14話 不穏な展開
以前、昼食を食べた場所まで戻ってくると、僕たちは適当な場所に腰を下ろした。
「そういえば、遥はお弁当とか持ってきてるの?」
「もちろん持ってきてるよ。サンドイッチなんだけどね……そうだ! 交換してみる?」
少し強引に距離を詰めてくる彼女に、「いや、いいよ」と告げるものの、一向に離れずにぐいっとサンドイッチをこちらに見せてくる彼女に根負けする。
「わかった交換するよ」
「やった! それでそっちのお弁当は、どうなの?」
僕も自分のバッグを開く。肩の方を澄の方に渡した。そこには、タコの形をしたウィンナーや卵焼き、それから色とりどりのおかずが詰められていた。1つ1つの量は少ないものの、飽きが来ないようにしている。
「……タコウィンナーいいね」
「じゃあ、それと交換でいい?」
「もちろん」
遥は笑いながら一口サンドウィッチを僕に差し出し、ウィンナーを箸でつまむ。
「おいしい!!」
なんて、頬に手をやり嬉しそうな彼女を見ていて、ふと思った。僕は、遥のことをほとんど知らないと。澄のことがあったからこそ、余計にそう感じた。
「そういえば遥は、好きな食べ物とかあるの?」
「私?」
遥は少し考えてから、箸を止めた。
「鮭と漬物と味噌汁。それと卵焼きかな」
「ずいぶんと具体的だね」
「うん」
そう言って、遥は少しだけ遠くを見る。
「すごく大切な時に食べたものだから、より一層おいしく感じたんだと思う」
少し遠くを見つめる彼女は、懐かしそうに一点を見つめていた。
「そういう君は、どうなの?」
「僕?ぼくか……」
そう言われると全く出てこなかった。栄養補給にしか思っていなかったからこそ、特段これが好きといったものがない。
「……唐揚げ、とか?」
「なんで疑問形なの?」
遥が肩を揺らしながら、苦笑する。
「いや。聞かれると、全然思いつかなくて」
好きな食べ物。考えてみても、これだと言えるものが出てこない。今まで、そんなことを考えたことすらなかっしな。
「じゃあ、澄ちゃんはどう?」
「私ですか?」
澄が少し考える。
「私は、やっぱりちらし寿司が好きですね。家族みんなで食べると、何を入れるか話したり、盛り上がれておいしいんです」
その言葉を聞いた遥が、ぱっと顔を明るくする。
「いいね、じゃあ、今度三人で食べようよ。ちらし寿司」
「はい。食べてみたいです」
「じゃあ決まり!」
勝手に決めるなよと思ものの、その強引さに救われている部分も確かにあった。だからかな、不思議と嫌ではなかった。
むしろ、澄がこうして、自分以外の誰かに食べたいものを口にしていることが嬉しかった。
「そういえば遥って、左利きなんだね」
「そうだよ。昔、右に直したけど、つい癖で時々左手で食べちゃうんだよね」
遥は左手の箸を見ながら苦笑する。
「実は私もそうなんです!今はどちらも同じくらい使えますけど」
「じゃあ、私たちの共通点だ!」
「そうですね」
二人が顔を見合わせて笑う。僕は、その様子を眺めていた。知り合ってから、まだ一日も経っていない。それなのに、二人はまるで昔からの友達みたいに話している。
それはきっと、澄も遥も相手の言葉を聞いて、人と向き合ってきたからなのだろうと思った。近づきすぎることもなく、遠ざかりすぎることもない。僕には、できなかったことを二人はしている。
その姿にふと笑みが零れている。きっと、そんな風に心が温まるのは、澄と出会ってから、僕も少しずつ変わっている証拠だと思った。
もし、本当に縁を結ぶ神様がいるのだとしたら、澄と僕を出会わせたことにも、何か意味があるのだろうか。もっと人と関われ、そんなふうに言われているような気がした。
「……まさかな」
小さく呟いて、二人の楽し気に話している光景を見つめるのだった。
食事を終えた後も、探索を続ける。遥は僕たちが知らなかったことをいくつも教えてくれた。この土地に関わる神様のこと。周辺の神社に祀られている神様のこと。そして、神社同士の関係について。
