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5話 にっこり笑って

「くっそ!いってえぇ!何でだよ!?」


 飛び上がった勢いもそのままに、麻人が柊弥に詰め寄った。

 その剣幕に押されつつも、柊弥は麻人を両手で制するようにして説明する。


「麻人様、舞台挨拶の時……葵は右端でした」

「……あっ……ああー、そういや……そうか、はは」


 柊弥に指摘された麻人は気まずそうに明後日の方向に目を泳がせる。

 そんな麻人を茜が鼻で笑う。


「舞台挨拶の並びが正解なら、そこのお馬鹿メイドだって、無様に床を転げまわったりしてないでしょ?」

「あたし転げまわったりなんかしてない!何よ偉そうに!あんたもこの椅子座ってみれば!?」


 電流をくらい、その上またも罵られた葵は、使用人としての立場もそっちのけで茜に食って掛かった。すると、麻人が葵に味方するように軽く肩に手を置き、茜を睨みつけた。


「葵の言う通りだぜ……偉そうなことばっか言いやがって。てか、わかってたんなら早く言えよ!お前もだ、柊弥!」

「申し訳ありません……」


 柊弥は頭を下げて謝罪する。顔を上げて横を見れば、蓮が気の毒そうな顔でこちらを見ている。

 止めようとしたのだ、柊弥も蓮も。しかし口を挟む余地もない程に盛り上がっていたし、何より麻人にそれを告げようと口を開く度、茜が絶対零度の視線でねめつけてきたため、柊弥も蓮も口をつぐむしかなかった。


「自分の頭の悪さを人のせいにするの?情けないわね」

「ちょっと茜さん、流石にそれはないんじゃない?高みの見物してるけど、じゃあ貴女の意見はどうなのよ。ちなみに藤太さんはさっきまで完全に麻人に同意してたわけだけど?」


 茜に対し、初日こそ遠慮があった蘭子も流石に婚約者である麻人を度々馬鹿にされて頭にきたようだ。

 女同士、まるで見えない火花でも散っているかのように睨み合う。

 そこからは四人による皮肉と牽制と罵り合いである。最早、椅子の座り位置とは関係のない言葉の応酬が続く。ちなみに藤太は言い争う四人を宥めようとしているのだが誰一人として聞く耳を持たない。

 そしてその様子を終始沈黙して堂本が見守っている。

 ここにきて皆、ゲーム開始から溜まっていたフラストレーションが一気に爆発したようだ。慣れない環境、謎のゲーム、極めつけは電流を流されるという非現実的で理不尽な状況下で感情が抑えられなくなっているのだ。

 柊弥はどうしたものかと思案する。このような場合、下手に口を挟むと大抵は口を挟んだ人間が的になる。

 と、柊弥は自分の右手の袖が後ろから引っ張られるのを感じて、そちらを振り向いた。

 蓮が柊弥に隠れるようにして後ろに立っていた。


「浅見さん、たぶん貴方の席ここです」


 蓮がその席を指し示し、小さな声で言った。

 柊弥は蓮が何を根拠に言っているのか直ぐにはわからなかった。

 が、蓮が椅子の後ろを指差してそれを指摘したので納得する。

 

「成程な。確かに書いてある」

「ん、でも……単純すぎますかね」

「いや、合ってるよ。両端の椅子、それだけ分かれば十分だ。だから俺の席はここで蓮の席は……あそこだな」

「私、役に立ちましたか?」

「ああ、流石俺の相棒だ」


 柊弥はそう言うと、ごく自然な流れで蓮の頭を優しく撫でた。

 頭を撫でられた蓮は目を丸くして柊弥を見上げている。そこで柊弥は自分の仕出かしたことに気付く。

 やってしまった。完全に無意識だ。

 そして恐ろしいことに手は未だ蓮の頭の上にある。

 昨日から完全にセクハラ上司じゃないか。馴れ馴れしいにも程がある。

 ああ、終わった、嫌われる。

 柊弥が自責の念に囚われていると、蓮が柊弥の掌を頭にのせたまま俯いた。

 そんなに嫌だったのかと弾かれたように手を退かし、蓮の顔色を窺った。

 俯いた蓮は、少しだけ恥ずかしそうにはにかんで、目を細め口元に笑みを浮かべていた。


 ……俺、どうしたらいいんだよ、こんな顔されたら。


 ああもう、いい。認めよう。サエキに揶揄われてもいい。そんなこと、どうでもいいと思えるくらいには蓮に惹かれているし、もう一度頭を撫でて抱きしめて構い倒したいと思うくらいには可愛いと思っている。

 そうやって一人場違いなほど惚けていた柊弥は、いつの間にか隣でその様子を見聞きしていた人物に気が付かなかった。


「え?つまりどういうこと蓮君?僕にも説明してくれないかい?」


 急に話に割って入られて、蓮も柊弥も面食らって固まってしまう。里中藤太が興味津々と言った様子で二人を見ている。どうやら四人の言い争いに為す術もなく、諦めてこちらの話を聞いていたらしい。

