か口にしていた。

 しかし相手の声が全く聞こえなかった。


「もしかしたら、GMと話してたのかもな」

「確かにGMの指示を受けていたのなら、相手の姿がここにないのも納得いきますね」


 先程堂本は、葵は謹慎中だと言っていた。それは素直に受け取れば別館の自室でという意味に聞こえるが。

 柊弥は再び昨日の夜のことを思い返す。昨日の夜もこの廊下で考えを巡らせていた。そういえばあの部屋は鍵を開けたままにしてしまったが今も鍵が開いたままだろうか。

 確かあの部屋は……。


「どうしたんですか、浅見さん」


 蓮が小声で柊弥を呼び止める。柊弥は構わず二階の廊下を進む。

 そして例の部屋の前まで来たとき、柊弥は確かに人の声を聞いた。柊弥は蓮を手招きして呼び寄せる。蓮もその声に気が付き、柊弥に目配せをする。二人そろって扉に顔を近づけて注意深く聞いてみると、聞こえてきたのは泣き声混じりの独り言だった。

 

「葵ちゃん、そこにいるのか?」


 柊弥はその部屋の中にいるであろう人物に声をかけた。

 すると、部屋の中で人の動く気配がして、直ぐに扉が内側から力任せに叩かれる。


「その声!柊弥君!?」

「ちょっ……扉叩くなよ、静かに」

「柊弥君!助けて!閉じ込められてるの!開けて!」


 部屋の中から葵が叫ぶ。しかし扉には昨夜とは違い鍵が掛かっている。


「何で内側から開けられないんだ?普通開けられるだろ」

「そんなこと言われたって開かないんだもん!」


 昨夜のクローゼットの扉といい、この館の扉は特殊な作りでもしているのだろうか。ゲームの為に作られた館、つまりはそういうことか。

 となるとこれは完全にGMの、運営側の意志ということだ。ただのPLである自分達にどうにかできるとは思えない。


「葵ちゃん、今からでも遅くない、GMに謝りなよ。明日から真面目にやりますから、すみませんでしたって」


 蓮が扉に向かって話しかける。

 使用人としての勤務態度を咎められての謹慎処分。それは即ち、PCとしての役割演技に問題があるということ。ひいてはPLとしての資質を問われているのだろう。


「何よ、あんたもいたのね、御厨蓮!謝んないわよ!あたし悪いことしたと思ってないもん!勿論あんたにもね!!」


 蓮の声を聞いた葵は敵意をむき出しにして食って掛かった。


「別にこっちに謝れとは言ってない。ただGMの言うことは聞いとけって……それだけだよ」

「上からモノ言わないでよ!あんたの言うことなんて聞かない!あたしあんた嫌いだもん、その男言葉も演技も大っ嫌い!」

「元々の喋り方も似たようなものだよ、私は。おせっかい焼いて悪かったね!勝手にしなよ、もう」


 そう言うと蓮は扉から離れた。


「浅見さん、私がいるとまともに話が出来そうにないので、先に戻りますね」

「え!?おい蓮っ」


 扉の前で戸惑う柊弥を置いて、蓮は足早に階段を下りて行ってしまった。残された柊弥は仕方なしに再び扉の向こうの葵に話しかける。


「葵ちゃん、冷静になってよく考えろよ。今の君はただの駄々っ子だ」

「あ!柊弥君もあたしのこと馬鹿な子って思ってるでしょ。お生憎様~、馬鹿とかグズとか散々言われ慣れてるんだからね!…………馬鹿だって馬鹿なりに必死なんだよ……結局……あたし……、……から」


 葵の話し方がそれまでのものと少し変わったことに柊弥は気付く。その声が、それまでの金切り声を張り上げるような喋り方とは打って変わって若干落ち着いた声音だったため、扉越しではうまく聞き取れなかった。


