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過去を忘れる僕と、今を生きる君  作者: 夢見る冒険者


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5話 気付きたくない事実に気付かされて……

彼女と一緒に、外を歩いていく。土日ということもあって、街には男女で出かけている人たちの姿も多かった。彼女はそんな人たちを、どこか珍しそうに眺めている。


行き交う人々の服装を見たり、楽しそうに笑っている姿を目で追ったりする。そのたびに、彼女自身も表情を緩めた。


その姿を見ていると、ふと疑問に思う。どうしてこの子は、知っている人が一人もいないこの世界で笑えるんだろう?


そんなことを考えているうちに、昨日の自分の気持ちが少しだけ分かった気がした。最愛の母を亡くした後、誰にも助けを求められなかった。家にいても安心できなくて、誰かに頼ることもできなかった。そうして一人になった自分と、帰る場所を失った彼女。その姿を重ねたのだろう。


(……なら、少しだけ付き合ってもいいか)


少し息を吐きながら、そんなことを考えていた。


***


最初に向かったのは、遥見神社だった。僕がいつも訪れている神社で彼女と初めて出逢った場所らしい。今日はいつもの夕方ではなく、土曜日の昼間ということもあって、境内へ続く山道には何人か人の姿があった。


その山道を登っていく。木々の間から差し込む日差しが、地面にまだらな影を落としている。葉が風に揺れ、さらさらと音を立てていた。だからだろうか、同じ場所のはずなのに、少しだけ知らない場所を歩いているような気がした。


隣を歩く彼女は少し真剣な表情で、周囲を注意深く見回していた。歩く速度も、少しずつ遅くなっている。


「何か気になる部分があったの?」

「そうですね……この場所は少し見覚えがあるような気がするんです。ただ昔はもっと、山の範囲が大きかったのような気がします」

「きっと、人が住む土地を増やしたんだろうね」

「そうかもしれません」


肯定するように彼女は頷きつつ、山道をじっと観察していた。やがて山道を抜けて、遥見神社の社殿が見えてくる。彼女は近付いて観察するも、難しい顔をしていた。その姿を見て、少しはヒントを与えてもいいよな。そう考えた僕は彼女に伝える。


「ちなみに、この場所は君が生きている時代よりも後に建てられたそうだよ」

「そうなんですか!……どうりで見覚えがないわけですね」


彼女は社殿を見つめて続ける。その表情には、少しだけ寂しさが浮かんでいる。やがて切り替えるように明るい表情をする。


「朝倉さんは物知りなんですね」

「そうでもないよ。ただ、昔より、いろんなことを知る手段が増えただけだよ。それと透でいい」

「わかりました、透さん」


結局、その日も次の日も必要な情報を得られることはなかった。少し道を逸れたりして探すものの、彼女が見覚えがある景色というものはなく、いろいろと変わっているようだった。なにより、夜遅くまで探すのだろうと思っていたのだが、彼女はこちらを気遣うように17時くらいになると、家に帰りましょうか?とどこか遠慮しているようだった。


そんな彼女だからこそ僕は少しだけ迷っていたことについて尋ねる。


「君って文字を読むことはできるの?」

「はい……できますけど」


頷いた彼女はどこか期待したように俺の方を見つめている。初めて何かお願い事があると思っているのだろう。ここ数日何も手伝いをさせていないことに、申し訳なさそうな彼女の考えそうなことだった。


「これから数日は外出することができないと思う。だから、その間は本で調べたらいいんじゃないかって思ったんだ。神隠しについてね」

「そんな、本を買ってもらうのは悪いですよ……」

「安心してほしい、無料で借りれるから」

「無料でですか!!」


驚いたように彼女は目を大きく見開く。その態度から分かるようにきっと昔は本を持っていることなんて少なかったのだろう。なら、教科書とかはどうだったのかと思うがそれは別問題なのだろうな……。


彼女をいったん家に送り届け、図書館に行く。近くにはいくつかの図書館があり、19時30分までやっている場所に訪れて、10冊ほど本を見繕った。辞書は必要だろうそう思うものの、「敗戦」という言葉がどの辞書にも載っており断念する。必要な際は聞いてもらうべきだろう。そう判断し、帰宅するのだった。


結局のところ、この2日間、大した情報も得らなかったわけだが、彼女は終始、落ち込んだような表情が一切見せなかった。僕に気遣ってなのか、それとも帰りたくない理由があるのか。あるいは、家族のことをそれほど大切に思っていないのか。


そこまでは、僕には分からなかった。


***


土日を終え月曜日がやってくる。明るい転校生の隣の席ということに気が滅入りつつも、教室では相変わらず空気のような存在だった。授業が終われば家へ帰る。そこには彼女がいる。


そう思っていたのだが、家に帰ってから彼女と顔を合わせることは、意外なほど少なかった。食事の時間を除けば、ほとんど会わない。


どうやら彼女は、ここ数日過ごす中で僕がどの時間帯に何をするのかを把握しているようだった。同時に僕が彼女とあまり関わりたいと思っていないことも察しているのだろう。それには正直、助かっていた。


手伝ってほしくないことまで察して、余計なことをしない。そんな彼女だからこそ、外に出るくらいなら許してもいいのではないか、なんて考えが頭をよぎることもあった。


けれど、見た目だけなら中学生にしか見えない彼女が一人歩いていたらきっと警察官に声を掛けられる可能性もあるだろう。その時に上手く説明できるとは思えなかった。なにより、彼女を引き取る保護者がいないことの方が問題だと考える。


だから、今のままでいい。


そう結論付けた考えに疑問を持ち始めたのは、彼女と出会ってから5日間が経とうとしていた火曜日のことだった。


昼休み。昼食を取っていると、背後から女子生徒たちの話し声が聞こえてきた。


「最近さ、うちの彼氏めっちゃ束縛激しいんだよね」

「また?」

「男子と連絡取んなとか。ちょっと気になった商品見ただけで、側にいた男のこと見てただろとか言ってくるし」

「マジきついわ、それ」

「でしょ?あんたのものじゃないっての。マジでアクセサリーか何かだと思ってんのかな、あいつ」


不機嫌そうな彼女たちの言葉に、つい食事をしていた手が止まる。


『アクセサリーか何かだと思ってんのかな、あいつ』


その言葉だけが、妙に耳に残った。物扱いしている彼と、僕はいったい何が違うのだろうと。使っていい場所を決めて、外へ出ることも制限している。食事だって、彼女の好きなものを聞いたことはない。勝手にメニューを決めて、アレルギーがある可能性すら考慮していなかった。


彼女のためになんて、どう過ごすべきなのかを勝手に決めていた。あの頃の僕がされて、嫌だったことと何が違うんだろう?


胸の奥が、嫌な形でざわついた。自分がされて嫌だったことを。僕は今、気づかないまま彼女にしていた。その事実に気付かされる。


(僕は、小川澄という一人の人間について、何を知っているのだろう?)


彼女の名前を一度たりとも読んでいないことに、気づいてしまった僕は、胸の奥に重たいものが落ちた気がした。


家に帰り玄関を開ける。いつもなら、そのまま自分の部屋へ向かう。けれど今日は、足が止まった。夕食までは、まだ二時間ほどある。その間、僕は何をすればいいのだろう。いや、彼女とどう話せばいいのだろうか?そんなことを考えているうちに、時間だけが静かに過ぎていった。

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