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9話 責任転嫁

 ぞっとするような声だった。

 怒鳴るわけでもなく、ドスを利かせたわけでもない。

 只々無機質な声。それまでと同じ抑揚のない調子。

 しかし、背筋が凍り付くような感覚に、柊弥は息を詰めた。


『おい、指示待ちしかできないゴミ共、眠てえことしてんな』

『自分たちの立場わかってるのか、どれだけ金掛かってると思ってるんだ』

『これ普通のTRPG以下じゃね?』

『普通のTRPGの方がまだマシ。だってGMのさじ加減でロストさせられる』

『頼むから突然神話生物出てきてこいつら皆殺しにしてくれ』

『死ね、無価値なゴミ、死ね』

『このグダグダ逆にリアル、だがつまらん』

『死ね死ね死ね死ね消えろ死ね』

『蘭子のデカパイ揉みしだきてー』


「はあああ!?」


 最後の一言に、蘭子が甲高い声を上げる。


『これは視聴者の皆様のご感想です』


 視聴者という言葉に、この様子が富裕層向けにネット配信されていることを思い出す。


『このリアルTRPGではGMから状況の読み上げや、行動を促すような介入は一部を除いて基本、致しません。これは没入感が薄らぐことを防ぎ、舞台の雰囲気を壊さない為の抑止です。しかし、現在、視聴者の皆様からの苦情、ならびにGMの責任として介入を望まれるお声が半数を超えました』


 柊弥は舞台挨拶での出来事を思い出す。

 視聴者アンケートと称してPCプレイヤーキャラクターの仕様について意見を求めていた。

 あの時、視聴者参加型のゲームなのかもしれないと軽く考えていたが、視聴者の意見がリアルタイムでゲームに反映されるということか。


『これはゲームです。しかし本気で役割演技(ロールプレイ)してください。そして思い出してください。このゲームの賞金は十億円です。その資金が何処から来ているのか、お分かりですね?』


 おそらく報酬だけではない。このゲームの運営そのものがVIP会員という名の視聴者の出資で成り立っていることが容易に推測できる。


『視聴者様にとってこのゲームは娯楽です。しかし、皆さんにとって果たして娯楽でしょうか?ただのごっこ遊びでしょうか?皆さんは何を担保に参加資格を得ましたか?』


 皆、顔つきに深刻さが増す。

 GMが語る言葉が、その場のPL達に重く圧し掛かる。

 

『では、もう一度だけ行動確認です。このような場面に居合わせたあなた方は、次にどのような行動をとりますか?……里中藤太さん、どうしますか?』

「ひえ!?ぼ、ぼく、僕は……あぁ」


 水をぶちまけられた本人なのだから、反応を求められるのは当然と言えば当然である。

 藤太は目を泳がせながらも、懸命に発言した。


「あの、僕は大丈夫……き、気にしてないし、怒ってない、ので……ぼ、僕は、穏便に済ませますっ!」

「駄目よ」


 藤太がどもりながらも名案とばかりに言い切った宣言を、隣に座っていた茜が冷たく切り捨てた。

 茜はゆっくりと立ち上がる。


「藤太は私の婚約者よ。初めて家に連れてきた婚約者になんてことしてくれたの?しかもこんな大事な日に、こんな粗相をするなんて。こんな出来損ないのメイドが東雲家の使用人だなんて恥さらしもいいところだわ……今すぐこの屋敷から出て行きなさい」

「なっ!?ちょっと何言ってんの!?」


 茜のその言葉に、流石の葵も顔色を変えて焦り出す。


「さっきからその口の利き方、注意しても直らないのね。雇い主はおろか客人(ゲスト)にまで。堂本はどういった教育をしているのかしら。ああ、教育係は貴方だったかしら……柊弥?」

「……申し訳ございません、茜様」


 柊弥は深々と頭を下げる。

 そして、茜は言い放つ。


「東雲家の長女として宣言するわ。最上葵、あなたはクビよ」


『きたああああ』

『ロストいけえええ』

『いいぞ、長女それでこそ令嬢の鏡』

『序盤でロストとか一気に緊張感出たな』


「なに?なによどういうこと!?」


 GMが淡々と視聴者の声を読み上げる。


「聞こえなかった?クビよ」

「なんでアンタにそんなこと決められなきゃいけないのよ!」

「そうねえ、実際雇っているのはお爺様かお父様かしら。でもね、二人とも私なんかよりずっと厳しい方よ?今日のこの失態を知って、雇い続けると思う?」


 解雇。

 この洋館から追い出される。それはつまりゲームを続けられなくなるということ。


「クビ?ろすと?……え、まって失格ってこと?」


『最上葵さん、どうしますか?』


 GMが尋ねる。


「どうもこうも!嫌よ!……GM、どうにかしてよ!」


『最上葵さん、どうしますか?』


 GMが同じ台詞を繰り返す。


「~~っっ!……マネージャー!どうにかして!マネージャー!スズイ!!」


 葵が左手の腕輪に向かって必死に叫ぶ。

 すると、葵の腕輪から短い電子音が鳴った。

 葵は食い入るように腕輪を見つめる。

 そして、顔を上げた葵は笑顔でその左腕を掲げ、宣言する。


「特殊技能使います。技能のダイスロール、判定お願いします」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 このTRPGシナリオ『深層の館』において、PCプレイヤーキャラクターにはそれぞれ特殊技能というものが与えられている。

 それはとてもシンプルで既存のTRPGのように種類も無ければ複数持てるわけでもない。

 一つだけ、PC一人につきたった一つだけ、有することが出来るもの。

 そしてその技能は他PCには開示されていない。


「マネージャー、GM、聞こえましたぁ?ダイス振ってください?」


 葵が得意げに宣言し直す。


『わかりました。では、1d6で出目が一か二で最上葵、三か四で浅見柊弥、五か六で御厨蓮です』

「は!?」


 GMの言葉に、柊弥は驚き声を上げた。

 何故急に自分と蓮が?どんな技能を?

