8話 ロールプレイ
白檀の宣言の後、食堂は騒然としていた。
「気でも触れたのか、あの人は!」
松之がテーブルを拳で叩くと、吐き捨てるように言った。
「あなた、それはお父様に対してあまりにも失礼だわ」
橙子が松之を宥める。
あの後、白檀は件の宣言をして、役割は終えたと言わんばかりに堂本を連れ立ってさっさと自室に引き上げてしまった。
残された人間は喧々囂々である。主に東雲一族ではあるが。
「まあ、親父のミステリー好きは今に始まったことじゃないし、兄貴もそんなに深刻になるなよ。親父も認めてたじゃないか、東雲グループの実権は兄貴にあるって」
「お前には背負うものがないから悠長に構えていられるんだ!私は東雲グループを担う立場にある!既に、今!それが急に別の人間が当主になればどうなる!?東雲グループ全体が揺らぐ!私個人の問題ではない、グループ全体の……いや、東雲に属する幾万という従業員にも影響が……」
松之の深刻さとは対照的に侘助は事も無げに告げる。
「俺だって会社を担う身だよ。東雲とは直接関係はない会社だし、規模も小さいけど。というか、間に受けなくてもいいんじゃないのか?老人の世迷言だろ?」
「お前も知ってるだろう。東雲白檀はやると言ったらやる人間だと。当主の言はお前の思っている以上に重い。あの人のことだ、弁護士を雇って遺言でも残しているかもしれん」
すると、父親たちの言い合いを黙って眺めていた麻人が口を開いた。
「なあ、さっき爺ちゃんの言ってた、この洋館で殺人事件が起きたって話……あれ、どう解釈すりゃいい?」
白檀の言葉。
この洋館で起きた殺人事件。未解決事件。
その謎を解いた者がこの東雲家の次期当主。
白檀の後継者選び。
「この館で殺人事件が……ということはここは殺人現場ってことですよね?この館のどの部屋でどう殺されたんだろう?白檀さんはよく殺人が起きた場所で生活できるなぁ……僕には無理だなぁ」
ゲーム開始からほぼまともに喋ってこなかった里中藤太が漸くここに来て発言した。
但し、それはつい漏れ出た言葉といった風で、藤太自身も口にしてから失言だったことに気付いたのか、慌てて口を押えた。
そんな藤太に侘助が努めて明るい調子で語りかける。
「親父も人が悪いよな、客人が来てるからってはしゃいじゃって。東雲白檀って人はな、無類のミステリー好きなんだ。だから森の洋館の殺人事件なんて話は大好物さ。久しぶりに会う孫子と客人を、作り話でちょいと脅かしたかったんだろ」
「麻人、茜。この話は父さんたち大人の問題だ。お前たちが考えることは何もない。侘助、橙子、場所を変えよう」
「大人の問題って……俺らも成人済みだけど」
「社会に出たこともないような若輩を大人とは言わん」
麻人の言葉を一蹴して松之が席を立つ。そして侘助と橙子にも退室を促す。
橙子は素直に、侘助はやれやれと言った様子でそれに従う。
食堂の後にする前に侘助がふと立ち止まって、振り返る。
「そうだ、柊弥君」
「ぇ、あ……はい、何でしょうか」
急に名前を呼ばれた柊弥は慌てて取り繕う。
いけない、自然に対応しなくては。初対面でも初対面ではない筈なのだから。
「あとで部屋にコーヒー持ってきてくれる?ブラックで。直ぐじゃなくていい、そうだな二時間後くらいで。そのころにはくだらない話し合いも終わってるだろ」
「はい、畏まりま「はい!わかりました、お持ちしますねっ!」
柊弥の言葉を遮って葵が満面の笑みで侘助に応えた。
侘助は一瞬、面食らったように目を見開いて固まったが、直ぐに破顔してバリトンの声で葵に告げる。
「じゃあ頼んだよ…………可愛いメイドちゃん」
その言葉に黄色い声を上げる葵を背に、侘助は今度こそ食堂を出て行った。
「あーん、侘助さんに可愛いって言われたぁ」
葵は侘助の後姿を食堂の扉からじっと見送っている。
柊弥は釈然としない面持ちで呟く。
「……名前、覚えられてねえの誤魔化されてっけど」
「ぶはっ!」
柊弥が横を見ると、すぐ隣で蓮が口を押えて笑いを堪えていた。
