第14話 谷底の死闘
キキキキキキキキキキン!
まさに電光石火の攻防だった。
知聡とイエンは地面を蹴り、雷のようなジグザグの軌道を描きながら、目にも留まらぬ速度で互いの武器を激突させ、火花を散らした。
「はぁ!」
イエンは両腕の刃を力強く振り下ろし、知聡の両肩を断ち切ろうとする。
だが知聡は片手で持った刀だけで、その一撃をあっさりと受け止めてみせた。
イエンはギリッと歯を食いしばり、後ろへ10メートルほど飛び退いて距離を取る。
「ほぅ。16倍斬り程度じゃ、ほとんどダメージにならないか」
「あなたこそ思った以上にやるわね。それだけのスピードがあれば、私を追跡できたのもうなずける。…………だけど!」
「む?」
知聡は自分の刀に、透明な糸のようなものがぐるぐると巻きついていることに気がついた。
「ふっ!」
イエンは手にした糸の端を、腰を落として力いっぱい引っ張った。
「おっと」
知聡はイエンに刀を奪い取られてしまう。
「その刃に巻きついても切れないとは…………。ピアノ線、いや、それ以上の強度があるな」
「これはネス様の髪の毛よ」
「ネス?」
「おおおおおおお!」
突然、気合を入れるようにイエンが咆哮すると、彼女の全身のいたるところから、刃渡り10センチメートルほどのナイフが生えてきた。
「第8級反日奥義 平和ナイフ!」
「…………っははは、何だ、その馬鹿みたいな技は」
知聡は冷ややかに笑った。
イエンは息を荒くしながら知聡を睨む。
「へらへら笑って、状況を理解できてないようね。いい? 刀を失ったあなたは素手で攻撃するしかない。だけど、全身凶器と化した今の私に触れようものなら…………」
イエンが言い終わる前に、知聡の拳がその顔面に突き刺さった。
「128倍パンチ!」
凄まじい衝撃で殴り飛ばされたイエンは、数十メートル先の岩壁に背中から激突し、深くめり込んだ。
「顔面が無防備じゃねぇか」
しばらくすると、岩が崩れる音とともにイエンの体が前のめりに倒れた。
イエンが再び立ち上がる気配はない。
「…………ん? あ、やっべぇ、本当にぶっ殺しちまった! いろいろ尋問しなきゃならなかったのに…………。クソッ!」
知聡が地団駄を踏むと、彼女の真後ろでポタリと水滴が落ちるような音が響いた。
それに気づいた知聡は、背筋を凍らせて勢いよく後ろを向く。
「──! 誰だ!?」
そこには焦点の定まらない目をして、だらしなくヨダレを垂らしている全が立っていた。
「おわぁぁぁ! って、さっきの! いつからそこにいたんだ!?」
「いやぁ、上で立ちションしながらずっと見てましたけど、なんか戦いに勝ったみたいでよかったですね」
(何だこのテキトーなオッサン…………)
「…………はっ、あたしはそこらのか弱い女とは違ぇよ。んなことより、あんた、よくあたしを追ってこれたな」
「はは、それはまぁ…………、たまたまですよ…………」
全は知聡から視線を逸らしながら適当に答えた。
知聡は頬に嫌な汗をかきながら、広大な谷底をぐるりと見渡す。
「ついでに聞くが、あんた、奴らに狙われたってことは帯電力者なんだろ? 仕事は今何してるんだ?」
「え?」
「いやな、もし無職なら…………」
「こ、こここ、個人投資家とかいうやつです」
(宝くじ買っただけだけど)
全は白目をむきながら嘘をついた。
「…………そうか…………」
(この目は相当な含み損を抱えてやがるな…………)
そのとき、知聡の腕輪型無線機からザーッとノイズが響いた。
『右左美教官、そちらに増援部隊は必要ですか?』
「いや、死体の回収班だけでいい」
『了解しました』
知聡の通信が終わると、全は口を開く。
「ん~、じゃ俺はそろそろこれで。どうもありがとうございました」
全は知聡に軽く頭を下げ、その場から立ち去ろうとする。
「なっ、あっ、おい。…………あんた名前は?」
知聡は片手を伸ばし、全を呼び止めた。
「…………無創全です」
全は振り向きながら答えた。
「あたしは右左美知聡だ。…………なんつーか、あんたとはまた会う気がするな」
知聡は面白そうに笑いながら言った。
(変わった人だったなぁ。お巡りさんか何かかな?)
知聡と別れてから数十分後。
鬱蒼とした森を抜けて視界が開けると、目の前には全の自宅があった。
(お、うまく帰ってこれた)
全は口元のヨダレを手の甲で拭った。
「あ~、くそ」
(もう一度自殺するのも、それはそれでめんどくせぇ…………。けど金はないし、またああいう仕事をするのもなぁ。…………ん?)
全はチラシでパンパンになった自宅の郵便ポストに目をやった。
そこには1枚だけ、はみ出るように紙切れが差し込まれていた。
全はそれを引き抜いて眺めた。
「…………なんじゃこりゃ」
一方そのころ、マリアは、全が昨日座り込んでいた岬の突端に立ち、物思いに沈んだ様子で海を眺めていた。
「伊邪那さん、岬には誰もいなかったわよ~」
「あ、は~い」
同じ『自殺防止パトロール』の腕章をつけた中年女性に遠くから声をかけられ、マリアは駆け足で岬を離れた。
その後、2人は海沿いの歩道を並んで歩きながら話す。
「最後まで手を抜かずに偉いわね~」
「いいえ、それよりごめんなさい、突然ボランティア辞めることになって…………」
「いいの、いいの、これから大変になるんだから。電能隊でのお仕事、がんばってね!」
「はい、ありがとうございます!」
マリアは元気な笑顔で返事をしてから、未練を残したように岬のほうを振り返った。
「…………」
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