第3話 一ツ星の脅威
「プギィイイイイイイイッ!」
ヘビ型モンスターはマリアを睨みつけ、耳をつんざくような奇声を上げる。
その刹那、ヘビ型モンスターの巨大な胴体が、横からスパッと両断された。
(!?)
「グラトンモンスターの上陸なんて、独立戦争以来かしらね」
マリアが声のした方へ振り向くと、抜き身の刀を手にした1人の女が、静かな足取りでこちらへ歩いてくるのが見えた。
周囲の通行人たちが、驚いた顔で早苗を指さしてざわめき始める。
「あ! あの和風ファンタジーモノのコスプレかと思いきや…………!」
もう1人の通行人が続ける。
「ビミョーに右翼団体くせぇ格好は…………!」
(電能隊の隊員さん!)
早苗は腰を抜かしたままのマリアに歩み寄ると、優しく手を差し伸べた。
「大丈夫?」
「は、はい」
マリアを立たせると、早苗は超常的な視力で周囲を見回し、人々の瞳を次々と確認した。
「おかしいわね。このあたりで一ツ星の目撃情報があったはずなんだけど」
早苗は近未来的なデザインの腕輪型無線機に向かって口を開く。
「2人とも、見つかった?」
晴男は高層ビルの屋上から街の様子を俯瞰しながら、無線に応答した。
「同じく。発電所の方を探してみます」
ビルからビルへと身軽に跳躍しながら、昭一も返事をした。
同じころ、少し離れた閑静な住宅街では、1人の一ツ星グラトン兵が、全身白タイツの部下を2人引き連れて悠然と歩いていた。
「もしもし、警察ですか!?」
彼らとすれ違った通行人の1人が、慌てて逃げ出しながらスマートフォンで警察へ通報している。
ノイムはその背中を冷たい目で見送りながら、ボソリとつぶやいた。
「ヒッヒッヒッ…………、今日で日本そのものがなくなるのに警察に通報とは笑わせる」
「地図が塗り替わったら、世界はさぞかし驚くでしょうねぇ?」
ノイムの左側を歩く部下が媚びるように言った。
「驚かねぇさ。アジアの連中でさえ、もう日本の名前を出さなくなった」
嘲笑しながらノイムが道路沿いのブロック塀を蹴り砕いたとき、不意に背後から声がかかった。
「こら、待ちな」
「ん?」
ノイムが振り返ると、そこには血の気の多そうな若い男が1人立っていた。
身長は180センチメートルほどで、髪は茶色。
着ているジャージの上からでも、分厚い筋肉がついていることがひと目で分かる。
「てめぇ、庭から見てたぞ。どうやったかは知らねぇが、うちの塀に穴あけやがって。何のつもりだ。おぉん?」
男は荒々しい口調でノイムに凄んだ。
「ぷっ…………、何のつもりだって、そりゃおめぇ、日本の物を手当たり次第壊すつもりだよ。何なら今からお前の腹にも穴、あけてやろうか?」
「…………どうやら話が通じる相手じゃねぇみたいだな。てめぇにゃそんなことできねぇよ」
男はファイティングポーズを取り、軽やかなボクシングのサイドステップを踏み始めた。
その姿を見て、ノイムは心底呆れたように深いため息をつく。
「やれやれ、これだから平和ボケした一般人は。この目の『星』が持つ意味すら知らない」
身長2メートルを超えるノイムは、やや前かがみになると、挑発的な笑みを浮かべながら自身の眼球を指さした。
「お前こそ俺のことを知らねぇ。俺は元プロボクサーだ」
ノイムは歯をむき出しにして下品に笑うと、片手の手のひらを男の方へと向けた。
「そうか。なら訴えたりしねぇから、お前の猫パンチを打ってみろよ。ペシペシペシーってな、ッヒッヒッヒッ」
あからさまな挑発に、男はこめかみに血管を浮かび上がらせて怒りをあらわにした。
「チッ…………! 後悔するぞ!」
男は力強く一歩を踏み込み、気合いとともに渾身のストレートを放った。
「…………どうだ、痛ぇだろ。これに懲りたら二度と人を脅すような真似は…………。――!?」
男が見ると、ノイムの手のひらが、あっさりとパンチを受け止めていた。
「オレは殺傷力800の一ツ星グラトン兵だ。ゆえに素手でコンクリート塀を破壊でき、まして一般人の手など、粉砕するのは造作もない」
ノイムは言葉通り、男の拳を握り潰した。
「があああああああぁぁぁっ!」
男は激痛に悲鳴を上げ、ぐしゃぐしゃになった手を押さえながらアスファルトの上をのたうち回る。
「クックックッ。おい、あとは適当に始末しておけ」
「「モル!」」
敬礼とともに奇妙な返事をした2人の部下が男に歩み寄るのを確認し、ノイムは興味を失ったように背を向けて歩き出した。
「さてと、三重県の電力インフラ破壊がオレの担当だったな。確かこの近くに火力発電所があったはずだが…………」
――ガッ、ガッ!
