8話 深まっていく関係性
翌朝、僕は日記帳を開いて、思わず目を止めた。そこには、自分でも予想していなかったことが書かれていた。
誰かを受け入れ始めている事実に驚きつつ、どうしてかな、素直に受け入れている自分がいた。
きっと、こんなふうに強制的に誰かと関わる状況にならなければ、僕は誰かを受け入れることなんてなかった。そう考えると、これもある意味では運命なのだろうか。
いや。もしこれが運命だったとしても、巻き込まれた彼女のことまで、運命の一言で片づけてしまうのは違う気がした。どうして彼女は、神隠しに遭ったのか。なぜ、僕の前に現れたのか。その理由が、少しずつ気になり始めていた。
***
「それじゃあ、今日も調べていこうか」
「はい」
今日は、これまで調べていなかった神社の周辺についても調べてみることにした。けれど当然のように見覚えのある場所なんてないようだった。周囲が変わっているのだから……
「ねぇ少し時間をもらってもいい?」
ちょうど昼前に僕はとある可能性について思い浮かぶ。
「はい、いいですけど」
これまで僕から何かを意見することなんてなかったからこそ彼女は驚いているようだった。少しは助けになるんじゃ少しは助けになるんじゃないかと思い、僕は図書館に行く。そこである頼み事をした。予想通り、そういったものは置かれる。料金を支払い、僕は二枚の紙を受け取る。
「これって……」
澄は驚いたように、地図と僕の顔を交互に見つめた。
「こっちが、君が生きていた時代の地図。そそして現代の地図がこっち」
「いいんですか?」
「うん。地図を買ったわけじゃないし。今は、かなり安い料金で複製できるから」
「ありがとうございます」
彼女はそう言って、両手で地図を受け取った。そのまま、しばらく地図から目を離さない。どこに行こうかなんていろいろと迷っているようで。
「そっか。ごめん、ちょっと待っててもらっていい? 」
そう言って僕は再度図書館に戻り、今の地図をもう一枚ずつ複製してもらう。
「何か書けるようにした方がいいでしょう。本を読んでいたことだし、気になる部分があるんじゃない?」
「……はい。ありがとうございます」
ぺこりと深くお礼をする彼女に持ってきていたペンを渡す。すると澄は、それを受け取って、地図をじっと眺め始めた。しばらくして、赤いペン先が、地図の上をゆっくりと動く。
「この場所って」
「はい、私たちの時代でもあった一番大きな神社です」
「杜守神社だよね」
「そうなんです!この土地を見守ってくれていて、願いを叶えてくれるそうです。うちの家族もお参りに行ったことがあるんですよ」
「もしかして、その神様が願いを聞き入れて……」
「その可能性があるかもしれないと私は思っています。もちろん、私が入ってはいけない特別な場所に侵入した可能性もありますが……」
その声には、ほんの少しだけ不安が混じっていた。もし本当に神様の怒りを買っていたのだとしたら。そんなことを考えているのかもしれない。
「その時は許してもらう方法を一緒に考えればいいんじゃないかな」
「……そうですね」
彼女はふっと笑みを浮かべた。杜守神社まで向かう間に、途中彼女はいろんなことに目を引かれるようだった。
「なにか気になったの?」
「いえ……その今はかわいらしいお洋服がたくさんあるんだなって。それに、仲睦まじい男性と女性の姿があって。若いのに夫婦ですかね?」
「いや、違うと思うよ。この時代では普通につきあっている人が多いんだよ。もちろん別れることもあるけどね」
「そうなんですね」
関心をしつつ、彼女は笑いあっている二人の様子を見ると自分まで笑顔になっているようだった。その事実に僕もふと、笑みが零れるのが分かる。
しばらく歩くと、やがて杜守神社が見えてきた。高台に建っているらしく、長い石段が上へと続いている。その先には大きな鳥居があり、その奥にある社殿からも、ここがこの辺りでは大きな神社なのだということが分かった。
「どう? 覚えがある?」
「そうですね……ただ、今はかなり整備されていてやっぱり雰囲気が違います」
確かに彼女が生まれた時代と現代ではかなり様子も変わっているのだろう。周囲の方はたくさんの家があって、新年になると周辺では屋台なども開かれているなんて誰かが話していたのを覚えている。
「君が最後に訪れた山っていうのはこっちの方?」