 そして藤太の声を聞きつけて、それまで言い争っていた四人も蓮を注視する。


「何だ、蓮。何かわかったのか?俺達にも教えろよ」

「主人に隠し事は良くないわ、早く言いなさい蓮」


 麻人と茜に詰め寄られた蓮はその勢いに押されて後ずさる。


「あ、えっと、おそらくは」

「おそらくぅ?そんなあやふやなこと言って、もし違ったらまたビリビリってなるじゃない!あたし嫌だからね、もう二度とあんな痛い思いしたくない!」


 葵が声を荒げて蓮に異を唱えた。


「まあ聞くだけ聞きましょ?でも、あたしも痛いのは絶対に嫌よ」


 葵に同調する形で、蘭子がヒールをカツンと鳴らして言った。話の雲行きが怪しい。嫌な流れだと柊弥は眉を潜める。


「蓮、遠慮はいらないわ。言いなさい?その代わり……間違っていたら、どうなるかわかっているわよね?」

「ええと……仰っている意味がよく……」

「主人やその婚約者を危険な目に合わせたら、責任取るのは当たり前でしょう?」


 茜の言葉に、蓮の顔が強張る。茜が更に追い打ちをかけるように続ける。


「その時は水を被るなんてものじゃ当然済まないわけだけれど……」


 茜の悪意に満ちた笑みに対し、それまで戸惑いを滲ませた苦笑いといった表情を浮かべていた蓮から、完全に感情が消えた。


「姉さん、いちいち無駄に煽るなよ。蓮、いいからはっきり言え」

「そうよ蓮、早く言いなさい。ほら覚悟を決めて…………男の子でしょう?」


 それまで苛立ちを覚えつつも黙って見守っていた柊弥は、茜の最後の一言に苛立ちが明確な怒りに変わるのを感じた。


「蓮、左から二番目の椅子に座れ」


 柊弥の放った言葉に、ホールが一瞬にして静まり返る。


「葵ちゃんは左端に座って。俺はここ、右端に座る」

「ちょっと急に何よ!わけわかんないっ」

「浅見さん……」


 柊弥は蓮の頭に軽く手を乗せて笑いかける。


「なあに、柊弥。蓮を庇うの?」


 茜が眉間に皺を寄せて冷ややかに言った。しかし柊弥は全く動じない。


「庇うも何も俺はこいつの上司ですから。部下に指示を出すのは同然でしょう」

「柊弥、どういうことだ?」


 麻人が腕組みをして少し不機嫌そうに柊弥に説明を促す。


「椅子の後ろに書いてありますよ」


 柊弥にそう言われて、麻人が柊弥の指さした椅子の後ろ、背もたれの部分を見る。

 そこには数字が彫り込まれている。


「ん?何だこれ?書いてあるっていうか、彫ってある……“25”?」

「こっちにもあるわ……“19”?でも他の椅子には何もないけど」


 麻人に倣って椅子の後ろに回った蘭子が怪訝な顔をして柊弥を見た。

 麻人が確認したのは向かって一番右端の椅子、数字は“25”。蘭子が確認したのは向かって一番右端の椅子、数字は“19”。



「俺は“25”です」


 そう言って柊弥は何の躊躇いもなく右端の椅子に座った。

 一瞬、皆息を飲んだが柊弥は着席したまま平然としている。


「蓮、お前は“20”だから左から二番目」


 蓮は頷いて素直に座った。何も起こらない。


「葵ちゃんも座って。君の席にはちゃんと書いてあるだろ“19”って」

「わ、わかんない!どういうこと?嫌よっあたし座りたくない」

「上司の命令だ、座れ」


 柊弥の低く怒気を含んだ声に、葵は怯えたように体を震わせ、意を決したように左端の椅子の前に立った。そして恐る恐るではあるが腰を下ろし、電流が流れないことがわかると、大きく息を吐いて安堵したように背もたれに体を預けた。


「藤太さんは確か“24”でしたね?」

「へ?……あ、ああ!な、成程……そうだね!そうすると……柊弥君の隣だね」


 戸惑いつつも柊弥の言わんとしていることを理解して、藤太が右から二番目の席に座った。


「なに?どういうことよ!説明しなさいよ!」


 蘭子が苛立ちを隠そうともせず、腰に手を当てて椅子に座る面々を見下ろして言った。


「と、歳だよ蘭子さん!」


 柊弥の代わりに藤太が答える。


「それぞれの年齢!左端が“19”で右端が“25”……だから左から順番に、年齢順に並んでるんだよ」

「じゃ、じゃあ…あたしは二十一歳だから……」


 蘭子が半信半疑と言った様子で左から三番目の椅子の前に移動する。そして躊躇したものの、静かに腰を下ろした。


「……ホントだわ、座ってもなんともない」

「茜ちゃんは僕の一つ下だったよね?だから、僕の隣だ!」

「……くだらない、こんな単純なことなの?謎でも何でもないじゃない」


 茜が納得いかない様子で吐き捨てるように呟いた。茜の呟きに対して柊弥は努めて冷静に返す。


「ええ、単純な話です。ですからさっさと終わらせましょう、たかが記念撮影です」


 柊弥の言葉に明らかな怒りを顔に滲ませる茜だったが、そこで喚き散らすのは矜持が許さないのか黙って右から三番目の椅子に座った。

 残された麻人は、頭を掻いて真ん中の椅子を見下ろした。


「はーあ、なんだか拍子抜けしちまったぜ」


 そうして漸く、最後の一人が中央の椅子に座る。


「……ほらよ、これで全員座った。堂本、待たせたな!」


 麻人が堂本に呼びかける。堂本は何事も無かったように三脚で立てたカメラを調節する。


「それでは皆様、こちらに目線を。笑顔でお願い致します」


 堂本の淡々としたその言葉に、純粋な笑顔を浮かべられた人間は何人いただろうか。


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