 いや、それよりも。

 出目に当たったら――?

 

 葵の腕輪から、まるでサイコロの転がるような音が鳴り響く。そして止まる。


『出目は六です。そうですね……では、最上葵と仲の良い同僚の御厨蓮は、彼女のミスを庇い責任を負うことを東雲茜に告げます』


 その場の全員が一斉に御厨蓮を見た。

 GMの言葉を聞いた蓮は、僅かに目を見開いて驚いたような素振りを見せた。しかし、直ぐに茜の前に進み出て告げる。


「……申し訳ございません、里中様、茜様。彼女の失態は彼女に水を注ぐよう指示した私の責任です。茜様、処分は私がお受け致します」

「っ……そんな」

「そ、そんな馬鹿な!ちょっと待ってよ!おかしいよ!」


 柊弥が声を上げるのとほぼ同時に、成り行きを見守っていた藤太が叫ぶ。


「ねえ、大丈夫だよっ!僕怒ってないよ?それに蓮ちゃ……蓮君は何も悪くないじゃないか!なのにクビなんてっ、失格なんてあんまりだよ!茜ちゃん!考え直してよ……」


 藤太が茜に必死になって訴える。

 蓮は茜の目の前で深く頭を下げたまま固まっている。その表情を伺い知ることは出来ない。


「そうね……確かに、蓮がしでかしたわけではないし……クビはやり過ぎね」


 茜が頭を下げ続ける蓮の肩に優しく手を置く。


「私、ちょっと冷静を欠いていたみたい。蓮、もういいわ顔を上げて」


 茜に言われ、蓮が漸く顔を上げる。

 

「どこぞの馬鹿メイドと違って、素直で可愛げがあるわ」

「なんっ、くっ」

 

 茜の間接的な罵りに、葵は食って掛かりそうになるが、唇を噛み締めて我慢している。

 茜は、そんな葵を明らかに馬鹿にしたように鼻で笑うと、対照的に蓮の頬を撫でる。


「私、賢い子は嫌いじゃないわ。蓮はいい子ね」


 茜が蓮を見つめる。蓮は茜の視線を無言で見つめ返す。

 茜はそのまま流れるような動作でテーブルに置いてあったピッチャーを手に取った。そして。


「うわあぁっ!」


 蓮の頭上でその中身をぶちまけた。


「これで許してあげるわね」


 冷水を氷ごとぶちまけられた蓮は、当然ながら頭からつま先まで水浸しだ。

 ちなみに、叫び声をあげたのは茜の隣にいた藤太である。

 蓮は、無言のまま微動だにせず茜を見つめていた。

 茜はすっかり空になったピッチャーをぞんざいに床に捨てた。


「ほらね、優しいでしょう?私は」

「寛大なご処置をありがとうございます」

「でも、次はないわよ?」


 蓮が再び頭を下げた。その拍子に、蓮の頭に乗っていた氷が床に落ちて転がり、柊弥の靴に当たって止まった。


『茜やるじゃん』

『長女かっこよ』

『蓮が完全にとばっちりで笑う』

『全然物足りないけど序盤としてはこんなもんか』

『今後に期待』


 GMが例のごとく視聴者の声を代弁する。

 

『只今のロールが視聴者様から一定の評価を受けました。報酬として東雲茜さんと御厨蓮さんに五十ポイント付与されます』


 GMから謎の“ポイント”というワードが出ても、柊弥を含め誰も言及することはない。

 皆、茜と蓮を呆然と見ているだけだ。

 GMは尚も淡々と続ける。


『今回の件は序盤のデモンストレーションということに致しましょう。今後皆さんは真剣に、緊張感をもってシナリオクリアを目指してください』


 デモンストレーション、実演、演技、役割、余興、見世物、趣味の悪い見世物。

 柊弥の頭の中で単語が飛び交う。


『当然ながら今後、視聴者様のお声を読み上げることはありません。しかし常にこのようなご意見はこちらに届いていること、そして皆さんの行動は視聴者の皆様に見られていることを忘れないでください。視聴者様に楽しんで頂くことこそが、このゲームの意義なのです。それでは皆さんのご活躍を期待しております』


 GMの言葉はそこで終わり、食堂には再び沈黙が訪れる。

 そして、その沈黙を破ったのは麻人だった。 


「さてと、飯も食ったし。俺は部屋に戻るぜ」

 

 麻人は何事も無かったかのように明るく言った。

 立ち上がって食堂の扉へ向かう。

 

「待って麻人!あたしも」


 そんな麻人を追うようにして蘭子も席を立つ。


「私も部屋に戻るわね。なんだか疲れちゃった」

「えっ、あ、僕も!」


 茜が蓮の脇を通り過ぎる。

 後に続く藤太はすれ違いざま蓮に「ごめんね」と小声で呟いて茜を追いかける。

 食堂の扉から出て行こうとした茜が、不意にこちらに振り向いた。


「汚したそこ、ちゃんと掃除しておきなさい。それから柊弥、部下の不始末は貴方にも責任があるのよ。しっかり指導しておきなさい」

「……承知致しました」


 柊弥は茜に頭を下げる。

 東雲姉弟と婚約者達が食堂を後にする。

 そしてその場には柊弥と葵、そしてびしょ濡れの蓮が残されたのだった。


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