16話 抗う決意
教室に入ると、遥がすぐに声をかけてきた。
「そういえば、澄ちゃん大丈夫だった?」
「あぁ……体調の方なら大丈夫だったよ」
「そっか」
心配そうな表情で見つめる彼女の瞳には僕が映る。きっとどこか取り繕っているように見えたのだろう。僕は何とでもないという風に口を開く。
「ただ……昨日読んでた本に、少し重い内容があったみたいで。それで驚いたんだと思う」
「なるほどね、神様への願いに関して、代償とか悲しい話も結構あるからね」
昨日僕が読んだ本の内容まで彼女は頭に入れている。そんな彼女なら抜け道などを知っているのではないだろうか。
「……なあ、遥。少し聞いてもいいか?」
「もちろん、いいよ」
僕は少しだけ迷ってから、口を開いた。
「例えば、天狗や神様の権能によって神隠しに遭った場合戻れることもあるんだよな?」
「うん、あるよ」
遥はあっさり答える。その態度に僕は少しだけ希望を抱く。
「それって、どういうときなんだ?」
「家族がお盆や鍋を叩きながら名前を呼ぶ儀式とか、天狗なら、教えてもらった技術を習得したら帰してもらえるっていう話もあるよ」
「神様の場合は?」
「その神様が飽きたときとか。罰を受けているなら、その禊が終わったときとかかな」
それを確認した上で、僕は聞いておきたかった。
「……なさら」
僕は一度、言葉を選んだ。
「もし、その神様が善意で……ずっと先の時代に、その人を飛ばしたんだとしたらどうなんだ?」
遥の表情が変わった。ほんの一瞬。けれど、確かに。いつもの明るい顔から、深く考えるように真剣な表情に変わる。
「……その場合は」
少しだけ間を置いて、俯いていた彼女が顔を上げる。
「うん……ほぼ可能性は無いと思っていいよ」
「……そっか……ありがとう」
それに僕は、自分でもわかるほど肩を落としてしまった。遥もそれ以上は何も言わなかった。ただ、一言。
「何か聞きたかったら、聞いて」
そう零して、友人の方へと駆け寄っていった。僕を気遣って一人にするように。
***
それから僕は、授業中も図書室で借りた本を読み続けた。後ろの席でよかったと思う。先生に見つからないように、教科書の下でページをめくる。
休み時間も。放課後も。それでも、答えは見つからなかった。結局、二日が過ぎた。その間、澄は驚くほどいつも通りに過ごしていた。
いや。正確には、以前よりもずっと積極的になっていた。料理を手伝う。掃除をする。僕が何かをしていれば、すぐに声をかけてくる。
まるで、自分がここにいることを、少しでも負担にしたくないと言うように。そして三日目の夕食を食べ終えた時だった、澄が僕の方を真っ直ぐに見つめてくる。いつになく真剣な様子で。
「……少し、相談してもいいですか?」
「うん」
澄は少しだけ迷ってから、言った。
「もし私が帰れないのなら……働く必要があると思うんです」
「働く?」
「はい、ずっと透さんの家にいるわけにはいきませんから」
澄は困ったように笑った。その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がざらついた。
「僕は、そうは思わないよ」
「えっ……?」
「僕はまだ、澄からもらったものを返しきれてない、それに、食費だってほとんどかからないし」
「でも……」
「学校には行けないけど、それ以外にも方法はあるだろ」
僕は考えながら続ける。
「この家でちょっとした作物を育てるとかで食費に貢献できるし、家事とかでも全然助かる。今はそういったサービスでお金をもらうことも一般的なんだ」
「そうですか」
澄は小さく頷いた。けれど、その顔は晴れなかった。申し訳なさそうに眉を下げて、どこか苦しそうに視線を落としている。自分が誰かの負担になっていることを、どうしても気にしている。
その表情を見て、自然と奥歯を食いしばっていた。頼りない自分が情けない。何もしてやれない自分が悔しい。でも、それ以上に。澄をこんな目に遭わせた存在が、どうしても許せなかった。
澄を救おうとして、この時代へ連れてきたのかもしれない。この時代に来た方が、彼女は幸せになれる。そう考えたのかもしれない。
でも、それを決めるのは、神様じゃない。澄がどこで生きたいのか。それを決めるのは、澄自身だ。これじゃあ僕が以前、澄にしてしまったことと神様がしたことに違いがない。
君のためだからと言って。本人に何も聞かずに、僕が勝手に決めていた。そんなのただの押し付けに他ならない。一度しか願いを叶えてくれない。ふざけるなよ、絶対に抗ってやる!!!
神様がどんな存在なのかなんて、まだ分からない。どれだけ力を持っているのかも。何を代償にすればいいのかも。何一つ分からない。
それでも。絶対に、諦めない。澄が帰りたいなら、帰る方法を探しだしてみせる。そう、心の中で決めた。




