11話 メタ推理
「このシナリオの謎を解く。これがシナリオのクリア条件なわけですけど……」
カレーを頬張りながら、蓮が話し始める。
「食堂での当主白檀の話から、過去にこの館で起きた連続殺人事件がその謎に当たると思われます。ここまではいいですかね」
「ああ。ただ問題なのは、それが過去の事件だってことだな」
「普通に考えれば証拠なんて残っている筈がない。既に居住して数年経っているわけですからね」
当然、売却され人が住めるということは、警察の現場検証も証拠品の押収も十分に為された後ということだ。その上で手がかりが残っているのか甚だ疑問である。
「殺人現場だって特種清掃されてそうだしな」
「普通に考えればね。ただここは作られた舞台ですから。謎解きの舞台として設定されている以上、手掛かりは必ずあるわけです。それを数日間生活しながら探索して見つける」
ここは作られた空間。謂わばゲームの世界なのだ。GMが謎を解けと言ったならぱ必ず手掛かりが用意されている。そこを疑ってしまえばゲームにならない。
「成程ね、あくまでもゲームなわけだ」
連続殺人事件が起きた設定の舞台。運営がシナリオの為に用意したもの。
「東雲白檀がGMのメッセンジャーだったわけです」
「なあ、さっきから当主様のこと呼び捨てにしてるけど大丈夫か?俺は上司として注意すべきなのか?」
先程食堂で、葵の態度を茜が咎めてトラブルになったばかりだ。誰かに聞かれてないか心配になる。
「ああ……うん、そうか。浅見さん、この話を進める前にですね、確認したいことがあります」
そう言うと蓮は左腕の袖を捲り、腕輪を露わにすると、それに向かって語りかけた。
「GMすみません、少々宜しいですか?……GM?……あれれ、聞こえないのかな」
蓮が何度も腕輪に呼び掛ける。暫くすると腕輪から小さな電子音が鳴った。
『……お待たせしました。何でしょう?』
蓮の呼び掛けに対し、GMはすんなりと応答した。こちらから呼び掛ければ、いつでも答えてくれるということだろうか。柊弥の疑問を察したかのようにGMが続ける。
『他のPCの行動も確認しながら進めていますので、直ぐには答えられない場合もあります。そのあたりはご承知下さい』
言われてみれば自分達がこうしている間も、他の人間は別のところで別の行動をとっているのだ。各々にマネージャーが付いているとはいえ、その行動を粗方把握するとなるとGMも大変な役である。
続けて蓮がGMに尋ねる。
「はい、マネージャーよりもGMに確認すべきと思いました。GM、メタ発言はどこまで許されますか?」
『と言いますと?』
「このシナリオは謎解きシナリオですが、PL間での推理や相談、更に言えばメタ推理は許されますか」
メタ?ここにきてわからない単語が出てくるとは思わなかった。
柊弥をよそに、話は進む。
『許可します。ただし発言については時と場合と人によります。シナリオを著しく侵害した場合ペナルティがつきます』
「そのペナルティとは?」
『それは追って説明します』
何だか要領を得ない答えだ。重要な部分は何一つ説明されていない。
「あの、GM!俺も質問を……ポイントってなんですか?」
食堂で蓮と茜が付与されていたポイント。マネージャーからは説明がなかった。
しかし、GMは柊弥の質問に答えることなく通話を切ってしまったようだ。
「あらら、忙しいみたいですね。ポイントについては私も聞きたかったなあ」
「で、さっき言ってたメタ発言って?」
「ええと……例えば……ここは物語の世界でPC浅見柊弥を演じているPLは鬼瓦太郎だ」
「俺はそんな名前じゃない」
「いや、知りませんけど。例えですから。つまりですね、PC御厨蓮やPC浅見柊弥は物語の登場人物なので、今の発言は登場人物の知りえるはずのない事柄、物語を超えた発言なわけですね」
「ああ、さっきの“東雲白檀はGMのメッセンジャーだ”ってお前の発言がそれってことか。じゃあ、GMが著しくシナリオを侵害した場合ペナルティがつくって言ってたのは?」
「メタ発言を連発すると没入感が薄れて世界観が壊れますからね。リアルTRPGって言うくらいですから、役割演技に徹して成りきれってことでは?」
しかし、ペナルティを課せられる基準が曖昧だ。現に、今はこんな話をしているがペナルティは科せられていない。
「しかし、PL間での推理や相談が許されるってのは意外だな。施設では関わり自体が禁止だったのに。何にせよ、俺としてはありがたいよ」
ゲームもTRPGも初心者の自分だけでは心許ない。協力プレイ可能ならそれに越したことはない。
「でも人は選ばないと、結局勝ち残るのは一人なわけですから」
「それは……そうだけど」
