7話 二人はバディ
夏の夜、美しく手入れの行き届いた庭を疾走する二つの影。
「もう!何でっ……余計なことするかなあっ!」
息も絶え絶えに、御厨蓮は珍しく声を荒げて詰った。
「余計なことって……っそういう言い方するなよ!」
同じく息を切らせながら言い返す、浅見柊弥は酷く焦っていた。
それはもう別館から本館へ全力疾走する程に必死だった。
理由は本館の食堂を出て別館の自室に戻る途中、蓮があることに気付いたからだ。
「浅見さん、上着は?」
何気なく放ったであろう蓮の言葉に、柊弥は一瞬の制止の後、口元を抑えて狼狽えた。
そこで漸く思い出す。食堂で電流に倒れ、震える最上葵に自分のスーツの上着を掛けたことを。
「浅見さん、もしかして……カード――っ」
蓮がそう言うや否や、柊弥は踵を返し走り出したのだった。
そう、あの上着の内ポケットには“最上葵は浅見柊弥に殺される”と書かれたメッセージカードが入っている。それを、こともあろうに葵の肩に掛けた。
「紳士的なのは……結構ですけどねっ……私は言いましたよ、不用心だって!」
「ならっ……俺が葵に上着掛けた時に指摘すればよかっただろ!」
「まさかあのカードが入ってる上着を本人に被せるなんて思わないでしょう!?……何でパーティーの前に自室に置いてこなかったんだよ!」
蓮の正論に、柊弥は何も言い返せずに奥歯を噛み締める。
こんな馬鹿な話があるだろうか。自分はこんなに間抜けだっただろうか。数分前の自分を呪いながら本館の扉を、執事にあるまじき乱暴さで開ける。
息を切らせながら一階の廊下を競歩で進み食堂を目指す。
そして目的の食堂が見えたところで、柊弥は丁度その食堂から出てくる堂本を見つけた。
「堂本さん!」
「浅見?それに蓮まで……どうした」
堂本が柊弥の剣幕に僅かに戸惑いを見せる。
柊弥の後を必死で追いかけてきた蓮は、呼吸を整えるのに必死な様子で俯いて肩で息をしている。
柊弥は乱れた呼吸もそのままに堂本に詰め寄った。
「堂本さんっ……あ、葵ちゃんは……どこにっ、会わせ……っ」
正直、GMの指示で運営に連れていかれたPLの行方をNPCに尋ねてどうにかなるとは思えない。しかし、もう形振り構っていられない。
「葵は謹慎中だ。業務態度に問題がありすぎる」
「き……謹、慎?……っはあ、げほっ」
蓮が咳き込みながら堂本に訊き返す。
「二人とも、そんなに息を切らせてどうしたんだ。業務外とはいえこの館内で少々見苦しいぞ、落ち着け。それから……」
堂本が手に持っていたそれを柊弥の目の前に差し出す。
「これ!俺の……!」
「食堂に落ちていた。しっかりしろ、浅見。お前は部下を指示する立場だ。そのお前がこんなことでどうする」
「……すみません。以後気を付けます」
柊弥は頭を下げて堂本から上着を受け取る。
堂本は柊弥の肩を軽く叩くと「早く自室で休め」と一言告げて廊下を歩いて行った。
そして堂本が廊下の先に消えたのを確認すると、柊弥は恐る恐る上着の内ポケットを探る。
「「あった!」」
目的の物を目にした柊弥と蓮は、ほぼ同時に声を上げた。
上着の内ポケットにはあのメッセージカードが、柊弥自身が入れたそのままにしっかりと収まっていた。
それを確認した二人は盛大な溜息を吐いて食堂の前でしゃがみ込んだ。そうして、全力疾走した疲れとカードを取り戻した安堵から、壁に背を預けて二人して暫く動けなくなってしまったのだった。
「まったく、肝が冷えましたよ。堂本さんが回収してなかったらどうなっていたことか」
「だな。ていうか堂本さんが持ってたってことは葵には見られてないってことだよな?」
「知りませんよ、そんなこと。葵ちゃんに訊いてみたらどうです?」
「そんな冷たいこと言うなよ、相棒。これでも反省してるんだからさ」
「そんな半笑いで、反省してるようには……わあっ、ちょっと!」
そのやり取りが楽しくなった柊弥は蓮の頭をわしわしと雑に撫でた。
それに対し蓮は文句を言っていたが、なおも頭を撫で続ける柊弥に、最後には半ば呆れたように声を出して笑った。
ゲームが始まって以来、こんな風に自然に笑う蓮を見たのは初めてだ。
辛らつなことを言っていても、真剣に柊弥を心配している。悪態をつきながらも柊弥の為に必死になって走ってくれた。それが柊弥には純粋に嬉しい。
蓮に出会えてよかった。大げさかもしれない。けれど心の底からそう思う。
「なんだか色々あり過ぎて……今日一日長かったなあ」
本館の廊下を歩きながら蓮が疲れた声でぼやいた。
「ああ、ほんとにな……疲れた」
柊弥も同じくらい疲労を滲ませた声で同意する。
二人は本館の玄関に向かう。
思い返せば昨日の夜もこんな風に蓮と本館の廊下を歩いていた。
二夜連続でトラブル続きだが、そのおかげで蓮との距離も縮まって信頼関係が築けたのだから、結果的に良かったのかもしれない。柊弥はそう思う反面、自分はこんなに惚れやすい性格だっただろうかと自分自身に少し呆れてしまう。
非日常的な状況下で出会って、困難を共有して距離が縮まって恋に落ちるなんて物語じみている。