「いえ、やっぱり私が訪れた方は遥見神社の方だと思います。あの時代には神社は建てられていませんでしたが」
「となると神社を立てるにあたって少し切り崩されたりしたってことか」
「そうかもしれません」
地図を眺めながら、彼女も考え込む。
「なら、神社まで整備された道じゃなくて少しだけ道をそれた道を明日は探索してみるか?」
「はい!お願いしてもいいですか?」
「もちろん、いいよ」
彼女はふっと笑みを浮かべる。その日分かったのは、杜守神社がこの土地を守る神社だということだった。祀られている神様の名は日杜命。現在の稲代市周辺を守護する土地神として、古くから信仰されているらしい。ということだけだった。
***
そして翌日。僕たちは、最初に彼女が現れた遥見神社へ向かった。参拝する人については先週見かけた人がおり、僕を含めて一部の人に信仰されているのが分かる。
「この神社なんですけど、もともとは縁結びの神社だったらしいんですよ」
「縁結び?そんなこと意識したことなかったな」
「そうなんですか。かなりご利益がある神社で、今でも有名らしいですよ。ほら」
そう言って、彼女は持っていた本をぐいっと僕の方へ向けてくる。あれから、彼女から本を追加で借りたいと言われたのだが。どうやら昨日の夜には、借りた本のほとんどを読み終えてしまったらしい。
「となると昨日の神社とは御利益が違うのか……」
僕が率直に尋ねると、彼女は嬉しそうに頷いた。
「そうですね、杜守神社では、願い事や祈願の成就や開運、それと商売繁盛で有名みたいです」
「さすが、土地神さまだね」
「はい」
彼女は俺が興味を持ったことが嬉しかったらか。その後もいろいろと話してくれる。
「この辺はすごいんですよ。たくさんの神社があってこの周辺だけでも六、七個はあるんです。なくなってしまった神社もあるんですけどね」
「ほんとだ」
彼女に見せられた本をみながら感心したように頷く。きっと部屋にいる時間ずっと調べているのだろう。だから、どこにどんな内容が記載されているのかある程度把握しているようだった。
以前と違い少しそれた場所にいくと、
「見てくださいこれ!!」
と少し彼女がはしゃいでいるのが分かる。何かあったのだろうか?なんて思うが僕からは特段何もわからなかった。周辺には雑草が生えている様子や木が植えられている様子しか見えない。
「スベリヒユやツユクサがこんなにも生えていますよ!!」
「えっと……スベリヒユやツユクサって?」
彼女が指す方向に見えるのはただの草に僕は見えてしまう。それがどうすごいのかがわからなかった。
「もしかして、この時代では食べないのですか?」
「そうだね。少なくとも、僕は食べたことないかな」
「そうなんですか……」
途端に、彼女の声が少しだけ小さくなった。さっきまで嬉しそうにしていたのに。なんだか残念そうに、その草を見つめている。
「そんなに食べたいの?」
「え?」
「いや、さっきからずっと嬉しそうだったから」
「……はい」
少しだけ恥ずかしそうに、彼女は頷いた。彼女にとってはこの草も想い出深いものがあるのだろう。どこか愛おしそうに草を見つめる彼女が気になって、スマートフォンで調べてみる。すると、この辺りでは、常識の範囲内で採取することが認められているらしかった。
「ここら辺だったら少しぐらい採って持って帰ってもいいみたいだけど、今夜食べてみる?」
「本当ですか?」
「うん」
「じゃあ、少しだけいただいていきます」
そう告げて、彼女はいくつかの草を丁寧に摘んでいく。ゴミが出たときのために持ってきていた袋をリュックから取り出し、その中へ一つずつ入れていった。その姿を見ていると、ただ草を採っているだけなのに、妙に楽しそうに見えた。
僕にとっては、そこら中に生えている草。けれど彼女にとっては、昔から知っている食べ物であり、きっと懐かしいものなのだろう。
「他にも、昔は食べていたけど、今は食べないものってあるの?」
そう尋ねると、彼女は少し考えてから、嬉しそうに口を開いた。
「たくさんありますよ」
その顔を見て、僕は思う。昨日までなら、こんなことを聞こうなんて考えもしなかっただろう。
「なら、そういったものも食べていってみるか」
「はい」
嬉しそうに笑う彼女を見られることに少し満足している自分に気付く。それにふと笑みを零している自分がいるのだった。