そのとき、ノイムの背後で鈍い打撃音が2回、連続して響き渡った。
「!?」
ノイムが振り返ると、10メートルほど離れた場所で、昭一が拳を突き出した姿勢で立っていた。
「星なしとはいえ、ここまで吹っ飛ばされるとは…………。電能隊のお出ましってわけか」
「情報通りのハゲ頭…………。杉田隊長、例の一ツ星を発見しました」
昭一は腕輪型無線機に向かって報告する。
『分かったわ。今すぐ応援に向かいたいところだけど、付近で暴れているグラトンモンスターが多くてね』
「ならそっちを優先してください。足止めくらいならなんとかなりそうな相手ですので」
その言葉を聞いて、ノイムは額に青筋を立てて昭一を睨みつけた。
「なんとかなりそうな相手? 我々グラトン兵が持つミック細胞は、使用者の練度次第で生物兵器にも機械兵器にも化学兵器にもなる。それに比べてお前ら電能隊員が持つ電子細胞は、放電攻撃と肉体強化しかできない。優劣は歴然だぜ」
「なら試してみるか?」
昭一が力を込めると、右腕の筋肉がムキッと膨れ上がった。
「!?」
ノイムが反応したときにはすでに遅かった。
昭一は一瞬のうちにノイムの懐へと入っていた。
「32倍パンチ!」
「ごほぁっ! …………ぐぎっ」
昭一の放った重い拳が、ノイムの分厚い腹の肉を突き破る勢いで深くめり込む。
ノイムは口から胃液を吐き出したが、直後にギリッと歯を食いしばって耐え抜いた。
「いってぇな…………、日本猿…………、コラァ!」
ノイムの強烈な前蹴りを腹に食らった昭一は、100メートル以上も後方へ吹き飛ばされ、民家のブロック塀を粉砕してようやく止まった。
「っつつつ」
かすれたうめき声を漏らしながら、昭一は瓦礫の中でうつむいていた顔を上げ、前方を見据える。
すると、そこにはいつの間にか追いついたノイムが、昭一をサッカーボールのように蹴り飛ばそうと、巨大な足を振り上げて立っていた。
「!?」
――ガッ!
ノイムの蹴りを顔面に食らった昭一は、まるで離陸する飛行機のような角度で住宅街からビル群の方へと飛んでいき、ガラス張りの高層ビルを突き抜けた。
昭一はそのまま数十メートル下のアスファルトの車道へと落下する。
「がはっ…………。やっぱ星持ちは強いな…………」
道路の真ん中で大の字に倒れていた昭一は、しばらくしてうっすらと目を開けた。
「──!?」
視界の端に映ったノイムは、すぐ横で片足を頭上高く持ち上げ、今まさに昭一の脳天へかかと落としを振り下ろそうとしていた。
万事休すかと思われたそのとき、ノイムの背後に、唐突に人影が姿を現す。
「64倍中段蹴り!」
「ぐはっ!」
背後から晴男の強烈な不意の一撃を食らったノイムは、アスファルトの上を水切りの石のように何度も跳ねながら、数十メートル先まで吹き飛んでいった。
「…………青山か! よくここが分かったな」
「あんだけ派手にビルを壊せばな」
遠くの方からは、風穴の空いたビルを見上げて悲鳴を上げる市民たちの声が聞こえてくる。
「へへっ、違いねぇ…………」
昭一と晴男が会話を交わす間、ノイムはふらふらと立ち上がり、憎々しげに口元から流れる血を手の甲で拭い去った。
「ぐっ、くっ…………。今のダメージはちょっとマズいぜ…………」
「よし、このまま2対1の状況を利用して仕留めるぞ!」
「ああ…………!」
そう言って昭一は立ち上がり、晴男と並んで再び拳を構えた。
形勢逆転を悟ったノイムは、焦りの表情を浮かべてジリッと後ずさりする。
「仕方ない、こうなったら…………」
ノイムが両腕を左右に大きく伸ばすと、丸太のように太かった彼の上半身が、瞬時にミイラのごとく痩せ細った。
その直後、まるで上半身の筋肉がすべて下半身へ移動したかのように、両足の筋肉が異様なサイズに膨張する。
「第7級反日奥義 安保逃走!」
「「!?」」
ノイムは方向転換すると、時速200キロメートルを超える猛スピードで、マリアや早苗たちがいる方角へと一目散に逃走していった。
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