1話 少女の正体って・・・
僕たちは山道を下っていく。木々の間から差し込んでいた木漏れ日が少しずつ減り、代わりにアスファルトの照り返しが目につくようになる。しばらくすると、木々の隙間から家が見えてきた。
「どう?見覚えある」
「いえ……ないです」
即答する少女に、……まぁそうだろうな、嘘なのだから。なんて思いながら、さらに先へ進む。民家が増えても、少女の反応は変わらなかった。見慣れた場所を探すように辺りを見回しては、首を横に振る。一方で、僕も別のものを探していた。
カメラを構えているスタッフや、撮影用のドローン。ロケに使う用の車などがないかを注意するものの、それらしいものはどこにも見当たらない。
撮影じゃない?そんな可能性を考えると別の理由が思い当たらない。
(まぁ、いいか。このまま交番とかまでいけばさすがに観念するだろう)
駅前まで三十分くらい歩くことに少しうんざりしたが、仕方がないと割り切る。念のためスマートフォンで交番の場所を調べてみる。すると、意外にも駅へ向かう途中に交番があることが分かった。
なら、あと少しだ。そう思うと、少しだけ気が楽になった。さらに先へ進んでいくと周囲の景色も次第に変わっていった。道が広くなり、大きな建物が増える。当然のように人の姿も増えていき、もんぺを着た少女と連れ添う僕を訝し気に見つめていた。
ため息を吐きつつ進んでいると周囲の視線が僕より少し離れた後ろに固定されている。また何かあるのか……?そう見つめた先には足を止めた少女の姿があった。
僕は項垂れつつ少女に近付く。
「どうかしたの?」
「なんですか、あの建物は?」
目を大きく見開いた先にあるのは10階建ての普通のマンションだった。何に驚いているんだって思うが、少女が生きている時代設定ではマンションがまだ登場していないんだろう。となるとやっぱり村が1970年前って設定なのだろう。マンションがいつからできたかは知らないけど……
「普通のマンションだよ。何人かが住むんだ」
「なるほど、都会のお屋敷って今は進んでるんですね」
「そうだね」
適当に相槌を打って、僕は歩みを進める。後ろをついてくる少女は役に入り込んでいるのだろう。いまだに目新しいものを見つめるように視線を固定させて見つめていた。そしてぽつりと言葉を零す。
「ここが都会なんですね」
ほぇ~と感心する少女に呆れていた僕は返答することすらもあきられていた。はぁ~っと内心で溜め息を吐きつつ、ようやく交番まで辿り着いた。
「ほら、ここで道を聞けるから」
「そうなんですね。わざわざ、ありがとうございます」
「いいよ」
ようやく終わると僕は肩の力を抜いた。ここで立ち止まった少女が何かしら僕に説明して終わる。そうそう思っていたのだが、少女は迷うことなく、交番に入っていった。
「……は?」
思わず自分でも驚くほどの声が出ていた。いや、だって演技だろ?そう疑っていた少女は普通に
「すみません、檜村ってどこにありますか?」
と交番の中にいる警察官に対して声をかけたのだ。尋ねられた警察官は、
「少々お待ちください」
と言ってタブレットを操作して検索し始めているようだった。馬鹿かコイツ、これが冗談で済めばいいが、最悪公務執行妨害に当たる可能性があるだろう……。
内心で驚いているなかで、警官は首を傾げながら、
「こちらでは、該当する地名が見当たらないですね。紙の地図の方で確認しますね」
と棚から古い地図まで取り出している。その光景を見ているうちに、僕の頭の中にクラスメイトの会話がふと浮かんだ。
『ねぇ知っている。遥見神社にはね、神隠しで人がさらわれた過去があるんだって。天狗も住んでいて人を攫うとか』
『聞いたことあるかも。神社の近所の少年が数日間いなくなって。ふと戻ってきたとか』
『怖いよね~、夏休み、肝試しで行ってみる?』
あのときは、くだらない噂だと思っていた。同時に、金曜日には来ないでくれ、なんて思っていた。けれど、もしこの少女が本当に神隠しに遭ったのだとしたら。
その可能性を考えた瞬間、妙な寒気が背中を走った。このまま、警察に任せていいのか?もし本当に少女が、この時代で身寄りのない人物だったらこの先、どうなるだろう。
検証のために施設に閉じ込められて……。なにより戸籍すらもない少女の扱いはどうなるのだろう。僕はふと、背中にできた傷に手を当てる。
(大人だからと言って信頼できるわけじゃないだろ?)
もう一人の自分がそう呟いた気がした。かつて親戚につけられた傷跡にふれる。数舜だけ思考した僕は、内心で溜め息を吐きつつ、助け舟を出すことにした。
「あの~」
「はい、なんでしょうか。今、この方の対応をしておりまして……」
「あ~、この子なんですけど自分の連れなんです。田舎から来てるんもんで、おばあちゃんから昔の地名を教えてもらったみたいなんです」
僕はスマートフォンを取り出し、先ほど調べた画面を見せる。
「警察官の方なら知っているかと思って頼ったんですが、すぐに出てこなくておかしいなって思って調べたら、昔の地名でした」
「なるほど……」
「そっか、檜村って都会だと昔の呼び名なんですね」
隣から少女の声がした。どうやら、僕の説明をそのまま信じてくれたらしい。それに安堵しつつ僕は警察官に頭を下げる。
「すみません。ご迷惑をおかけしました」
「いえいえ」
「じゃあ、案内の続きしてもいい?」
「はい。お願いしてもいいですか?」
「あぁ」
僕は少女に頷き、警察官の方も問題が解決したようでどこか安心したように肩の荷を下ろしていた。
「じゃあ、行こっか」
そう告げて僕は歩き出す。できるだけ内心の焦りが募らないように、平静を装って歩き出した。心臓が妙にうるさかった。交番から出ようとした瞬間。
「あっ……君」
僕は足を止める。誘拐でも疑われたか。一瞬、頭の中が真っ白になりつつ、返答する。
「はい、なんでしょう」
ゆっくり振り返る。そこには、さっきの警察官が立っていた。けれど、その顔に警戒の色はなかった。
「もし、わからないことがあったら、また聞きに来てくれ」
「……はい。そのときはお願いします」
頭を下げてお礼を告げつつ、交番を出る。交番から数十メートル離れたところで、ようやく息を吐く。隣を歩く少女を見つめながら、
「……本当に、何者なんだよ」
小さく呟いた僕の声は、夏の街の喧騒に紛れて消えていった。




