13話 進展
日記をめくり返した僕は少しだけ呆れているようで……でもふと笑ってしまった。何かが大きく動くのは、決まって僕が記憶を失う金曜日だった。だからこそ、昨日の僕は、その日を精一杯生きたいと決意したらしい。
その事実にどこか晴れやかな気分になる。
「……さて、準備するか」
そう呟くきながら支度をはじめていく。彼女と出会って、半月。僕たちはもう、すっかり慣れた手つきで朝食を用意するようになっていた。
サラダは澄。魚や肉は僕。食器を並べるのは澄で、食べ終わったあとの洗い物は僕が担当する。いつの間にか、そんな役割分担までできていた。
洗濯だってそうだ。洗濯機に服を入れるのは澄に任せている。ただ、自分の下着だけは自分で干すようにしていた。……さすがの僕にも羞恥心というものはあったらしい。
「そういえば、遥さんの昼食ってどうするんですか?」
朝食を終えたところふと疑問に思った澄が尋ねてきた。
(そういえば聞いてなかったな)
完全に忘れていた事実と、遥の連絡先すら聞いていないことに苦笑してしまう。
「最悪僕の分の弁当を渡して、近くで買ってくるよ」
そんな風に伝えて、僕たちは家を出た。待ち合わせの十分前には着くくらいに余裕を設けていたのだが、どうやら彼女は既についているようだった。
こっちこっち。そんなふうに言っているように僕たちに気付いた遥が、大きく手を振っている。彼女へ近づいていくと、学校で見る姿とは少しだけ雰囲気が違う大人っぽい彼女の姿があった。
上はベージュ色のマウンテンパーカーに白のシャツ。下はチェック柄のスカートで、肩には小さなショルダーバッグを掛けている。普段より少しだけおしゃれをしているように見えた。
「おはよう、澄ちゃん。それと、透」
「おはよう」
「おはようございます!」
僕たちは神社へと続く關段の前で挨拶を交わす。
「じゃあまずは何を知りたいのか教えてもらおうかな?」
「そうだね、ここに祀られている神様について知りたいんだ」
「日杜命様のことだよね?」
「はい。それと……神隠しに遭う条件について知りたいんです」
その言葉を聞いて、澄が小さく頷く。遥は少し考えるように視線を上げ、それから僕たちに背を向けた。
そう言って、本殿の方へ歩き出す。
「日杜命様が、この土地を守る神様だってことは二人とも知ってるよね?」
「うん。この稲代市を守っているんだよね」
「そう。ここに住む人たちを大切にしていて、困っている人の手助けをしてくれる神様でもあるんだ」
遥は本殿がある方へと視線を向ける。その先はどこか遠くを見るような目をしていた。
「それで条件というのは……?」
「そうだね、たくさんあるけど、大きく上げるなら3つかな。場所と時間、そして神様が認めるような願い事であること」
「神様が認める願い事ですか?」
「うん……もちろん私もその基準までは分からないんだけどね」
そう言って、遥は苦笑する。確かにその基準を知っているのなら、どんな人物でも神様に願いをかなえてもらうだろう。なにより、以前言っていたような願いが別で叶うこともないはずだ。
けれど場所か。そう考えると彼女はいったいどこで願ったのだろう。僕は澄の方に近付きながら耳打ちする。
「澄が最後に願ったのって、やっぱりこの神社なのか?」
「いえ……私が最後にいったのは、きっと遥見神社があった場所だと思いますよ」
「そっか……」
だとするとこの神社だからこそ願いが叶うってわけでもないかな?
