14話 虚構と現実、勝者と敗者
館の廊下を、浅見柊弥と御厨蓮が歩いている。
間接照明の淡い光が洋館の古めかしくも厳かな雰囲気を醸し出している。
「どう思う?」
柊弥は娯楽室での出来事について蓮に尋ねた。
「どうって?」
「あの流れ、昼間蓮が言った通りの構図になってきたな」
「まあ……そうですね」
蓮は歯切れ悪く答えた。完全に上の空の生返事である。
「蓮」
柊弥は前を歩く蓮を呼び止める。
「何ですか?」
「何ですかって、そっちは違うだろ」
別館に戻るつもりが、蓮は一階玄関に続く階段を通り過ぎようとしていた。
「蓮、ちょっとおいで」
柊弥は辺りに人気がないことを確認すると、客人用と思しき空き部屋を調べる。幾つか調べ、直ぐに鍵の開いている一部屋を見つけると扉を開けて蓮に入るように促す。
柊弥は蓮をソファに座らせると、溜息を一つ零して諭すように語りかける。
「一人で考えてないで、話してみな」
蓮が一旦思考し出すと他が疎かになるのは今日一日で察した。そしてそんな彼女がどこか危うく見えて、放っておけなくなっていることも柊弥は自覚している。
単純に、彼女が何を考えているのか興味があるのも事実だ。
蓮は柊弥に指摘されて、ばつが悪そうに自分の爪先に目線を落として小さな声で答えた。
「鍵、閉めてください。勝手にこんなところ入って見つかったら……また何か咎められそうです」
柊弥は蓮の言う通り、内側から鍵を閉めると、人一人分の間隔を開けて蓮の隣に腰を下ろした。
「今度は何が気になってるの?」
「別に、大したことじゃありません。ただ……さっきの話、誘導があからさまで気持ち悪いっていうか……」
「ああ、東雲姉弟のどちらか選べって?強引すぎるよな」
「それもそうなんですけど……論点ずらしというか目的すり替えというか」
「つまり?」
「昼間も言いましたけど、このゲームのクリア条件はこのシナリオの謎を解くことですよね?その謎とは過去に起きた連続殺人事件を指します」
「うん、それが東雲家の当主になる条件だ。当主になった人間が東雲家の財産、つまり十億を手にするという――」
柊弥は自分で言葉にしながら違和感を覚えた。いや、間違ってはいない筈だ。だが、何かがおかしい。
「もう一度言います。このゲームの目的はシナリオの謎を解くことです。当主になることではありません」
「それは……」
同義、ではないのか。
「仮に、東雲家の当主になることがクリア条件だったとしたら、私達使用人と婚約者には初めから勝ち目はありません。しかし、そんなゲームを果たして用意するでしょうか?」
それはゲームとしての体を成していない、あまりにお粗末な出来レースである。
「あのGMがそんなシナリオを用意するとは思えませんけど」
施設で研修までさせ、執拗なまでに演技指導を徹底させ、莫大な金を掛け、その結果がPL七人中二人の出来レースだというのだろうか。
いや、あのGMがそんな端からゲームとして破綻しているようなシナリオを書くとは思えない。何の根拠も無いが、あのGMはゲームに対して並々ならぬこだわりを持っているように感じる。
「東雲麻人、あの人が技能を使ってまで皆をあの場に集めたのは……単純に自分に支持を集めたかったというよりも、当主になることがクリア条件だと思わせたかったんじゃないかって」
「なんの為に?」
「目的をすり替えることによって、東雲姉弟に加担する以外勝ち目がないと思わせる。そして、謎を解くという最大の目的から目を逸らさせる為……とか?実際、婚約者の二人は自分がゲームに勝利するのではなく、自分のパートナーを勝利させるという文脈で話をしていました。……本心ではどう考えているかはわかりませんが」
娯楽室での話を思い出す。東雲麻人はしきりに当主になることを強調していた。それは当然と言えば当然だが。
