第4話 絶望の三ツ星
「なっ! あいつ、俺の蹴りを食らったのに、何だあのスピードは!」
「第7級か…………。なかなかレベルが高い反日奥義の使い手だ」
ノイムは車道を疾走しながらちらりと後ろへ視線を向け、呆然と立ち尽くす昭一たちをあざ笑う。
「危なかった! 実はオレも肉体強化しかできないから、相手が2人だと分が悪いぜ!」
5体目のヘビ型モンスターを斬り伏せた早苗の耳に、無線越しに昭一の声が飛び込んできた。
『杉田隊長、すみません! 例の一ツ星ですが、たった今そちらへ向かって走っていきました』
「あら、そうなの?」
早苗が顔を上げると、数百メートル先の道路から、土煙を上げてこちらへ猛進してくるノイムの姿が目に入った。
一方のノイムも、走りながら行く手に立ち塞がる早苗の姿を視界に捉える。
「む、あの格好は…………、もう1人いたのか! しかも刀を持ってやがる…………。ならば…………!」
「第7級反日奥義 多重国籍の術!」
ノイムはガニ股で左右に激しく高速移動を繰り返し、残像によって5人に分身したかのように見せかけながら、早苗へ向かって一直線に突撃する。
「ヘハハハハハ! これで、どのオレを斬ればいいか分かるまい!」
ノイムの滑稽な奥義を前に、早苗は冷静に刀を正面へ構え、すっと目を閉じた。
「128乱れ斬り」
一瞬の静寂ののち、ノイムの周囲の空間に、目にも留まらぬ128もの斬撃が嵐のように飛び交った。
残像はすべて消え去り、実体であるノイムの全身に刻まれた無数の斬り傷から真っ赤な血が噴き出した。
「くっ…………、これほどの技を繰り出すとは…………! そうか、その白いマントは隊長の証だった…………か…………」
ノイムはかすれた声でそう言い残すと、白目を剥いて地面に崩れ落ちた。
(すごい…………)
少し離れた場所へ避難していたマリアは、ゆっくりと刀を鞘に収める早苗の凛々しい後ろ姿を、ただ目を丸くして見つめていた。
しばらくして、昭一と晴男が早苗のもとへ駆けつけた。
「ふぅ。グラトンモンスターのせいでだいぶ電力を消費していたから、敵が弱くて助かったわ」
「一瞬で倒すとは、さすがです!」
「そりゃなんたって杉田隊長は電能隊実力ナンバースリーだからな。俺たち3人なら、敵の星の数なんか関係ないはずだ」
昭一は安堵したように笑う。
「何言ってるの。最強の右左美総隊長でさえ二ツ星に勝てるとは限らないんだから、もし一ツ星以外と遭遇したら私たちの命は…………」
早苗がそこまで言いかけたそのとき、彼女たちのすぐ背後に、上空から何かが凄まじい勢いで落下してきた。
早苗は苦笑いしたまま振り返ったが、土煙の中から現れたウテスの赤い瞳に浮かび上がる3つの黄色い星を見た瞬間、その顔は絶望に凍りついた。
「え…………、三ツ…………星?」
早苗は唇を震わせながらつぶやく。
昭一もゴクリと唾を飲み込んでから口を開いた。
「…………いえ、杉田隊長。先入観はよくありません。一ツ星だろうが三ツ星だろうが、もとは普通の人間です」
「そうですよ。見たところこいつ、武器は持ってないようですし…………」
晴男も、引きつった笑みで自分に言い聞かせるように同意する。
「武器など不要だ。貴様らのような雑魚なら俺は簡単に洗脳できるのだからな…………」
ウテスは冷酷な眼差しで晴男を見ると、ゆっくりと右手を前へ伸ばした。
「第3級反日奥義 自虐史観の術!」
ウテスの右手から、同心円状に広がる不気味な赤い光が放たれた。
「第…………3級…………だと!?」
昭一は驚愕の声を上げる。
「――!? 青山くん何やってるの!?」
早苗と昭一が横を見ると、完全に目の光を失った晴男が、コンバットナイフを引き抜き、自分の胸元へと切っ先を向けていた。
「自国のアイデンティティの否定、その行きつく先は自滅だ」
ウテスが言い放つと同時に、晴男は少しもためらわずに、全力で自らの心臓にナイフを突き刺した。
「青山くん!」
「青山!」
その光景を目撃していたマリアは、恐怖で小刻みに唇を震わせ始めた。
「くっ、仇は討つぞ!」
昭一はギリッと歯を食いしばり、拳を固く握りしめた。
「西村くんだめよ! 考えなしに突っ込んでは!」
「いえ、俺は冷静です! 相手が遠距離攻撃型なら、接近戦に持ち込めばいいんです!」
昭一はアスファルトを強く蹴り、一気にウテスとの距離を詰めた。
「ふん。俺はどんな敵でも一撃で沈めてきた男として有名なのだがな」
そう言ってウテスも拳を握りしめた。
「第3級反日奥義 外国人参政拳!」
飛び込んできた昭一の胸板に、ウテスの放ったカウンターパンチがまともにめり込む。
ズザザザザザッ!
