2話 メッセージカード
「最上葵は浅見柊弥に殺される、か」
ティーカップを片手に蓮が件のメッセージを呟く。紅茶の液面を見つめ、暫し思案した後、真面目な顔で柊弥に問いかける。
「最上葵を殺す予定が?」
「ないよ!あるわけないだろ!?」
「ですよね」
冗談です、と鼻で笑って蓮は紅茶を一口含む。冗談を言うならもっとふざけた分かりやすい演技でしてほしい。
「このメッセージが貴方の犯行声明でないとすると」
「おい、やめろ」
「貴方に葵への殺意がない以上、今の時点ではこのメッセージの意味はわかりません。そして、この洋館の謎である過去の連続殺人事件と関係があるのかも不明。以上です」
「いや、もう少し親身になってくれてもいいだろ。相棒だろ?」
蓮は少し困り顔でティーカップをソーサーに置くと、人差し指で軽く唇をなぞり思案する。
蓮は、話し半分に聞いて下さい、と前置きをしてから話し始める。
「このメッセージの意図ですが、誰に送ったものか、誰に見つけさせるつもりだったのか、それによって変わってくると思うんです」
「俺か葵か蓮かってこと?」
「正確には貴方か葵のどちらかでしょう。更に言えば、葵宛てである可能性が高い。葵があの部屋で逢い引きをするのを知っていて仕込んだ人間がいる」
そこで柊弥は、昨夜から疑問に思っていたことを口にする。
「お前、葵があの部屋で東雲侘助と……その、関係を持ってること知ってたのか?」
「知ってたっていうか、カマかけたら引っ掛かったっていうか……だって、娯楽室で妙に色っぽい格好で、いかにもそういうことしてましたって顔して来るんだもの」
柊弥は娯楽室で蓮が葵に耳打ちをしていたことを思い出した。おそらくあの時だ。
「なんてカマかけたんだ?」
「“何処で火遊びしてたの”って」
あの時の顔は傑作だったな、と人の悪い笑みを浮かべて蓮が言った。
聞けば蓮は、休憩室で柊弥と話した後、堂本に葵が侘助の部屋に行ったきり帰ってこないから様子を見てきてほしい、と頼まれたらしい。
「東雲侘助の部屋に行ったら誰もいませんでした。部屋には鍵が掛かっていたし、一応ドアに聞き耳を立てましたが、人の気配がしなかった。だから何処かでそういうことになってるのかなって思ったんです。で、その場所があの部屋だった。浅見さんがあの部屋を見つけたのは偶然です。けれど、あの部屋だけ鍵が開いてたのは、偶然でも鍵の掛け忘れでもなかったんです。あの二人が鍵を開けて使用したから」
「ということは、メッセージカードは葵と侘助があの部屋を使っていたことを知っていて、葵に向けて送られた物ってことか。俺に命を狙われてるから気を付けろって、そういう意味の警告か?PL同士で疑心暗鬼にさせる目的かな」
だとしても、言いがかりも甚だしい。柊弥は納得いかないというように口をへの字に曲げる。
「と、思うんですけどね。ただ、あのカードは私たちが部屋に入った時には無かったし、更に言えばクローゼットに隠れる前、私が扉に聞き耳を立てた時もそんなものは無かった。とすると、カードか置かれたのは私たちがクローゼットに隠れた後ということになりますが…葵は部屋を出る際、あのカードに気が付かなかったのでしょうか」
カードに気付かないことなどあるだろうか。葉書サイズ程の大きさがあるのに。
可能性としては、カードが置かれたのが葵達が出て行った後ということが考えられるが。
「カードが置かれたのが葵達の出て行った後なら、浅見さんに当てたものということになりますが。それこそ、意味も意図もわからない。動揺を誘うことくらいにしかならない」
「いや、蓮宛てかもしれないぞ?もしくは俺たち二人に見つけさせて互いに疑心暗鬼にさせるとか。そもそも、このカード誰が置いたんだろうな?」
そう言って、柊弥は上着の内ポケットからメッセージカードを取り出して、テーブルの上に置いた。
「ちょ、ちょっと、浅見さん!何でそんなもの持ち歩いてるんですか!」
「え?蓮に見せる為だけど」
「誰かに見られたらどうするんです!?仕舞って仕舞って!……流石に不用心すぎやしませんか」
「何だよ……せっかく持ってきたのに。いつ相談できるかわからなかったから持ち歩いてたんだよ。大体お前、今日俺のこと避けてたろ。酷いヤツ」
「それは……だから……謝ったじゃないですか。だったらいいですよ、用があるなら呼びつけてくれれば私の方から伺います。PLの、自分の部屋が一番安全ですからね。他のPLの部屋に行くことも特に禁止されてませんし」
「……不用心はどっちだ」
若い娘が、良く知りもしない男の部屋に軽い気持ちで上がり込む方が余程不用心だ。
柊弥はまるで娘に説教する父親のような心境で呟くが、そもそも蓮は男性PCであって、わざわざバディと称したのは自分からだったことを思い出した。
「俺が言うのもなんだけど、蓮はこのメッセージ見て、俺に不信感を抱いたり疑ったりしないの?」
「疑うって、何を疑えばいいんです?葵が殺されたわけでもあるまいし。不信に思うにも疑うにも材料が足りません。でも、はっきりしてることが一つだけあります。このカードは貴方が置いたんじゃない」
蓮は断言する。
「だってクローゼットから出て私が先にカードを見つけたんですもん。私の後に浅見さんが扉に近づいたのはその後。浅見さん以外だったら誰にでも置ける。勿論私にもね。浅見さん、私がカードを置いたんじゃないかって疑ったんじゃないですか?」
指摘されて、言葉に詰まる。図星だった。
「いいんですよ、疑って当然です。貴方を動揺させるために、貴方を罠に嵌めるために敢えて私が置いたのかもしれない」
「…って、思わせて使用人同士で争わせることが目的かもな。……やめようぜ、バディ組んだ早々そういうこと言うの、お互いにな」
「だからって、信用しすぎじゃないですかね。でも……そうですね、私は置いてません。一応弁解しておきます」
「信じるよ」
「……兎に角、今の段階じゃ考察しようにもここまでが限界ですね。このカードを誰が置いたかはわからない。もしかしたら運営が用意した物かもしれませんし」
蓮が話を一旦区切って休憩室の時計を見上げた。そろそろ、執事業に戻らなくてはならない時間だ。
「そう言えば、今日葵ちゃん見ました?」
「いや?俺は殆ど堂本さんと一緒に仕事してたけど、一度も見てないな。てっきりお前と一緒に居るんだと思ってた」
「どこで何してんですかね?」
「あるいはもうこの世にいないとか、ないよな?ないよな?」
「貴方がそれ言っちゃ駄目でしょ。冗談じゃ済まないですよ」
蓮が軽く柊弥をたしなめる。柊弥は苦笑いで返した。
すると、話の区切りを見計らったかのようなタイミングで休憩室の扉が開いた。
現れたのは堂本だった。
「浅見、蓮、そろそろ食堂の準備をするから本館に来てくれ」
そうだ、今夜は本館の食堂で立食パーティーが催されることになっている。
柊弥も蓮も堂本に促されて席を立つ。
さて、役割に戻るとしよう。自分たちは執事、もてなされる側ではなく、もてなす側なのだ。




