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過去を忘れる僕と、今を生きる君  作者: 夢見る冒険者


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2話 同棲が決定した

「それで檜村についてわかったんですか!」

「……あぁ、そうだね」


どこか嬉しそうに弾んだ声で尋ねてくる少女とは対称的に僕は心底気怠い気持ちに駆られていた。このはしゃぎようと、警察官とのやり取りを終えた今、さっきまで冗談だと思っていた可能性が、頭から離れない。


——神隠し。


その言葉が頭の中に浮かんだ。漫画や昔話でしか聞いたことのないような可能性に、そんなことが本当にあるとは思えないって否定したかった。けれど目の前にいる少女の存在を説明するなら、ほかに思いつく言葉がなかった。少女の無知さに、使い古された歴史で習った服装そのものに少女が過去の存在だと証明しているようだった。


これが撮影用の衣装だとしたら、もっと小綺麗なものを用意するはずだ。こんなにも布が切れたり汚れたりしているものを使用しないだろう。よく見れば足元も靴底があまりない、いかにも昔の農業で使われているような靴を履いている。


現代人があんな急な山道からここまで約30分近くも普通に降りれるとは思えない。文句とか辛そうな表情くらいしてもいいだろう。


(……で、問題は。この子をどうするか、だよな……)


改めて少女の方を振り返って見つめる。僕が立ち止まったからだろう不思議そうに首をかしげる少女は薄汚れた着物を着ていても隠しきれないほど、綺麗な子だった。


整った顔立ちに、ぱっちりとした目。常に口元には優し気な笑みを浮かべており、相手に安心感を与える。


今は薄汚れた着物を着ているせいで、それほど目立ってはいないが、ちゃんとした服を着て、少し身なりを整えればアイドルや女優としてテレビで活躍できる。そう言われても信じてしまうような少女だ。


だからこそこんな子を、このまま一人で放っておいていいとは思えなかった。


さっきの警察官に説明してもいいが、『神隠しに遭った少女を発見しました』なんて言っても信じてもらえないだろう。下手をすれば、精神的に錯乱していると思われるかもしれないし、僕が少女を誘拐したと疑われる可能性だって疑われる。


……だったら、どこかに預けるのはどうだ?児童相談所とか、養護施設とか。けれど、それで本当に少女は普通に暮らせるのか?その施設の人間が信用できるとは限らないことは僕が身に持って体験している。背中にある傷跡の方を見つめながら、かつて親戚の家での苦しかった日々を思い出す。


親族ですら信頼できるとは限らない。仮に少女が元いた場所に戻りたいと思っていたら、果たして大人は協力するだろうか?身分のない、初めから存在しない少女を、どう思うのかなんて、考えても答えなんて出てこない。


「……あの?」


流石にしびれを切らしたのか、少女は恐る恐る僕に声をかけてくる。


「ごめん、放置して。それで、事情をちゃんと説明したいんだけどさ。近くの公園で話さないか?」

「はい。お願いします」


すっかり安堵したような少女に僕はどう説明すればいいのだろうか?なんて一人頭を抱えていると、妙に周囲の視線が集まっていることに気付いた。まさか僕が怪しい行動をとっていたのか?なんて考えがよぎるが違う。


後ろにいる少女のことを見つめていた。その多くが少女の顔ではなく服装に目が行っている。東京でもかなり田舎の方とはいえ、やっぱり目立つものは目立っていた。


(はぁ~……)


何度目かに分からない溜め息を内心で吐きつつ、僕は鞄の中をあさる。そこから目的のものを取り出して少女の方へと差し出した。


「面倒だからこれ着てもらってもいいかな?」

「……えっ……はい」


僕は体育で使用したジャージを少女に渡す。汗臭いかもしれないけれど今は勘弁してほしい。これ以上周囲から着目される方が問題が起きそうなので、我慢してもらおう。


***


辿り着いた公園は滑り台と水飲み場、2人用のベンチが一つある小さな場所だ。僕は椅子に腰を下ろして少女よりも目線を下げる。自分だけ座るのを悪いと思いつつ、それでもこれからの選択を少女がするうえで優位性があった方がいいと判断する。


皮肉にもそれは、見上げる位置で何かを決断することは心理的に苦しかった経験からくる判断だった。


「君は今の状況について、どこまで把握してる?」

「どこまで……って、どういうこと?」

「だよね」


今と違って、タイムスリップとかタイムリープなんて時間に関することが当たり前じゃない世界だ。その発想が出てくる方がおかしい。


「正直に告げると君は、この時代の人間じゃないと思っている」

「……え?」


戸惑う少女に僕は言葉を選びつつ、続ける。


「簡単に言えば、時間を飛び越えたってことになる。君の時代の言葉で言うなら……神隠しみたいなもの、って言った方が分かりやすいかもしれない」

「神隠し……」


ようやく少女は言葉の意味を理解しているようだった。けれど現実はまだ受け入れがたいようで表情に陰りが見える。


「君が目を覚ます前の記憶とか、覚えてる?」

「……あの日は、山に行って。それで……」


そこまで言ったところで、少女の言葉が止まった。初めて不安げな表情を浮かべて、何かを口にしようとしつつ、そのまま固まった。きっとこれ以上は、思い出せないらしい。


「…………」


時間を飛び越えた影響なのか。それとも、何か別の理由があるのか。少なくとも、少女には直前の記憶が抜け落ちているようだった。少女は困ったように眉を寄せ、口元を歪ませる。少し寄り添うように、ゆっくりと僕は言葉を紡ぐ。