「例えば、さっき浅見さんが、当主様を白檀と呼び捨てにしたのを上司として咎めた方がいいのか、って言いましたけど、PC浅見柊弥だったら“訳の分からないこと言わないで言葉遣いに気を付けろ”って言うでしょう?でもそれを言わないのはPLとしての推理上の文脈だと酌んでいるから。場合によっては私の発言を咎め、茜様に報告して、また私に水をぶちまけるロールも出来るわけです」
柊弥は眉根を寄せる。自分はあんなことはしない。立場にものを言わせて人を従わせるようなあんな真似。
心外だと心のなかで思いつつ柊弥は蓮を探るように見た。
「逆に聞くけど、この話を俺にするってことは、蓮は俺のこと信頼してるってこと?頼りにしてるって言ったのは本心?」
こういった踏み込んだ質問を、敢えて直球で投げるのは返って警戒心を抱かせるのかもしれない。それでも聞いておきたかった。
すると、意外にも蓮は視線を落として沈黙した。
蓮だったら兄貴分を慕う弟ロールで軽くかわすのだろうと思った。
蓮は表情を失い、視線は柊弥の首の辺りという中途半端な位置で止まったまま黙っている。
柊弥は蓮に声を掛けようとして、止めた。
それが、蓮の思考するときの癖だと気付いたからだ。柊弥の首元辺りを見ているが、その実柊弥を見てはいないのだろう。
蓮はとても静かな声で答える。
「助けてくれた時の貴方と……シナリオが始まってからの貴方が変わりなく見えたからかな……いや、どうだろう……わからない」
蓮は口に出しながら考えているようだ。
「わからない、のか?」
柊弥は詰問にならないよう、出来るだけ優しく問いかけた。
「そうだな……それはよくない、よくない……ロジックで答えましょう。貴方と私は敵対関係にはなりにくい関係だ。何故なら設定が上司と部下でありながらも、兄貴分と弟分という親しい間柄だから。それはシナリオ上の決定事項であり表立って敵対行為は行えないはず」
蓮のその様子は、先程柊弥を茶化したり励ましたりしていた時とは違い、どちらかと言えば施設での様子に近い気がした。
柊弥は蓮の調子に合わせることにする。
「うん、そうだな。では、他のPCと組んだ場合はどうだろう?その場合、俺たち使用人PCは立場が微妙だな。乱暴な言い方をすれば主人と下僕の関係、こちらとしてはアンフェア過ぎる」
「更に言えば、必然的に婚約関係にある人間同士は協力し合う。先程見た感じだと既に協力関係にあることが予想される。だとしたら私たちも使用人同士で協力しあったほうが得策だ」
「うん、良いんじゃないか?互いに共同戦線を張る理由としては」
「そう……そうですね、よかった。浅見さんはやっぱり話がわかる人ですね」
理由付け出来て、蓮はほっとしているようだった。
どこかアンバランスな娘だな、と柊弥は思う。聡明ではあるが斑がある。
「最上葵はどうします?」
「あれと組むくらいなら俺は誰とも組まない」
「何故?」
「何故!?お前あいつに責任擦り付けられて水ぶっかけられてるのに、正気か?」
「貴方がされた訳じゃない。それは貴方の理由にはならない。PCの関係性は私とそう変わらない筈。……あと、水をかけたのは東雲茜です。私はそんなに気にしていません」
「いやいやないない」
柊弥は半笑いで答える。
そんな柊弥とは対照的に、蓮は真面目な様子でじっと柊弥を見た。先程までは蓮が柊弥を茶化していた筈なのに。
駄目なのだろう。こういう答え方では納得しない、否、出来ないのだきっと。難儀な娘だ。
柊弥を見る瞳は何処か不安げに揺れている。
黒曜の瞳が艶めいて、まるで泣き濡れているように錯覚する。
これが彼女の本来の姿だとしたら、接し方を間違えてはならない。
きっと勘違いする男もいるだろう。本人は無自覚か計算か知らないが。施設で見たあの男に、柊弥は今更ながらに同情した。
柊弥はわざとらしく咳払いをすると、人差し指を立てて演技がかった口調で言った。
「蓮、忘れてるぞ?あいつにダイスで嵌められたのは俺も同じ、俺は運が良かっただけ。だから俺はあいつとは組まない」
柊弥は、椅子から立ち上がると冷凍庫を開けた。
白桃のシャーベットを中から取り出す。
蓮の前にシャーベットを置いてスプーンを蓮に差し出した。
「ま、嵌められた同士、仲良くやろう?」
蓮はスプーンを受け取る。じっとスプーンを見つめてまだ何か考えているようだった。
すると柊弥は蓮の目の前でシャーベットに乗っていた白桃の果肉を指で摘み口に放り込んだ。
「あっ」
「ん、冷た!うまっ」
「ちょっと、人のモノ食べないでくださいよ!食べたいなら何で葵ちゃんにあげたんですかっ」
「人のモノだから食べたくなるんだろ?早く食べないから。ほら、溶けるぞ?」
ぶつぶつと文句を言いながらシャーベットを食べる蓮が、先程までの調子を取り戻す。
これから協力していくのだ。お互いが接しやすい関係で、利用しやすい関係でいた方がいい。
「休憩長く取り過ぎたかな。それ食べ終わったら本館戻ろうか」
「大丈夫ですよ、堂本さんから今日はもう半休でいいって言われました。ゲーム初日だからですかね」
「……先に言えよ、先に」




