12話 今日の温かさを忘れないように
「昨日はありがとう、颯真。おかげで、またいつも通り話せるようになった」
翌日の僕は、目の前に座る彼にそう告げた。振り返った颯真は、どこか穏やかな顔で僕を見る。
「その様子だと、仲直りできたみたいだな」
「うん」
「そりゃよかった」
自分のことのように嬉しそうに笑う。その顔を見ていると、改めて昨日のことを思い出した。一人で悩んでいたら、きっと僕はまた何もせずに終わらせていた。そんな僕の背中を彼が押してくれた。
「それで、お礼っていうわけじゃないんだけど。こういうの好きかな?」
僕は鞄から小さな袋を取り出して、颯真の前に置いた。
「いいのか、これ」
「うん、昨日は本当に助かったから」
「そっか。じゃあ、ありがたくもらうわ」
そう言って、颯真は少し照れくさそうに笑いながら首を摩る。
「なんか二人ともすっごく仲良くなってない?」
「そりゃそうよ。友達だからな」
「ずるい……」
僕の肩に腕を伸ばしながら、口端を吊り上げる颯真のことを遥が悔しそうにムッとした表情で見つめる。
「友達……」
その言葉を、口の中で小さく繰り返した。すると颯真が不思議そうに僕を見る。
「違ったか?」
「いや」
僕は首を横に振った。
「……嬉しい」
「そうか」
颯真は笑って、僕の肩に回した腕の力を強める。こんなふうに誰かと肩を組んだのは、いつ以来だろう。昔のことを思い出そうとして少し身体が強張る。けれど、不思議と嫌ではなかった。
「ねえ、私は?私も友達だよね?」
前のめりで話しかけてくれる彼女に押される。思えば、遥が最初に話しかけてくれたからこそ、僕はこうして颯真とも話せるようになった。
「そうだね」
その言葉を聞いた瞬間、遥の顔がぱっと明るくなる。その表情につられるように僕もまた口持ちを少し緩めていた。
以前なら、こんな気持ちになることもなかったし、誰かと話すこと自体を避けていたはずだ。それなのに今は、目の前に友達と呼べる人がいる。そう考えると、少しだけ不思議だった。
今も嬉しそうに笑う遥のことを見つめる。明るくて、よく笑っていてその姿に、やっぱり綺麗な人だと思った。
「なあに?もしかして、私に見惚れてた?」
冗談半分に、遥が笑う。いつもの僕なら、きっと否定していた。けれど今日は、なぜか素直に言葉が出た。
「そうだね」
「……えっ……えぇ~」
遥の顔が固まった。それから、みるみる頬が赤くなっていく。
「ちょ、ちょっと……そういうの普通に言う?」
「えっ……うん?」
「……そ……そう」
珍しくしおらしくなった遥を見て、颯真がくすくすと笑っている。
「何?」
遥が少し不機嫌そうに颯真を見る。
「いや、何でもない」
そう言いながら、颯真はまだ笑っていた。少し前までなら、こんな時間そのものが僕にはなかった。誰かとくだらない話をして、笑って。そんな当たり前の時間を、僕は今、当たり前のように過ごしている。それはたぶん、澄と出会ったからだった。
***
今日の出来事も、僕はまた忘れてしまう。そう考えると、胸の奥が少しだけ重くなった。それでも、彼女と過ごす毎日を無下に過ごしたくはなかった。明日の僕が今日を忘れてしまうとしても、いま目の前にいる澄との出来事までなくなるわけじゃないから、大切にしたい。今はそう思える。
「昨日のこともあったし、今日はさ少しくらい、贅沢してもいいんじゃないかな」
「……贅沢って……いいんですか?」
心配そうに見つめる彼女に僕はうなずく。
「少しくらいはいいと思うよ。 澄のいた時代だと、どんなものが贅沢だったの?」
「そうですね……」
澄は少し考える。
「水飴だったり、澱粉を使ったおしるこだったり……あとは今の時代ならスーパーに入ったとき見る焼き芋とか少し気になっています」
「気になってたの?」
「……はい。食べてみたいなって思ってました」
少しだけ恥ずかしそうに頷く。その言葉を聞いて、僕はなんだか嬉しかった。
「じゃあ、今日は焼き芋にしよう」
「いいんですか?」
「もちろん」
スーパーに寄った僕たちは買い込んだ食材とは別に焼き芋を手に持っていた。ご飯前だというのに、僕たちはそれを二つに割って手に取る。
「ご飯前なのに、許されるんですかね?」
「いや、普通はいけないことだと思う。けれど贅沢っていうのはさ、こういう体験も含めてなんじゃないかな」
「ふふっ……そうですね」
澄が小さく笑った。二人で歩きながら、一口かじる。
「……!」
澄の目が大きく開いた。
「すごく甘いです!!」
「ほんとだね」
僕も一口をかじりながら呟く。澄は焼き芋を見つめる。その表情は、初めて見るものを前にした子供のようだった。
「こんなに甘いんですね……」
一口噛みしめるたびに、その目元がゆっくりと緩んでいく。
「……おいしいです」
彼女は感動したようにキラキラした目線でさつまいもを見つめる。掲げて、いろんな角度からそれを見ていた。
こうして、一緒に何かを食べながら、歩けることに僕は不思議と心が温まっていた。だからだろう。ふと聞こえた聞き覚えのある声に振り返っていた。
「……あれ?珍しいね。こんなところで会うなんて」
そこにいたのは、遥だった。
「というかその子めっちゃかわいいね。もしかして付き合ってるの?」
なんて俺に距離を詰めて、ヒジでぐいぐいとつついてくる。僕は心底うんざりした顔を向けると彼女は何がおかしいのか、けたけたと笑っていた。
「ごめんごめん。それでその子は?」
その返答に対してどうこたえようか迷いつつ、それでも無難な言葉を口にする。
「親戚の子だよ。名前は小川澄。田舎のほうから来て、今週末までこっちにいるんだ」
「へえ……なるほどね。最近の君がずいぶん柔らかくなったと思ったら、その子の影響だったわけか」
「そうなんですか?」
「うん、そうだね」
澄を見る遥の視線は、どこか不思議だった。初めて会ったはずなのに。まるで何かを確かめるように、澄を見ている。
「もしかして、以前神隠しについて聞いてきたのもその子きっかけかな?」
「そうだけど……どうして」
「いや、今週末もそれについて調べるんだったら、私も協力できればって思うんだ。ほら、ここら辺についてかなり詳しいし、調べるなら、きっと役に立てると思うよ」
その言葉に対して、澄はどこか迷っているようだった。僕の方を気にしつつも、遥の言葉を気にしている。
「どうする?」
「わかった。なら協力してもらおうかな」
僕が答えると遥は嬉しそうに頷く。
「それで、明日はどこに集合しようか」
「なら、明日の十時に、杜守神社でどう?」
「分かった。それじゃあ、明日」
そう言って、遥は手を振ると、台風のように去っていった。
「すごい綺麗な方でしたね」
「そうだね」
そのことに頷きつつ、ふと考える。どうして金曜日になると、こうもいろいろなことが起きるのだろうと。
けれど、悪くない。そう思ってしまう自分もいた。家に帰れば、澄と一緒に夕食を作り、一緒に食べる。そして、今日あったことを日記に書き連ねた。今日一日の出来事とその温かさを忘れないように。そう願いながら。