その中でも、神隠しに関係している可能性が高いのは、やはり日杜命なのだという。
「そういえば、この遥見神社ってね」
遥が古い地図を指差す。
「ちょうど、ここの土地を管理している神様と、別の神様が管理している場所の境目にあるんだって」
「神様にも境界があるのか?」
「昔の人は、土地ごとに神様がいるって考えてたみたい。だから、ここにはちょっと面白い話が残ってるんだよ」
遥は地図の一点を指で示した。
「特定の場所で祈ると、その願いを叶えてくれるっていう噂」
「……なるほど」
僕は澄を見る。彼女がこの辺りで願いを叶えてもらったのだとしたら。神隠しが、ただの偶然ではない可能性はさらに高くなる。
「そういえば、遥はどうなんだ?」
「え?」
「そんなに神様に詳しいってことは、何か叶えてもらいたい願いでもあるのか?」
遥は、少しだけ黙った。それからまっすぐ僕を見る。
「ううん……ないよ」
いつもの笑顔とは、少し違っていた。
「私はもう、叶えてもらったから」
「……」
その言葉だけが、妙に耳に残った。いった彼女は何を願ったのだろう?そう聞こうとしてやめた。澄のことがあったからこそ、気軽に踏み込んではいけないものだと思った。
ふと、見た遥はもう、いつもの笑顔に戻っていた。その日の探索は、十八時頃まで続いた。結局、決定的な手掛かりは見つからなかった。
それでも、遥は明日も付き合ってくれると言ってくれた。家に帰ってから、僕は今日のお礼をメッセージで送る。
『今日はありがとう。本当に助かった。明日もよろしく』
『それはよかった』
『うん、明日もよろしく!』
そんなことを伝えてくれる彼女に再度心の中で感謝しながら、画面を閉じるのだった。
***
翌日、僕たちはまだ捜索していなかった遥見神社周辺を探索することにした。昨日までに見ていない場所は、これでほとんどない。
気になる場所があるとすれば、森の中にぽっかりと開けた場所があることと、昨日見つけた小さな洞窟くらいだった。
「にしても、久しぶりだね、こうして友達と一緒に森の中を探索するなんて、すっごくワクワクする」
「そうなんですか?」
澄が少し意外そうに尋ねた。
「うん。透もそうじゃない?」
そう言われて、少し考える。確かにこうして誰かと一緒に森の中を歩くなんて、いつ以来だろう。澄からすれば、山の中を歩くこと自体は珍しくないのだろうが。僕たちからすると深く記憶を探らないとない。それも小学校でいった修学旅行とかぐらいだろうな。
「……確かに、こういうのは久しぶりだね」
記憶を辿ってみる。小学生の頃なら、こういう場所で遊んだことくらいあっただろうか。いや、やっぱり、森の中を探索した記憶はない。家でゲームをしていることの方が多かった。
「でも、こういうのもいいね」
木々の隙間から差し込む光に浴びながら、遥が深く息を吸う。数回呼吸した彼女は目を開けて、肩の力を抜いた。
「こうやって自然の中で息を吸うと……なんていうか、ここが自分の居場所みたいに思えてくる」
「……その気持ちはすごく分かるな」
僕自身もまた、誰とも触れ合わず葉がさらさらと揺れる音を聞いている時間が好きだったし、金曜日に訪れるたびに自分だけの居場所はここしかないと思ったりすることもあった。
澄も足を止め、ゆっくりと息を吸っていた。何か特別なことをしているわけじゃない。ただ森の中で一緒にいるだけでも、不思議と一体感があるような気がした。
そのあとも探索するものの珍しい場所はない。先程の森が開けた場所や、昨日の洞窟くらいが目についた場所だった。
「……やっぱり、ここには何もなさそうだね」
「そうですね」
遥は少し落ち込んだようにいいながら、再度森を一通り見渡した。
「なら、図書館に行ってみない。ほら、駅前じゃない方の図書館。そっちはまだ調べてないでしょ?」
「確かに。そこはまだ見てないな」
「じゃあ決まりだね!」
僕たちは森を出て、図書館へ向かうことにするのだった。
***
図書館に着くと、遥は迷うことなく何冊かの本を手に取った。