正確には堪え切れていない。漏れている。
……こいつも結構いい性格してんな。
柊弥の呆れを含んだ目線に気付いたのか、蓮はわざとらしく咳払いをして真面目な顔を取り繕う。
「浅見さん、あれっ……んふっ……あの子はいいですから……ぶくくっ……あっちどうにかした方が良くないですか……っふふ」
「笑い過ぎだろ……」
「いや、あっちとこっちの温度差が……ちょっと、面白くて」
蓮に言われて、柊弥はそちらに目を向ける。
目線の先には、テーブルに座ったまま沈黙するPC四人。
NPCがいた時はあんなにも饒舌だった麻人も茜も黙ったまま喋ろうとしない。
そう、今この食堂にいるのはPCのみ。そして、PCである前にPLなのだ。NPCがいなくなったこの場でどこまで役割演技をするのか、お互いにどう接していけばいいのか。探り合いの結果膠着状態に陥っている。
「どうします?」
蓮が笑みを収めて、今度こそ真面目に柊弥に尋ねた。
柊弥は既視感を覚える。
膠着した会議室。
意見が行き詰って沈黙が永遠に続くような錯覚に陥るミーティング。
よく知っている。
こういう時は時間だけが過ぎていく。
ならば。
「浅見さん?」
柊弥は重苦しい沈黙の続くテーブルに歩み寄る。
「失礼致します、皆さま食後のお飲み物はいかがですか?」
柊弥に一同の視線が集まる。柊弥は構わず続ける。
「コーヒーか紅茶がご用意できますが、いかが致しますか?」
すると、麻人が長く長く息を吐いて、明るく答えた。
「俺、コーヒー貰うわ、ブラックで」
「……そうね、私も頂こうかしらコーヒー。ああ、ミルクと砂糖も付けてくれる?」
麻人に続いて茜もにこやかに答える。
「じゃあ、あたしは紅茶にするわ」
「あ……僕は、水のおかわりを」
婚約者二人もそれに倣う。
場の張りつめた空気が解れていく。
「しっかし、いきなりぶっ飛んだこと言ってたな爺ちゃん」
「私たちのお爺様は中々変わったお人のようね」
「でも、ボケてる感じじゃなかったわよあの様子は。すごい迫力だったもの」
「ら、蘭子さん、ボケてるとか失礼だよ。ていうか僕さっき絶対失礼なこと言ったよね……ああどうしよう」
四人が会話を再開したのを見て柊弥は人知れず安堵の溜息を吐いた。
そんな柊弥に蓮が感心したように声をかける。
「はー、スマートな打開ですね。浅見さん」
「蓮……軽口は良いから、聞いてただろ?コーヒーと紅茶、用意できてるの?」
「モチのロンです。葵ちゃん、水よろしく」
蓮はいつの間にか大きめの丸盆にコーヒーと紅茶を用意していた。
ふざけている様で仕事は真面目に熟す蓮に、呆れればいいのか感心すればいいのか複雑な心境である。
「これはやっぱ、連続殺人事件ってのを解決しろって話なのかね。お、サンキュー……」
麻人が蓮からブラックコーヒーを受け取りそのまま口に運ぶ。
それに対し、茜がミルクと砂糖を入れたコーヒーをティースプーンで掻き混ぜながら呟く。
「謎を解けって……まさか殺人事件の謎を解かされるとは思ってなかったけど」
「でも、過去に起きた事件なんて探りようがなくない?それともやっぱり貴方達のお爺様の作り話なのかしら」
「作り話だとしたら、謎解きは挑戦状ってことかなぁ?後継者に自作の事件とトリックを解かせる知恵比べ的な……っひやあああ!?」
突然、藤太が奇声を発した。
それに気づいた蓮が慌てて指摘する。
「葵ちゃん!水!水!零してる!」
「……え?」
「だから水垂れてる!余所見ダメ!」
「ちょちょちょ冷たい冷たい」
「あー……ごめんなさい」
見ると、葵が水の入ったピッチャーを藤太のグラスに傾けている。
グラスは水で溢れ返っているが、傾け続けている。
なおも注がれ続ける水。
「おい!」
「きゃっ」
柊弥が強引に葵からピッチャーを奪い取る。
葵は心ここにあらずと言った様子で、しきりに食堂の入り口の方を気にしている。
おそらく先程の侘助のことが気になって仕方がないのだろう。
