第10話 再会
「にゃん、にゃん、にゃん、にゃん、にゃん♪」
エミーは歩道に敷かれた色付きのタイルだけをピョンピョンと踏みながら、マリアの前を楽しそうに歩いている。
「なんだかマリアちゃんとおんなじようなこと、何度もしてる気がするネ!」
「小学校から高校まで、ずっと同じ学校に通ってきたからね。エミーは昔から何も変わらない…………」
「にゃん、にゃん、にゃん、にゃん、にゃん♪ …………ほにゃ?」
エミーがくるりと振り向くと、マリアは眉を八の字にして浮かない顔をしていた。
「にゅう~? マリアちゃん、さっきから元気ないみたいだけど、どうしたの?」
「…………やっぱりまだエミーの進路が気になってね」
「にゅ? シンロ? それってこれのこと?」
エミーは自分の鞄をごそごそと探り、紙飛行機を取り出した。
平らに広げると、それは電能隊の隊員募集チラシだった。
「うん。電能隊ね。半分軍隊みたいなところだから、いろいろ厳しいはずだもん…………」
「にゅう~…………。でも大学ってよく分かんないし、依姫ちゃんがいないから、1人でお留守番は寂しいヨ!」
エミーが「依姫ちゃん」と口にした瞬間、マリアの瞳が微かに揺れた。
「そうだよね…………。まぁ、今の時代、最新の護身術を学べるメリットは大きいか…………」
「それにマリアちゃんは、デンノータイに入ったら…………、何だっけ。クラスの人たちが言ってた…………、そう! ハツコイのヒト! ハツコイのヒトに会えるかもしれないもんネ!」
マリアはピタリと立ち止まり、顔を真っ赤にして慌てふためく。
「な、何を言って…………!」
「だってマリアちゃん、前から何度も『その人に会いたい』って言ってたじゃん!」
「そ、それとこれとは関係ないの! わ、私は日本人として生まれたからには、日本を守らなくちゃいけないと思うから…………!」
マリアはすっかり取り乱し、両手を顔の前でぶんぶんと振り回す。
「にゃははははははは! 顔真っ赤ネ!」
「もう…………、人が心配してるのに…………」
マリアは小声でつぶやいた。
すると、エミーが思い出したように尋ねてくる。
「その人と会ったのって、今からどのくらい前になるんだっけ?」
「ちょうど今年で5年かな」
「でも私は、依姫が帰ってくるまで自分の幸せを求めないって決めてるから…………」
マリアは自らに言い聞かせるように、青い空を見上げた。
『三重~三重です。お忘れ物のないよう、ご注意ください』
全を乗せた電車が、目的地の駅に到着した。
「おら、さっさと降りろよ」
全は後ろから降りようとする男性客に肩を強くぶつけられ、押し出されるようにホームへ出た。
生気のない表情で足元に視線を落としたまま、とぼとぼと歩き出す。
その歩幅は狭く、全が歩いている間に、乗ってきた電車はホームを離れていった。
長い階段を上りきり、改札口に近づいた全は、前方を歩いていた女性のスカートのポケットから財布が落ちる瞬間を目撃した。
財布は布製で、音を立てずに落ちたためか、女性はそれに気づかずに足早に去っていく。
周囲を見回したところ、他に人の姿はないようだ。
『まもなく、1番線に普通、東京行きが参ります』
女性は構内アナウンスに急かされるように、近くの階段を駆け下りて行った。
やがて発車メロディが駅構内に響き渡り、女性を乗せたであろう電車は出発した。
駅が再び静まり返るまで、全は口を半開きにしたまま、ただその場で立ち尽くしていた。
(俺が見てたとこ、誰にも見られてないよな…………)
その後、全は左右をきょろきょろと確認してから再び歩き出そうとしたが──。
「すみません、そこの方」
背後から駅員に声をかけられ、全は振り返る。
「これ、落とした人を見かけませんでしたか?」