「東雲家の次期当主が勝者。その資格が与えられたPLは東雲麻人と東雲茜だけ。それがゲームの勝利条件ならば、婚約者だろうが使用人だろうが、始めから敗者です。たった一人の勝者以外は全員敗者。これはチーム戦ではないんですから」
そうだ、十億を手にするのはたった一人。ゲーム中協力し合ったとしても勝者はたった一人。
それは蓮と柊弥も例外ではない。
「当主に相応しいのは誰か?それが何だというんです」
蓮は何を思ったのか、突然柊弥の耳に唇を近づけた。
蓮の吐息と共にその囁きが柊弥の鼓膜を揺らす。
「……だって東雲家の当主になるとか婚約者とかそんなの全て虚構なんですよ。ゲームが終わったら何も残らない。確かなのは勝者が手にする十億だけ」
どこか蠱惑的な響きで、それでいて幻から一気に覚まさせる決定的な言葉に、柊弥は肌が粟立つのを感じた。
当たり前の事実を述べられたに過ぎない。それでも蓮の言葉はその吐息の感触とその響きと共に柊弥の中に深く刻まれた。
その蓮の行動が、致命的なメタ発言をGMや視聴者に聞かれない為のものだと気付くのに数秒を有した。
我に返ると、既に蓮は柊弥から離れ、元の位置に戻って上体をソファの背もたれに預けて伸びをしていた。
「正直、浅見さんがはっきり意思表明してくれて助かりましたよ…どうしたもんかって思ってましたし……ま、今の話……私の勝手な解釈ですけどね。当主選びがこのシナリオの軸になってるのは確かですし」
蓮はそう言いながら、一つ欠伸を零した。眼を瞬かせ、その小さく華奢な手で瞼を擦っている。
「これが当主になった者が勝利するって話だったら……一生懸命誰かに媚びますかねえ……」
気怠そうに完全にソファに体を預け弛緩してしまっている蓮に、柊弥は声をかける。
「眠そうだけど」
「ん……はい、眠いです」
その様子を見て、蓮が昼間ゲームが始まる前に寝不足だと言っていたことを思い出す。
ゲーム開始から随分時間が経ったように感じるが、ほんの数時間前のことなのだ。
蓮が欠伸を噛み殺し、頻りに瞬きをしている。長い睫毛が涙に濡れて、瞼が震える度に艶やかに羽ばたくように上下する。擦ったためか目元が赤い。
潤んだ瞳がうつらうつらと揺れている。
「そろそろ戻ろうか」
「……はぁい」
「おぶっていってやろうか?」
「自分で歩けます。子供じゃあるまいし」
柊弥に揶揄われた蓮は、眠気もあってか不機嫌そうに口を尖らせた。
どこか幼さを感じさせる、それでいて吹っ切れたような蓮の表情に柊弥は口元を緩ませる。
どうやら、思考の迷宮からは脱したらしい。蓮も今夜こそはよく眠れることだろう。
蓮が渋々と言った風にソファから立ち上がるのを確認して、柊弥は部屋を出ようと扉に手をかける。
しかし鍵を開けようとして、止まった。
「廊下に誰かいるかも」
「え?」
耳を澄まさないと聞こえないが、確かに人の話す声が聞こえる。聞いた感じでは部屋からは少し距離がある様子だが、今出て行って見つかったら少し厄介だ。
蓮にも揶揄された地獄耳がここで役立つとは、いい働きをするじゃないかと心の中で自賛する。
更に耳を澄ませば、それはどうやら男女の声のようだった。
「まだ外に出ない方がいいな、少し待とう。……蓮?」
柊弥は蓮に振り返って告げる。
蓮は先程まで惚けていた表情とは打って変わって瞳を見開いて緊張した面持ちで固まっていた。
しかしすぐさま弾かれたように部屋を見渡した。
「ああ……何で気が付かなかったの……いや、そんなこと……今更」
蓮は明らかに動揺した様子で、部屋を行ったり来たりしながら独り言を漏らす。
急にどうしたというのだろう。そこまで焦る必要があることだろうか。
「蓮、落ち着け。ここはただの空き部屋だ。中で大人しくしていれば通り過ぎるだろ。万が一開けようとしても鍵は閉めてある」
「開けてあったでしょう!?さっきまでは!」