「これ、私なりにおすすめだよ」
「なるほど、こんなに多くの本を知っているから詳しいだな」
「まぁね、神様のこととか、神隠しについて調べるなら、この辺りかな」
そう言いながら、遥は二冊の本を澄へ渡した。
「こっちは?」
「神社の歴史と、この辺りの昔の風習について。それは透が調べたらいいと思うよ」
「わかった、ありがとう」
「ありがとうございます」
僕と澄は本を受け取り、本を読み始める。しばらくは、紙をめくる音だけが静かな図書館に響いていた。僕は神社や願い事に関する記述を追っていく。
その中で、少し気になる項目を見つけた。『願いを叶えるための代償』という項目に思わず固まる。
神様に願いをするとき、何かを差し出さなければならない。そんな話が、昔から各地に残っているらしい。
ただ、一般的な願掛けに神様が代償を要求するわけではない。神社では、願いを聞いてもらう前に感謝を伝え、願いが叶ったあとにはお礼としてお供え物をする。そうしたものが基本的な作法らしい。
けれど、中には少し違った風習もあった。願いが叶うまで酒を断つ。何かを我慢することで、自分の願いを神様に託す「断ち物」という願掛けがあるらしい。
他には、大きな願いに見合ったものを差し出すというものだった。病に苦しむ大切な人を救うために、自分の命を差し出した。あるいは、自分の身体の一部を捧げたというもの。
中には、自分にとって何より大切なものを失ったという話まである。……ずいぶん物騒な話だな。もちろん、現代の神社でそんなことが求められるわけではない。多くは昔話や伝承の類いだ。
もう一つ気になる記述があった。それが、禁忌に触れた場合だった。神様に捧げた供物を、許しなく口にしたり、神域に人間が踏み込む行為がそうだった。
その場合は、異形への変化や異界に連れ去られるようだった。ここまで読んだ僕は、少し安堵をしていた。澄が以前気にしていたような悪いことが原因ではなかったからだった。
澄には、願いを叶えた代償らしいものがない。少なくとも、僕が知る限りではなかった、直前の記憶は抜け落ちているものの、他の出来事は詳細に思いだせていた。
だとしたら、澄の願いは何だったんだろう?
聞いてはいけないと思いつつも、また気になっている自分がいた。僕は隣にいる澄へ視線を向ける。彼女は僕とは別の本を、真剣な表情で読んでいた。
もしかすると、覚えていないんじゃなくて、澄も思いだしたくない可能性があるのかもしれない。そんな考えが浮かんだ、そのときだった。
ガタンッ。
突然、澄が勢いよく立ち上がり、椅子が大きな音を立てた。
「澄?」
立ち上がっている彼女の顔色が悪い。両手は机の端を掴んでいて、指先がわずかに震えている。その視線は、机の上に置かれた一冊の本に向けられていて、開かれたページから、澄は目を離さない。
「澄ちゃん?顔色悪いけど、大丈夫?
遥が指摘しているように、血の気が引いていて、唇がほんの震えていた。僕には彼女をここまで動揺させる理由が分からない。
「澄、大丈夫か?」
もう一度尋ねる。すると、澄はようやく僕を見る。その目は、どこか怯えていた。
「……ごめんなさい」
「謝らなくていいよ。体調が悪いなら、今日はもう帰ろう。遥もそれでいいよな?」
「うん、もちろんだよ」
「ありがとう、遥」
「気にしないで。それより澄ちゃんを休ませてあげて」
僕は澄の隣に立つ。彼女はまだ呆然としたまま、本を見つめていた。何が書かれていたのか。何を思い出したのか。聞きたいことは、いくつもあった。
けれど、今の彼女に、それを尋ねるべきではない。そう判断する。
「今日は帰ろう、澄」
「……はい」
小さく頷いた彼女と一緒に、僕たちは図書館を出た。外へ出ても、澄はほとんど何も話さなかった。僕も、何も聞かなかった。
ただ隣を歩く。その横顔を見ながら、僕はさっき読んだ一文を思い出していた。大きな願いには、それに見合う代償が必要になることがある。
そんな不吉な可能性を考えてしまうのだった。