「申し訳ございません、里中様!……蓮、直ぐに拭く物用意して!葵ちゃん里中様にちゃんとお詫び申し上げて!」
「ごめんなさい……」
「ああ、うん。大丈夫、大丈夫」
大丈夫、と言ってはいるが藤太のテーブル周りは水浸しで、彼のズボンに至ってはびしょ濡れである。
和やかになりつつあった空気が一気に冷え込むのを感じて、柊弥は心の中で盛大に舌打ちをした。
「悪気はなかったの。あたしちょっとドジなとこあって」
エプロンドレスの裾を弄りながら猫なで声で言い訳をする姿は可愛らしいを通り越してあざとい。
嫌な沈黙が流れる。
「……なーんか、白けちゃうわね」
紅茶を飲み終えた蘭子が呟く。
「ねえ、何でこの子ここにいるの?メイド役、全然演じられてないし。ていうか演じる気ないでしょ」
「はぁ?何なの急に」
蘭子の言葉に葵が聞き捨てならないと言わんばかりに食って掛かる。
「それ、メイドがゲストに言う言葉じゃないわよ。ていうか、ホントはあんたじゃなくて、そこの蓮がメイドだったわけよね?」
「へっ?」
濡れたテーブルを布巾で拭いていた蓮は、いきなり引き合いに出されて間の抜けた声を出した。
気配を消して黙々と後始末をしていた筈が完全にとばっちりである。
「最低限のロールも出来ないんなら研修からやり直せば?」
「なんでそこまで言われなきゃいけないのぉ?こわい……」
「そのぶりっ子演技やめなさいよ」
「演技しろって言ったりやめろって言ったりワケワカンナイ……浅見さぁん、あたし謝ったよね?」
頼むから腕を絡めるな、その上目遣いを止めろ。何故なら蘭子の視線がこちらまで避難しているのがわかるから。
柊弥としてはもうお手上げである。
最早PCとしての役割演技の体を成していない。完全にPL間のいざこざである。
TRPGでPL同士が揉めた場合どうすればいい?経験者ならどう対処する――蓮!
研修での経験を棚に上げて、柊弥は蓮を見る。しかし。
「あぁ……」
柊弥は思わず、気の抜けた声を漏らした。
蓮は完全に表情を失っていた。それはまさに完璧な無表情である。
駄目だ、こいつ完全に投げたな。
死んだ目で佇む蓮を見て柊弥は、御厨蓮がどういった人間か少し垣間見えた気がした。彼女自身も案外分かり易い性格なのかもしれない。
ああ、もう手持ち無沙汰になって、ぐちゃくちゃになった布巾畳み始めちゃったよ。関係ねーって顔しやがって、こっちが素だな。
そしてこちらも状況打開とは何ら関係のないことを考えている時点で十分投げている。
その時、沈黙を切り裂くように甲高い電子音が響いた。
「何?何の音よ、これ?」
「うわ、うっせ…なんだこの音…」
「やだぁー!うるさーい!目覚ましみたいな音、きらーい!誰か止めてよぉっ」
「どこから鳴ってるのかしら?この食堂に音源が…?」
「あ、あれ…?待って僕の腕輪からも聞こえるよ?」
藤太のその言葉に、皆、自分の左腕を耳に当てる。
その目覚まし時計の電子アラームのような音は、この食堂から響いているものと、注意深く聞けば自分の左腕…腕輪から鳴っていることがわかる。
『ピピッ……ピッ…………さて、皆さんは食後のティータイムを和やかに過ごしていました』
室内と腕輪から響くその声は、紛れもなく数時間前に聞いたあのGMの声だった。
『しかし、見習いメイドの最上葵が、こともあろうに大事なゲストである里中藤太の衣服に水を大量に零すといった重大な失態を犯してしまいました』
その場の全員が呆然とその声を聞いている。
GMは更に続ける。
『その日は東雲家にとって大事な大事な日、当主の後継者についての話があった直後のことでした。そんな重要な場に招かれた客人に対して粗相をした挙句、使用人とは思えない態度。そのような場面に居合わせたあなた方は、次にどのような行動をとりますか?』
GMが行動を促す。
しかし、突然のGMの登場に戸惑っているのか皆周りを窺うばかりだ。
すると、GMの溜息が音声に乗って聞こえた。そして告げる。
『役立たずのゴミ共、殺すぞ』