駅員から先ほどの布製財布を見せられ、全は動揺した。
「…………あ…………、えと…………。…………たぶん、もう電車に乗って行っちゃいました…………」
全は視線を泳がせながら、しどろもどろに返答した。
「そうですか。ご協力ありがとうございました」
駅員は軽く頭を下げて、改札の奥へと去っていった。
(…………)
全はさらに深く肩を落とす。
マリアとエミーは再び歩道を横に並んで歩きながら、楽しげに雑談を続けていた。
「そーいえば、今日からしばらく春休みなんだよネ?」
「うん。宿題はないから、ずっと抱っこしてあげるよ」
「にゃは!」
エミーはマリアの顔を見上げて大喜びし、両腕を鳥のようにパタパタさせて飛び跳ねる。
マリアはそんなエミーの頭を優しく撫でた。
「でも1日30分だけボランティアに行かせて? 電能隊に入ったら、もう続けられないと思うから」
「OH! じゃあ、その間、ワタシは家で腕立て伏せする!」
エミーは得意げに腕立て伏せのジェスチャーを交えながら言った。
「それはいいけど…………、風邪引くからそのままうつ伏せになって寝ないようにね?」
「ほにゃ? そんなことしないヨ」
マリアはエミーをジト目で見る。
「体育の先生が何度も呆れていたじゃない…………」
「にゃははははははは! そうだったんだ!」
「もう…………」
マリアが呆れたような声を漏らすと、数十メートル先にある民家のブロック塀の上から、1匹の真っ白な猫がひょっこりと顔を出した。
「あ、にゃんにゃん!」
エミーは猫に向かってぱたぱたと走り出す。
「あれ、このあと私、銀行に行かなくちゃいけないんだけど…………、1人で帰れる?」
「うん! 大丈夫!」
「人目につかない場所、行っちゃダメだからね~?」
「余裕、余裕~!」
両腕を大きく振るエミーと別れ、マリアは交差点を曲がった。
「にゃ~んにゃんにゃにゃ~ん、にゃ、にゃ~んにゃにゃ~ん♪ にゃんにゃか、にゃんにゃか、にゃんにゃか、にゃんにゃか、にゃ~んにゃ、にゃ~ん♪ あ! いなくなっちゃった!」
遠くから響いてくるエミーの独り言を聞いて、マリアはくすりと笑う。
その後、ふと駅の方角へ視線を向けたマリアは、時が止まったかのように立ち尽くした。
改札を抜けて駅の外に出た全は、街の景色を見渡しながら過去の記憶をたどっていた。
──それは、街全体が燃え盛る光景だった。
(──約5年ぶりか。だいぶ景色が変わったな)
全は再び足元に目を落とし、重い足取りで歩き出す。
2車線の道路に広い歩道。
通り沿いにはオシャレな喫茶店やレストランなどが立ち並んでいた。
この日は春先にしては日差しが強く、アスファルトの路面には桜の街路樹の影がくっきりと落ちている。
全がとぼとぼと歩き続けていると、やがて紺色のハイソックスとローファーを履いた女子生徒の足元が視界の端に入ってきた。
全はそのまま顔を上げず、彼女と無言ですれ違おうとしたが──。
「あの…………」
突然声を掛けられたため、全はだるそうに顔を上げた。
そこには、春風に桜の花びらが舞い散る中、潤んだ瞳で全の顔を見つめるマリアの姿があった。
全はとっさに後ろを向いたが、付近には誰もいない。
「…………お、俺?」
全は前を向き直し、自分を指さして間抜けな声を出した。
「はい…………」
「…………?」
全は事態が飲み込めず、ポカンとした顔で彼女を見つめ返した。
本作をお読みいただきありがとうございます。
「続きを読みたい」「もっと多くの人に読んでほしい」と思っていただけましたら、下にある☆☆☆☆☆から作品の評価をお願いします。
さらにブックマークをいただけると作者の励みになります。
応援よろしくお願いします。




