16話 御厨蓮の場合
自己嫌悪も自己批判も、今まで散々してきた。それはとても簡単なことで、浸っていると少し気持ちがいい。しかしそれで事態が好転したことも、救われたこともなかった。
知能がある生き物なら学ぶことができる。
しかし私はいつまでたっても愚かだ。だからまた間違える。その小さな間違いの積み重ねで今がある。
何処で何を間違ったのかは、未だにわからない。誰かに正しい選択肢を教えてもらいたかったけれど、誰も教えてはくれなかった。当然だ。私の人生に私以外責任など持たない。
自己嫌悪も自己批判も私にとっては自己弁護だった。悪癖だという自覚はある。不毛で寧ろ害であるのは百も承知だ。けれど憎悪と無力感に飲まれて白痴になるくらいならば、やはり自己弁護で自分を守ることを選ぶ。
だからせめて、考えることだけは止めない。
思考を停止しない限り、私はまだちゃんと生きている。
「蓮、聞いてるの?」
呼び掛けられて、思考に沈んでいた意識が浮上する。
目の前のタブレットPCに映るのはマネージャーのミズノだ。
「眠いのはわかるけど、もう少し我慢して」
「すみません」
既に入浴も済ませ、後は寝るだけだったところにミズノから呼び出しがあった。
「初日で百ポイントも失うのは愚行よね。何か言い訳は?」
ぐうの音も出ない。
特殊技能で使うポイントは二十か三十ポイント。それをミズノから定期連絡で聞いた直後のあの暴挙だ。勢いだけでGMに交渉し、ポイントを上乗せした挙句それを二倍支払った。結果、与えられていた初期ポイントを初日のたった一度のダイスロールで失ってしまった。
その失態をこうして咎められている。
「昼間の五十ポイントがあるとはいえ、せめて一人分だったらプラマイゼロだったのに」
浅見柊弥。彼を巻き込んだ為に彼の分のポイントを支払った。
私はミズノに尋ねる。
「あのまま、隠れずに見つかっていたらどうなっていましたか?」
「そうね、最上葵に何をしていたのか問い詰められ付け込まれる要因になったでしょうね。東雲侘助にも不審な使用人として猜疑心を抱かせていたと思うわ。勝手に空き部屋に入って何かを企んでいるんじゃないかってね」
「そうですか」
「もしも、なんてこと考えても意味がないわ。結果として百ポイント失ったこれは事実。あの浅見柊弥が居なければ五十ポイントで済んだ。そもそもあの男が空き部屋を見つけなかったらあんな事態にならなかった」
それこそもしもではないか。
浅見柊弥があの場に居なかったら。
手を組もうと声をかけたのは私だ。
彼を強引にクローゼットに押し込め巻き込んだのも私だ。
彼一人なら二人に見つかったとしても上手く切り抜けられたのではないだろうか。今日一日の対応を見ていて思った。
逆に私一人だったら。
あの暗く狭いクローゼットで耐えられただろうか。
結局、浅見柊弥に声をかけてしまった私の選択ミスか。もしくは未熟な私の精神面が原因か。
「蓮、私はあなたを勝たせるために言っているのよ。PLにとってマネージャーは唯一の味方。それだけは疑わないで、信じて」
ミズノが真剣な顔で、画面越しに私に訴えかける。
「ミズノさん、何故私を男性PCにしたんですか?」
私は敢えて今更な質問をしてみた。
「貴女の為」
「そうですか」
「男を演じるのは嫌?」
「いいえ。感謝しています」
最上葵を思い浮かべる。あの役割が、自分に与えられていたかもしれない思うと本当に感謝しかない。
ひらひらのレースとリボンに彩られた、丈の短いスカート。見る分にはいい。最上葵は黙っていれば可愛らしい。しかし、あれを自分が着るのは別だ。あれで生活して、あれで使用人の業務をこなす。そして、謎を解き明かすために屋敷内を探索する。
現実的じゃない。
観賞用なんだ…きっと。
適材適所。おそらく最上葵に実際の使用人業務も本来のメイドとしての振る舞いも求められてはいない。
可愛いメイド服を着た可愛い仕草の可愛い可愛いドジなメイド風美少女。
そんな最上葵というPCが舞台挨拶でお披露目され、それを視聴者が求めた。それは投票結果にて如実に示されている。
「蓮、私はこうして貴女に助言しかできない。だから貴女自身で勝利を掴むしかないの。だから……頑張って」
「はい」
「厳しいこと言ってごめんなさいね。初日お疲れ様、今日はゆっくり休んで……おやすみなさい、蓮」
「おやすみなさい、ミズノさん」
ミズノとの通信が切れる。
私は部屋の明かりを消して、ベッドに潜り込む。
早く寝てしまおう、思考するのは夜が明けてから。
今夜は夢も見ずに深く深く眠れたらいい、そう思う。
第二章に続く。