昭一は立ったまま靴底で地面を削るように滑りながら、十数メートル後方まで押し込まれた。
だが、最後の力を振り絞ってどうにか踏みとどまった。
「ぐっ、くっ…………、な、なんとか耐え抜いてやったぜ…………!」
ウテスは、自身の拳から飛び出している1本の鋭い針を見せつけながら言う。
「この毒は、国家を内部から破壊するように、人体を内部から破壊する」
「は?」
――ボコッ!
突如、昭一の背中にサッカーボールほどもある巨大な腫瘍が隆起した。
ボコッ、ボコッ、ボココッ!
それは瞬く間に全身へと増殖していき、昭一の肉体はまるで巨大なブドウの房のような姿へと変わり果てる。
そして膨張の限界を迎えた彼の身体は、凄まじい破裂音とともに、血肉となって四散した。
「…………西村くん、青山くん…………!」
部下の血しぶきを全身に浴びた早苗は、深い絶望の表情を浮かべた。
「あ…………、あ…………」
マリアも凄惨な光景に精神が壊れたように目を大きく見開き、ガタガタと全身を震わせ始める。
「ふむ。さすがに第3級を2度も使うと10ギガカロリー以上消耗してしまうな。次は第5級にしておこう」
「──ッ! 皆さん今すぐここから逃げてください!」
早苗は周囲の市民たちへ向けてあらん限りの声を張り上げた。
遠巻きに見ていた通行人たちは、ようやく蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
マリアもハッと我に返り、その場から全速力で駆け出す。
途中、『グラトンは友好国』と書かれたプラカードを掲げ、未だに声を上げているデモ隊員たちとすれ違った。
「平和な島国に電能隊は似合わな~い!」
「私たちを守るのは武器ではなく憲法だ~!」
さらにマリアは、エミーと同じくらいの小さな子供を連れた母親の横を、無我夢中で通り過ぎていく。
――ガキィンッ!
早苗の刀がへし折られ、鋭い刃先がアスファルトに突き刺さった。
ウテスに右手で胸ぐらを掴み上げられた早苗は、全身血まみれで虫の息になっていた。
「早く…………、敵が私に気を取られているうちに…………」
最後の力を振り絞って警告する早苗に、近くにいたデモ隊員たちはこう返した。
「敵ぃ!? 敵なんかこの世界にいないんだよ! 同じ人間、話し合えば分かりあえるんだから、それが最大の自衛だろ!」
「相手が軍隊を持っているから、こちらも軍隊を持つべきだという発想は時代遅れなのよ!」
そのとき、ウテスの右手がマグマのように赤く発光し始めた。
死を悟った早苗は、小刻みに震える首を動かして背後を見た。
そして、必死に逃げていくマリアの背中を見届けると、最後に穏やかな笑みを浮かべた。
燃え盛る街の中、マリアは道路で横転している車の陰で、ガタガタと震えながらうずくまっていた。
遠くからは、逃げ遅れた負傷者たちの断末魔の叫びが絶え間なく聞こえてくる。
周囲には、建物やアスファルト、そして人間の肉が焦げたような酷い臭いが立ち込めていた。
地獄絵図のような惨状にマリアは呼吸を乱し、恐怖で瞳を揺らしていた。
しばらくして、マリアはハッと先ほどすれ違った母子のことを思い出し、自分が逃げてきた道を恐る恐る振り返った。
「──ッ! …………そんな!」
視線を向けた先にあったのは、黒焦げになった母子の変わり果てた姿だった。
それを見たマリアは、再び頭を抱えてうずくまった。
「私があのとき声をかけていれば…………」
マリアが後悔の涙を流した、その次の瞬間──。
「日本猿は1匹たりとも逃がさん」
ウテスがマリアの目の前に姿を現した。
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