↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/14

第12話 憧れの人

【3月15日(火曜日)】


「!?」


 カーテンがない部屋に朝の眩しい光が差し込むと、全は勢いよく跳ね起き、枕元に置いてあったタブレットをひっつかんだ。

 画面に映し出された口座残高は、『880,405円』から『80,005円』へと減っていた。


「夢じゃなかったか…………」


 全は全身の力が抜けたようにタブレットを床に落とし、人差し指だけで『エンジニア 求人』と検索窓に打ち込んだ。

 そのまま『検索』ボタンを押そうとしたが、指先の動きがピタリと止まる。


「ん~…………」


 全はうなり声を上げて、入力した文字をすべて消去し、『自殺 方法』と新たに打ち込んだ。

 それからしばらくタブレットを操作したあと、窓から外を見て人通りがないことを確認し、身支度もせずにふらりと外へ出た。

 このとき、玄関の鍵をかけるのを忘れていた。


挿絵(By みてみん)


 海岸沿いの道を歩いていると、背後からパタパタと軽い足音が近づいてくるのが聞こえ、全は気まずそうに振り返った。


「ママ、海~」

「そうね」


 そこにいたのはマリアではなく、見ず知らずの親子だった。


(…………平日のこの時間にまた会うわけないか)


挿絵(By みてみん)


 商店街にある薬局で代金を支払った全は、心ここにあらずといった様子で自動ドアを出た。


「お客様、お釣りと商品をお忘れですよ! はいどうぞ、ありがとうございました~!」


 慌てて追いかけてきた店員から小銭とレシート、レジ袋を受け取った全は、『小計:4,000円 戦後賠償税:4,000円 合計:8,000円』と印字されたレシートを財布に押し込んだ。

 そのままぼんやりと横断歩道を渡り始めたが、途中で信号が点滅し、進むべきか戻るべきか迷っているうちに、車にクラクションを鳴らされてしまった。


(この辺は昔と変わらないな)


 全は周囲の景色を見渡し、商店街を離れた。


挿絵(By みてみん)


 海へと続く坂道を下っていると、前方から自転車が向かってくることに全は気づいた。


(おっと)


 全は左手に提げていたレジ袋を右手に持ち替え、道を譲るために端へ寄る。

 そのとき、近くの立て看板がふと目に留まった。


『この先危険! 海へ飛び降りる前にご相談ください』


「…………ほほう」


 全はガードレールを乗り越え、岬の奥へと進んでいく。

 少し歩くと、そこは海に面した断崖絶壁だった。

 高さはおよそ30メートル。

 まさに飛び降りるにはうってつけの場所である。


「何だ、こんなに低いのか…………」


 しゃがみ込んで海面を見下ろし、全はいつものように気の抜けた顔でつぶやいた。

 そのままレジ袋を地面に置き、ふと行方不明になった瞳に思いを馳せる。


(まさか誘拐されるとはな。ニュースくらい見るようにしてれば、あのとき家まで送れたか…………)


 岩場に腰を下ろして、アザラシを眺めながら、全はぼーっとしていた。

 その背後から、ひっそりと近づく人影があることには気づかずに。


「どうかされましたか?」

「ぬ」


 全が振り返ると、そこには屈んでこちらを覗き込むマリアの顔が、息がかかりそうなほど近くにあった。


「あ…………」


 2人は慌てて目を逸らし、気まずい沈黙が流れた。


(…………何でまたこの子が…………)


 全は光るコンタクトレンズでカレンダーを確認する。

 そこには、『戦後賠償の日』とあった。


(そうか、今日は祝日ってやつか…………)


「「…………」」

「「あの」」

「あ…………、どうぞ」


 マリアに譲られ、まずは全が話すことになった。


「いや…………、どうしてこんな危ないところに入ってきたのかなと思って」

「それはこちらのセリフです」


 マリアは少し困ったように微笑み、腕章を指さした。


「私、地域のボランティアで、自殺防止パトロールをしているんです」

「…………なるほど」


 全はマリアの表情を盗み見る。


(見た感じ、あの日のトラウマは残ってないようだな)


 全はどこかホッとしたような、感慨深い顔つきになった。


「そうか…………、そうか…………」

「…………何か、変でしょうか」

「はは。いえ、ただ、まだ若いのに立派だなと…………、感心してただけですよ」


 マリアは優しく微笑み、ゆっくりと首を振った。


「お褒めいただくほどのことではありません」


 マリアは両手を後ろで組み、水平線を眺めながら言葉を続ける。


「これは、身の上話になってしまいますが…………、私、昔ある人に命を救われて…………、それだけではなく生きる希望まで与えていただいて…………、その日の感動を今でも忘れられなくて…………。それで、この活動を始めただけなんです」


 マリアの告白を聞いて、全は驚きに目を丸くした。


「本当はいけないことなんですけど…………、こうしていろんな場所を見回っていれば、いつかその憧れの人に再会できるんじゃないかと期待しながら…………」


 マリアが言葉を切ると、岬には波が岩に激しく打ちつける音だけが響いた。

 全は明るく笑って何かを言おうとしたが、すぐに真剣な表情になって口をつぐんだ。

 そして、少し間を置いてから、静かに言葉を返した。


「…………そんな事情があったんですね。なら、きっとその人も誇りに思ってるはずですよ」


 そう言って、全は両膝に手をついて立ち上がった。


「さて、じゃ、俺はそろそろ帰るとします」

「え? でも…………」


 全はズボンについた汚れを払い、レジ袋を拾い上げると、マリアに背を向けて歩き出した。


「大丈夫です。俺はただここから海を眺めてただけですので、気にせずパトロールを続けてください」

「本当に…………、大丈夫なんですか?」


 マリアはまだ心配そうに尋ねる。


「面倒なことが嫌だから自殺するのに、わざわざ面倒な自殺はしませんよ」


 そんな適当な言葉を残し、全は片手をひらひらと振りながらその場を後にした。


挿絵(By みてみん)

本作をお読みいただきありがとうございます。


「続きを読みたい」「もっと多くの人に読んでほしい」と思っていただけましたら、下にある☆☆☆☆☆から作品の評価をお願いします。

さらにブックマークをいただけると作者の励みになります。


応援よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。