「何だって?葵ちゃん、よく聞こえない」


 柊弥は扉に耳を当てて注意深く聞き入る。


「……馬鹿なんだから賢い人の言うこと聞いとけって思ってる?あたしもそう思った。頭が良くて業界にも詳しくて口が上手い人。そんな人達の言う通りにしてきた。やりたくないことでも、辛いことでも、本当にやりたかったことが出来なくても……言われるまま。だってあたし馬鹿だから考える必要ないやって……でも誰もあたしの人生を本気で考えてくれる人なんかいなかった」


 扉越しに、葵は語り続ける。


「人の言うこと聞いてれば、見返りがあると思うでしょ?違うよ、全然違う。馬鹿でも何でも人に自分をまかせちゃいけないんだよ。そうしてる内に…あたしはこんなとこまで来ちゃった」


 葵の言葉に、忘れかけていたことを思い出す。このゲームのPLは過去を捨てた人間。名前も何もかも捨ててまでゲームに参加する理由がある。過去を捨てざるを得ない人生を歩んできた結果だということ。


「でもこれはあたしが選んだアイドル人生最初で最後のチャンスなの。人生を賭けた二択をあたしは逃げずにちゃんと選んだんだから」

「二択?」


 柊弥の質問が聞こえているのかいないのか、それには答えず葵は一方的に話しを続ける。


「だから、あたしはもう自分のしたくないことはしない。誰の言いなりにもならない。我儘でいい。なりたい自分を貫くの。全部捨てちゃったけどアイドルとしてのプライドだけは捨てない。あたしは誰よりも可愛くて注目されてなきゃダメなの。じゃなきゃ全部捨てまでここに来た意味がないもん」

「そこまで言うなら、尚更ちゃんと演じるべきじゃないのか?君のメイド役を見たいと思った人達がいて、その人達に選ばれたんだから」


 柊弥は葵に諭す。自分が思っていたよりもずっと複雑な思いを抱えて、彼女はこの場にいるようだ。

 そしてそれはきっと他のPL達も同様にそれぞれの事情を抱えてここにいるに違いないのだ。


「……今更正しいことなんて、まともなことなんて聞きたくないよ。ここではきっと何の役にも立たないよ」


 そう言ったきり、葵は沈黙した。扉の前から離れたようだった。柊弥は扉を叩いて呼びかける。


「おい、葵ちゃん?葵ちゃん!」

「柊弥君、何してるの?」


 突然、声を掛けられた柊弥はそちらに振り向く。里中藤太が少し離れたところからいぶかし気にこちらを窺っていた。


「藤太さん、その……」

「……葵ちゃんがその部屋の中にいるの?」


 藤太に指摘されて、柊弥は静まり返った廊下で扉を叩きながら声を張り上げるという軽率さに気付かされる。


「そう、みたいです」

「運営の人に連れて行かれてどうなっちゃったのかと思ってたけど……閉じ込められてるってことだよね?」

「ええ……藤太さんはどうしてここに?」

「僕は……さっきの騒動でどうも眠れそうになかったから、書斎で本を借りてきたんだ。書斎の本も娯楽室の本も好きに読んでいいんだって。ゲストでも使用人でも、誰でもね」


 藤太は手に持っていた本を示して見せた。


「部屋に戻る途中で何か騒がしいなと思ったら君が――」

「そこで何をしている」


 廊下の向こうから声が響いた。

 柊弥と藤太がほぼ同時にそちらに目をやると、本館を出て行ったはずの堂本が立っていた。


「浅見、そこで何をしている。早く別館に戻れ。里中様、こちらの客室には近づかないようお願い致します」

「え、でもその部屋に葵ちゃんがいるんですよね」


 藤太が部屋を指さして堂本に尋ねる。


「彼女は謹慎中です。使用人の処遇などゲストの方がお気になさる必要はありません。里中様、自室にお戻りください。浅見、お前も早く行け」


 そうして柊弥と藤太は堂本に追い立てられるようにして、それぞれの自室に戻るしかなかった。


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