「どんなことなら覚えてる?」

「……年は、覚えてます。十六歳です」

「えっ……十六!!同じ年!?」

「……そうですけど」


少しだけムッとしたような表情でこちらを見つめる彼女は「これでも大きい方なのに」なんて呟いていた。いやいや、どうみても150cmくらいしかない。てっきり中一くらいかと思っていた。もしかして、年上だったり……。いやこれ以上考えるのはよそう。


「ごめん……僕の生きている時代だと平均的な身長が伸びていて勘違いした」

「それならいいですけど……ってまってください。じゃあ今の時代って……」

「ここは君が生きていた時代から数十年先の未来だと思う。だから、檜村なんて名称の村はとっくに統合されて、大円町って名前になっている。君は、何年から来たの?」

「私は……昭和十五年」

「……そっか、ならずっと先の未来だ」


今からざっと、76年前の時代だ。なら、マンションを見て驚いたりすることも、周囲の人のファッションが気になったりするのも分かる。似たような服装は過去にもあったはずだが、贅沢の禁止とかいって辞めさせられたりしていたはずだ。彼女が履いている靴なんかを見ながらそんなことを考える。


証拠といってはなんだが、一度だけなら見せていいだろう。僕はスマホのロックを解除して写真のフォルダを開く。


「例えば、今はこうやって写真を表示したり、拡大したりできる」

「…………」


それを見つめる彼女はじーっと画面を見つめている。初めてテレビを見る人が釘付けになっているみたいに。


「君がいた時代には、こんなものはなかっただろ?」

「……ない……です」

「そう……だよね」


僕はスマホの画面を消した。そうしてスマホを僕はポケットにしまった。


「悪いけれど、これ以上君にいろんなことを教えるつもりはない。だって君は過去に戻りたいだろ?」

「そうですね」

「だったら、知らない方がいいと思う。便利なものを知ったら、それが当たり前になってしまうかもしれない。今の生活を知ったあとで、元の時代に戻ったら……きっと、今までと同じようには生きられないから」


もちろんそれで自制できる人もいると思う。けれど僕は彼女のことをまだ何も知らないから判断ができなかった。最悪なのは、日本が戦争で負けるという事実を知った彼女が、それを口にすることだろう。


反逆者なんて言われて、殺される可能性だって考えられる。困窮した人たちが何をするかななんて誰にも分らないから。


「……そうですか」


彼女は小さく頷きながら、それでも現状を受け入れているようだった。


「それで、君はどうするの?」

「……どう……したらいいでしょうね?」


困ったように笑う彼女の表情にふと過去の自分の姿を重ねる。助けを求めたくても誰に相談すればいいのかもわからずに困った姿が重なった。僕は内心で溜め息を吐きつつ僕なりの見解を告げる。


「選択肢は二つあると思う」

「二つ……ですか?」


彼女の返答に頷きつつ僕は告げた。


「一つは、警察や役所に相談すること。身元を調べてもらって、保護してもらう。たぶん、その場合は色々調べられると思う。君が何者なのか、どこから来たのかも含めて聞かれると思う。ただ、僕にはその先で君がどう扱われるのか分からない」

「……」


彼女は黙ったまま、膝の上で両手を握った。表情はこわばっており芳しくない。そんな彼女にできることなんて、ほとんどない。できるとしたらもう一つの提案くらいだろう。


「もしくは僕自身が君とあまり関わらないことを前提に僕の家で過ごして、その中で一人で帰る方法を探すってこと。もちろん行動の制限とかはさせてもらうけど……」

「いいんですか!!」

「えっ……うん」


ぐいっと顔を近づけてくる彼女に気おされるなか、


「なら、お願いします」


と彼女はどこか安心したように告げる。その姿に自分が若干彼女のことを警戒していた自分を少し馬鹿らしく思う。僕は彼女の様子にどこか呆れつつ告げる。


「君はもっと警戒した方がいいよ。僕が悪い人だったら、君を家に閉じ込めて、ひどいことをするかもしれない」

「その時は私の見る目がなかったってだけです」


あっさりと答えた彼女に僕は呆れつつ、


「わかった。なら必要なものを揃えよう。悪いけど、君の靴とか服装は現代には似つかわしくないから。別のものを使ってもらう」

「私、お金とか持ってませんよ」

「別にいいよ。そこらへんは親から勝手に使っていいってお金を渡されているから。ただ家に行って着替える必要があるし、君も今の格好だと変に目立つから、着替えてもらうよ」

「わかりました」


頷いて同意する彼女を連れて、ひとまず僕の家へ戻ることにするのだった。

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