第6話 遭遇
同じころ、とある中学校の教室では帰りの会が開かれていた。
「はい皆さん、血と骨の旗は持ったかな~? じゃあ破きますよ~?」
教師の合図に合わせて、生徒たちは手に持っていた紙製の旗を一斉にビリビリと破き始めた。
「「「先生さようなら」」」
「はい、さようなら~」
しばらく経つと、昇降口は下校する生徒たちの話し声で騒がしくなった。
そんな中、1人の女子生徒──国越瞳は背後から教師に呼び止められた。
「国越さん。あなたのお父さんは昔、税金を使って人を殺す訓練をしていたんだから、他の子たちと一緒に帰るのは禁止したはずよ? 裏門から出て、山道を通って帰りなさい」
瞳は不安そうな顔で振り返り、教師に返事をする。
「…………はい、先生」
瞳は人気のない森の中を歩きながら、重いため息をついた。
「この調子だと、もし私が帯電力者だってバレたら何されるか分からないなぁ」
ふと立ち止まり、瞳は周りの木々を見回した。
山道は不気味なほどに静まり返っている。
瞳の表情も、森の暗さに染まるように曇っていく。
「…………早く帰ろう」
小さな声でつぶやき、瞳が足早に歩き出そうとしたその瞬間だった。
「プギィイイイイイイイ!」
突然、耳をつんざくような奇声が森中に響き渡った。
「何!?」
さらに、バキバキと太い木をなぎ倒すような音が、こちらへ向かってくる。
「プギィイイイイイイイ!」
「!?」
瞳の目の前に姿を現したのは、5年前に各地で人々を襲撃したヘビ型モンスターだった。
瞳は驚愕のあまり、目を限界まで見開いた。
「──はぁはぁ、はぁはぁ」
(ジグザグに逃げる! ジグザグに逃げる!)
それから数分間、瞳は息を切らしながら森の中を必死に走っていた。
全長20メートルを超える巨大なヘビ型モンスターは、木々の上から瞳を見下ろすように追いかけてくる。
しかし、巨大なモンスターにとって密集した木々は視界を遮る障害物だった。
およそ10メートルごとに急な方向転換を繰り返す瞳の動きに、モンスターは少し戸惑っているようだ。
(あれは、昔お父さんが言っていたグラトンモンスター! …………ということはあとからグラトン兵が私をさらいに来るのかも──)
「痛っ!」
途中、瞳は太い木の枝に腕を強打して怪我を負ったが、痛みをこらえて足を動かし続けた。
(あった、出口!)
「わっ!」
森を抜けた瞬間に足がもつれ、瞳は勢いよく転んだ。
すると、十数メートル前方にある休憩所のベンチから、「ん?」という若い男の声が聞こえてきた。
地面に突っ伏したまま瞳が視線を向けると、そこには全が座っていた。
「オッホ~ウ、ファ~ック」
森の木々のてっぺんから顔を出したモンスターを見上げて、全はつぶやく。
「手元にショットガンがないのが悔やまれるぜ!」
「!?」
ほとんどの人間が「ヤバい奴」と評するであろう全の虚ろな表情を見て、瞳はモンスターに出くわしたとき以上に驚いた。
全は瞳の存在にまったく気づいておらず、お湯の入っていないカップ麺の中身を割り箸でつつき回してバリバリと音を立てている。
そして、まるで缶ジュースでも飲むかのように、それを一気に口の中へ流し込んだ。
「あぁあああ~、お湯なしカップ麺うめぇ」
全の奇行を前に、瞳は驚きを通り越し、完全に呆れ果てた表情になっていた。
瞳が振り返ると、モンスターも目を丸くして完全にフリーズしている。
全は容器に残ったカスを手のひらに乗せると、野良犬にエサでもあげるような軽い調子でモンスターへと差し出した。
「ほ~ら、こっちおいで~」
「ギュッ!?」
モンスターは目を点にしてビクッと震えると、怯えた子犬のような鳴き声を漏らし、猛スピードで森の奥へと逃げ帰った。
瞳は口をポカンと開けたまま、ただその光景を眺めていた。
「ありゃ、逃げちゃった」
全は伸ばしていた手を下ろし、少し残念そうにつぶやいた。
その後、全がふと視線を下に向けたとき、ようやく瞳の存在に気がついた。
(げ、人間もいたのか)
全はゲームを中断した。
瞳は血の滲む腕を反対の手で押さえながら、周囲を警戒しつつ全のもとへと歩み寄る。
「な、何が起きたのかよく分かりませんけど、助けていただき、ありがとうございました」
瞳は全に向かって深くお辞儀をした。
「いえ。別に、俺は何もしてませんが…………」
全は気まずそうに目を逸らしながら答えた。
瞳はそんな全の態度を見て、思わずくすりと笑う。
「さっきのアレからいきなり敬語で話されると、すごく違和感があります」
そう言われ、全は困ったように頭をかいた。
「はは、俺はなんというか…………、自分だけ周りとは違う世界で生きてるような感覚があるので、基本的に本人の許可がない限り誰に対しても敬語を使うようにしています」
「じゃあ私には敬語はやめてください。私は国越 瞳。東京都立平和中学校2年生です」
「は、はぁ」
全は少しの間黙り込んでいたが、やがてハッとして自己紹介を始めた。
「あ、ああ、俺は、無創 全。職業は…………、システムエンジニアって言うんだっけ、会社員って言うんだっけ」
そう言いながら、全は手にしていた割り箸をうっかり地面に落としてしまった。
その不器用な動作を見て、瞳はまたしても笑みをこぼす。
割り箸を拾い上げた全は、瞳の腕にある擦り傷に気がついた。
「それ」
「…………これは逃げている途中でぶつけてしまって」
「何か手当てするものは?」
瞳は首を横に振る。
「今日はハンカチ持ってくるのを忘れちゃいました」
「ふむ。普通の人はハンカチを持ち歩くもんなのか。悪いが俺はそんな…………」
全はそう言いながら、自分のズボンや上着のポケットをごそごそと探り始めた。
「む?」
全は胸のポケットから、2枚のハンカチを引っ張り出した。
どちらにも、『電気能力警備隊』という文字が刺繍されている。
「…………そういや昔3枚セットでもらったんだっけ。今は2枚しかないけど…………。はい、1枚あげる」
「ありがとうございます」
瞳はパッと表情を明るくしてハンカチを受け取ると、そっと自分の傷口に当てた。
「隣、座ってもいいですか?」
「ああ」
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