4話 記憶を忘れる僕
今日のメニューは、鮭に卵焼き、味噌汁と漬物。それから白飯。自分では質素なものだと思っていたのだが、彼女からすると違うらしい。目を輝かせながら、少し前のめりになって食卓を見つめている。
「すごく豪華ですね。これをいただいていいんですか?」
「こっちの時代だと、これくらいは当たり前だよ。だから普通に食べていい」
彼女は並べられた料理を一つずつ見回すと、少し目元を緩めた。けれど、すぐに困ったような表情を浮かべる。
「少し相談をしてもいいですか?」
「うん。いいよ」
「量が多いので、減らしてもいいですか。元の時代に戻ったとき、贅沢をしてしまいそうなので」
「そう……だね」
これでも、僕としてはかなり量を減らしたつもりだった。それなのに、彼女には多いらしい。普段、どれくらい食べていたんだろうか……。そこまで考えて、最初から聞いておけばよかったと後悔する。
「じゃあ、ご飯の量を減らそうか?」
「はい。お願いします」
彼女が頷いたのを確認してから、自分のものと彼女のお椀を持っていく。半分ほど減らして戻ってくると、彼女は驚いたように器を見つめていた。流石に減らしすぎただろうか。そんな疑問を抱いていると、彼女が申し訳なさそうに僕を見ていた。
「あの……減らすのは私の方だけで大丈夫ですよ」
彼女は、僕が自分に合わせていることに気づいているらしい。そう気遣える彼女の方が、ずっと優しい。
僕にとってこれは、くだらない矜持のようなものだった。不公平な日常だったからこそ、せめて平等でありたいという我儘だ。だから、
「もともと僕はそれほど食べないんだよ。君が食べる量が分からないから多くついだだけでね」
そう伝えると、彼女は目を丸くして、少しだけ目尻を下げた。
「そうですか……ありがとうございます」
微笑んでいる彼女に、少しだけ調子を狂わされる。僕は話題を逸らすように口を開く。
「それじゃ、いただきます」
「いただきます」
彼女も手を合わせて感謝の言葉を口にした。そして鮭を一口食べ、ご飯を口に運ぶ。
「……美味しい」
顔がほころぶ。そのまま嬉しそうに鮭をご飯に乗せて、また口に運んでいく。鮭を焼いて、味噌汁を作って、卵焼きを焼いただけ。漬物だって買ってきたものだし、ほとんどレシピ通りに作っただけだ。
修学旅行で泊まった旅館の料理の方が、ずっと美味しかった。料理の腕だって、比較できないほどに低い。それでも、目の前で美味しそうに食べている彼女は目元が少し潤んでいた。
何かを思い出したのだろうか。不意に彼女の箸が止まった。少しだけ俯いて、それからまた箸を動かし始める。僕には、その理由が分からなかった。
食事を終えると、いつものように今日あったことを日記に書き始めた。転校生が来たこと。そして、今日出会った少女ことを記載する。一時間ほどかけて書き終えると、僕は布団に入った。今日一日だけで、随分と色々なことが起きた気がする。
けれど、明日の朝には、全てを忘れているのだろう。そう考えながら、僕は目を閉じた。
***
目を覚ましいつも通り、時計を見つめていた。時刻は七時半。七時間とちょうどいいくらいに眠れたらしい。目覚めも悪くない。
ただ、昨日の疲れが残っているのか、少しだけ身体が重かった。僕は洗面台へ向かい、扉を開ける。
「あっ、すみません」
「……!?」
声が聞こえ顔を上げると、そこには見知らぬ少女がいた。年齢は十三、四歳くらいに見える。中学生くらいの少女だった。
初めて見る少女に、誰だ、こいつ。そう思いながら記憶を探る。けれど当然の様に合致する人物はいない。となると昨日出会った少女になるわけだが、まだ日記を確認できていなかった。
動揺した僕は彼女自身尋ねてしまう。それが失礼な行為だと知っていても。
「えっと……君って」
「そういえば昨日は自己紹介してなかったですよね」
彼女は申し訳なさそうに頭を下げた。
「遅くなってすみません。私、小川澄って申します」
「……小川澄?」
「はい」
「……えっと、僕は朝倉 透っていいます」
どこか呆然と見つめていたからだろう。彼女は何か勘違いしたのか申し訳なさそうに目を伏せる。
「ここって、使っちゃいけませんでしたか?」
「いや。使って大丈夫だよ」
「……そうですか」
彼女はほっとしたように肩の力を抜いた。
「僕もあとで使うから。三十分後くらいにまた来てもいいかな?」
「分かりました」
そう言って、僕は洗面台を離れ、自分の部屋へ急いで戻った。扉を閉めた瞬間、思わず声が漏れる。
「待て待て待て、どういうことだ?」
全く理解できない現状に僕は思考を回転させると、いつもと違う状況が目に入るよう。
いつも月曜日の朝に確認している日記が、なぜか机の上に置かれていた。すぐに読めということなのだろう。それに口元に当てていた右手が黒くなっておりよく見ると、『日記を見ろ』そう書かれている。
いや、知らねぇよ。昨日の自分に心の中で毒づく。もっとわかりやすい様に、アラームを2回かけるとか、付箋を顔に貼っておくとか、別の対応を取って欲しかった。
僕はため息を吐きつつ、急いで日記を確認し出した。そして、昨日のことについて確認し始める。
「……なるほど」
昭和時代から神隠しに遭った少女か。というか、年齢は十六!?あの見た目でかって、昨日の自分も驚いてるらしい。
昨日の記録を見ながら、もう一度、さっきの少女の顔を思い出す。どう見ても、十三、四歳くらいにしか見えなかった。
日記には、昨日あったことが細かく書かれていた。神社で出会ったこと。彼女が昭和十五年から来たこと。そして、どうやら僕は、彼女が元の時代へ戻るまでの間彼女をこの家に置くと決めたらしい。方法を探すことになったらしい。
もし本当に神隠しなんだとしたら、どうやって彼女を元の時代へ戻るというのだ。変に安請け合いした自分を殺したくなるが、それに至った理由も書いてはある。
けど、どうして僕が受け入れたのか、その感情だけは理解できなかった。ただ、事実として彼女はこの家にいて、使っていい場所については守っている。なら、一度請け負った責任は果たすべきなのだろう。
日記を閉じて、一度リビングへ向かう。そこには彼女の姿があり、僕は洗面台を使うことにした。顔と歯磨きを済ませてリビングへ向かうと彼女はそこにまだいるようだった。
「そういえば君は今日、何時に起きたんだ?」
「昨日ですか?」
「うん」
「四時半でしたかね」
「四時半?」
「はい。そうすれば、夜に明かりを使うことが少ないので」
「……そっか」
そんな発想は、僕にはなかった。いつでも電気を使える今の生活では、夜に明かりを使うことを節約するなんて考えもしない。
「それで、君は元の時代に帰りたいんだよね」
「そうですね。弟や妹を残していますから」
「……分かった」
僕は少し考えてから口を開いた。
「今日から二日間は一緒に外に出られるけど、どうする? 昨日、君と出会った場所とかを探索するか?」
「いいんですか?」
「ああ。平日は僕も学校があって手伝えないからね。それくらいならいいよ」
「ありがとうございます!」
素直に頭を下げる彼女を見ながら、少しだけ驚いた。ほとんど協力しないと宣言しているのに彼女は素直にお礼を告げれる。
「……本当に、変なやつだな」
小さく呟く。彼女はは聞こえていたのか、少しだけ首を傾げた。
「何か言いました?」
「いや。何でもない」
そう答えて、僕は朝食の用意を始めるのだった。




