7話 主の宣言
食堂の扉が音を立てて開いた。
いつの間にか場を離れていた堂本が扉を開けて立っている。
「皆様、御当主様がお見えです」
堂本の言葉と共に、車椅子に座った老人が食堂に現れた。
東雲白檀。
その風貌は正しく旧華族、そして当主の威厳と品位を兼ね備えていた。白髪と蓄えた白髭、鋭い眼光。細身ながらも独特の威圧感がある。車椅子に乗っていようともそれは損なわれはしない。
堂本に車椅子を押され、テーブルの上座へ着いた白檀はゆっくりと場の人間たちを見渡した。
「侘助はどうした」
「お仕事がお忙しいようで、まだお部屋にいらっしゃるかと」
「ふん、待つ時間が惜しい」
白檀は大きく咳払いをすると、老人とは思えないほど張りのある重低音の声を部屋中に響かせた。
「諸君、今日集まってもらったのは他でもない。東雲家の後継者について皆に話がある」
名家の跡目争い。
おそらくこれがこのシナリオの基本軸。
白檀は更に続ける。
「知っての通り、儂はもう先が長くない。儂の目の黒いうちに後継者を決めておこうと思う」
すると、白檀のその言葉を聞いた橙子が発言した。
「お義父様、それは松之さんの後のことを仰ってるの?それでしたら松之さんの後、長男の麻人が後を次ぐのが自然ではなくて?」
嫁の立場でよく物怖じせずに発言するものだ。自分の母親だったらまず考えられない。
柊弥は妙に感心してしまった。
「話を飛躍するな。いつ儂がそんな先の話をした。儂は今、儂の次の後継者の話をしているのだ」
その発言で、今度は松之が声を上げた。
「お言葉ですが、父さん。現在、東雲グループの実権は私にあります。それをわかっておられて侘助に当主を譲る用意があると?」
「話を聞かぬ奴等め。儂は会社の経営や金儲けの手腕と東雲家の当主の器であるかは別と考えている。そして、家を次ぐ権利は今この場にいる東雲の血を引いている者に等しくある」
「それって、親父を差し置いて俺が当主になることも可能ってことか?」
麻人がすかさず会話に割り込む。
すると、今度は茜が麻人を嗜める。
「麻人、口を挟まず聞きなさい」
「無論。お前にもその権利はあるぞ、茜。この現代において家督は男子だけが継ぐというのは古い。常に流動する時代に、感覚を止まらせていては家は守れん」
その言葉を聞いて茜の顔が期待に高揚するのがわかった。
「幾らなんでも無茶苦茶だ。社会にも出たことのない、経験もない子供たちにいきなり当主など有り得ない!」
それまで冷静だった松之が声を荒げた。
「経験がなければ積めばよい。未熟であれば育てればよい。それはお前の責務でもあろう。実務上はお前が経営を握っているのだ。今だとて変わりあるまい」
「暴論だ……」
松之が信じられないといった様子で掌で目を覆った。
「おいおい、兄貴らしくもない。もう白旗を揚げるのか?」
突然、食堂の入り口から明るい声が響く。
「侘助!お前は今頃になって現れて……今日の、この食事の場がどれだけ大切なものかわかっているだろう!」
「俺に当たるなよ兄貴。堂本さんメシ頼む。腹減った」
「畏まりました」
東雲侘助。
白檀の次男で松之の弟。麻人と茜の叔父である。
「カッコいい……超タイプなんですけど」
それまで、心底興味がなさそうにしていた葵が目の色を変えて食い入るように侘助を見ている。
確かに中年男性には見えないスタイルの良さに、若い男にはない歳を経たが故の色気が感じられる。どこか悪い男風の所作と見た目がさぞや女にもてるのだろうな、と柊弥は思う。
「浅見、侘助様にお食事を」
堂本が柊弥に指示を出す。
しかし、葵が柊弥の腕を強引に掴んで訴える。
「あたし!あたしやります!」
「……あー、まあいいけど。粗相のないようにね」
葵の勢いに押されて思わず任せてしまった。しかし、柊弥にふった堂本も、特に止める様子もないのでそのまま見守ることにする。
侘助は席に座り、にやりと人を食ったような笑みを浮かべて言い放つ。
「親父、条件はなんだ?」
「条件だと?」
侘助の言葉に松之が問う。
「親父は誰を当主にするとは明言してない。此処にいる東雲の血を引く人間全員に資格があると言った。なら、何をもって当主を決める?何を課す?」
侘助は白檀を見た。白檀は深く息を吐いて告げる。
「侘助、お前はそういう思考だけは儂に似ておる」
「そりゃどうも」
「で、では……父さん」
白檀は深く頷いて目を閉じ、じっくりと余韻を持たせた後、目を見開いた。
「この洋館は数年前に売りに出されていたものを儂が個人で買い取った。皆もそれは知っておろう?」
「ええそれは……ここは父さんの個人資産です。そこに今回我々は夏の休暇でお邪魔しているわけですが」
松之が補足の説明のように述べる。
「……ここに昔から住んでいたわけではないのですか?」
蓮が家人には聞こえないように声を抑えて堂本に尋ねる。
「ああ、東雲の本家は別にある。この館は近年、白檀様がご購入なされ、それから住まわれている。現在本家には、松之様ご夫妻とお子様達が住まわれている。侘助様は都心の高層マンションにお住まいだ。お前はまだここに来て一年と間もないから知らないのだな」
当然、俺も知らないけれどもだ。
柊弥はその会話を横で聞きながら心の中で呟いた。
「この館は古くから東雲の持ち物というわけじゃないのか。では実際、ここに住んでいるのは白檀様と我々住み込みの使用人ということですね」
蓮はそう言いながらも、目線は白檀に注がれている。
白檀はゆっくりと話を続ける。
「儂がこの洋館を買い取った理由を話そう。この洋館は元の持ち主から直接儂が買い取ったものだ。松之、儂にとってこの世で最も高尚で、最も価値のある趣味嗜好が何だかわかるか?」
「それは……読書、文学でしょうか」
松之が暫し考えた後に答えた。
しかし、すぐさま侘助の訂正が入る。
「無類のミステリー小説好きだろ?推理、探偵ものが大好物。……で、それが何だってんだよ?」
それまで終始厳しい表情で語っていた白檀が、初めてその表情を崩す。
白髭を蓄えた口元を弓なりに持ち上げて笑い、そして言い放つ。
「この館で数年前、連続殺人事件が起きた」
一瞬にして空気が張りつめる。
しん、と静まり返った食堂に柱時計の振り子の音だけが妙に大きく響く。
「犯人は捕まっておらず、未解決。儂はそれを聞いて館の購入を決めた」
皆、発言できないまま白檀の話を只々聞いている。
そんな一同を白檀は殊更ゆっくりと見渡した。
そして、白檀はこれまで以上に声に張りを持たせ、厳かに一同に告げるのだ。
「この館で起こった連続殺人事件の謎を解け。解いた者こそ東雲家の当主に相応しい」