「何、こそこそ話してるの?」
いつの間にか、遥がこちらを見ていた。
「いや。ちょっと気になったことがあってさ」
僕は誤魔化すように言葉を続ける。
「土地神と、神社に祀られている神様って、何が違うのかなって?」
「お、いいところに気付くね~」
遥はどこかウキウキしながら口を開いた。
「土地神は、この稲代市全体を守っているイメージかな。面で広がっている感じ」
「……面、か」
「うん。それに対して、神社に祀られている神様は、その神社を中心とした場所を守っている。点みたいな感じかな」
「なるほど……ね」
「そう……この土地で願いを叶えるのなら、他のどんなに偉い神様よりも、土地神様の方が願いを叶えてくれる」
遥はそう言って、参拝に訪れている人たちへ目を向けた。その横顔は、どこか優しかった。
「だから、こんなにたくさんの人が来るんだろうね」
その言葉に、僕も境内を見渡す。家族連れ。年配の夫婦。一人で静かに手を合わせる人。それぞれが、それぞれの願いを抱えて、この場所に来ている。
……神様が本当に願いを聞いているのだとしたら。澄も、あの中の一人だったのだろうか。そんなことを考えていると、遥がこちらを見る。その表情の先には遥見神社があり。今はそっちの方が気になっているようだった。
「次は、遥見神社の方に行ってみてもいい?」
「もちろんいいよ」
そうして僕たちは、遥見神社へと向かっていく。道中、遥はこの町についていろいろなことを教えてくれた。
「この辺りは、一九八〇年くらいから道が整備されていったみたい。あっちの方は六十年前は今とは違う道だったんだよ」
次から次へと出てくる情報に、僕は思わず感心する。僕が詳しく調べたわけでもないようなことまで、遥は当たり前のように知っていた。
「へえ……よく知ってるな」
「おばあちゃんに昔からいろいろ聞いてたからね」
それを真面目に聞いている澄がメモを取っていて、ほんと真面目だなと感心させられる。というか、それ神隠しに全然関係ないよね。と思う情報までいろいろと話してくれた。
多分彼女にとってはこの町自体が好きなんだろうな……。
遥見神社の麓まできた僕たちは今回、舗装された道から外れ、山の中へ入っていく。別の観点から探索するという名目で遥には付き合ってもらっていた。
そうして山の中を散策していると、
「ここら辺はすごいね。いろいろと食べられる草が生えてるよ!!」
その目が、子供みたいに輝いている。しゃがみ込んだ遥は、スカートが地面につくのも気にせず、草へ手を伸ばし、愛おしそうに草を撫でていた。
「遥、スカート汚れてるけど」
「あっ……本当だ」
自分の膝を見て、遥は少し苦い顔をする。それから小さく溜息を吐いた。その姿が妙におかしくて、僕は思わず笑ってしまった。それに怒ることなく彼女は目を丸くしてこちらを見つめる。
「ごめんごめん。学校じゃ何でもそつなくこなしてるのに、こういうところでは普通に夢中になるんだなって」
「む~~。子供扱いしてるでしょ」
「してないよ。ただ……微笑ましいと思っただけ」
「絶対してる」
頬を膨らませた遥は、しばらく僕を睨んでいた。けれど、それもおかしかったのか。
「ふふっ」
やがて小さく笑い出す。その様子を少し離れたところから見つめていた澄の方も、どこか穏やかな表情で見つめていた。
「澄も笑っていいんだよ」
僕がそう言うと、澄は一瞬だけ目を丸くした。それから、柔らかく笑う。
「……そうですね」
そこから先は、これまで歩いたことのない山道を進んでいく。ふと後ろを振り返る。前を進む澄はもちろん、遥も迷いのない足取りでついてきていた。
「遥ってこういう場所にすごく慣れてるよね」
「そうだね……昔はよく山道を歩いていたよ。そういう澄ちゃんも慣れてるよね」
「はい!私もよく山には入っていたので」
「なるほどね、道理で進む足に迷いがないわけだ」
僕だけが少し遅れている現状と、山道に慣れている二人の少女という現実に少し肩を落とす。もっと外に出るべきだったかなと。そんなことを考えながら歩いていると、木々の向こうにぽっかりと黒い穴が見えた。
「あれってなんだ?」
「うん……なんだろうね?」
疑問に思った場所に近付いていくと、そこには小さな洞窟があった。
「こういった場所があるんだね」
なんて少しワクワクしている遥がいて、澄も少し感心したようにこの場所を見つめていた。中へ入ると、頭上から細い光が差し込んでいた。
どうやら天井の一部が開いているらしい。僕は少しだけ奥を覗き込む。そこは暗く。それ以上は何も見えない。だけど……
「半径5mくらいしかないね」
「そうですね」
手元のライトでライトで照らせる範囲を一通り確認してみたものの、これといって気になるものは見つからなかった。
結局それ以降は大した情報がなく。僕たちは一度昼食を取ることにすることにするのだった。




