10話 踏み込むことはいまだにできなくて……
澄と呼ばれる少女がいる生活も、二週間も経てば違和感のないものになっていた。同時に自分にも少し変化が起きてことに気づいた。クラスメイトと会話をすることが増えているし、誰かが自分の近くにいることも、以前ほど苦ではなくなっている。
それどころか、平日でも澄と一緒に出掛けるようになることが増えていた。買い物や彼女が気になった場所。必要な本を借りるために、図書館へ向かうこともある。そんな時間を重ねながら、僕たちは少しずつ神隠しについて調べていた。けれど、進展らしい進展はなかった。
僕も検索を繰り返したり、図書館で本を探したりしている。それでも、澄が元の時代へ帰るための手がかりは、なかなか見つからなかった。むしろ、僕よりも澄の方が何かを知っているように思えることさえあった。リビングで本を開き、難しそうな顔をしながらページをめくっている姿を、最近はよく見かける。
そんな彼女の姿を見ていた僕は、少しでも自分にできることはないかと考えた。そのときに、ふと隣の席に座る遥の姿が浮かんだ。
この辺りの神社や神様について、彼女は僕よりもずっと詳しい。それなら、一度聞いてみてもいいかもしれない。
そう思った翌日。タイミングを見計らって彼女に声をかける。
「ねぇ、遥。少し聞いてもいいか?」
「うん、いいよ」
てっきり、「君が話しかけるなんて珍しいね~」なんてからかわれると思っていたのだが、遥はそんなことを言わなかった。ただ、穏やかな表情でこちらを見つめる。
(……本当に、よく人を見ているな)
僕がただの雑談ではなく、真剣に助けを求めていることまで分かっているようだった。
「遥は、この辺の神社や神様について少しは詳しかったりするんだよね」
「そうだね。おばあちゃんからも聞いたりしてるから。そこら辺の人よりも詳しいんじゃないかな?それこそ、本やネットに書いてないことも知っていると思うよ」
少し右上に視線をやりながら、頭の中にある知識を、ひとつずつ思い出しながら口にする。その反応に僕は少し前のめりになりながら尋ねる。
「じゃあ、神隠しとかに関係しそうな神様とかわかったりするの?」
「意外だね、君が興味を持つのは……でもそうだね、関係あるとしたら、日杜命様かな」
迷いなく告げる彼女に驚きつつ、僕は理由を尋ねる。
「理由を聞いてもいいかな?」
「この土地でそんなことができるのが、彼女だけだからだよ。この土地で願いを叶えるって意味ならね。もちろん、神様以外なら、天狗とか別の要素も考えられるかな」
「えっ……神隠しって、神様関係じゃないの?」
「そういう場合もあるけど、神隠しっていうのは、妖怪とか神様とか、人智を超えた何かに連れ去られることをまとめてそう呼ぶからね」
そこで、ようやく腑に落ちた。だから彼女は、妖怪や昔の伝承について書かれた本まで探していたのかと。てっきり、ちょっとした休憩のつもりで読んでいるのだと思っていた。
「何十年も未来に、いきなり連れ去られるようなことがあるとしたら?」
「それなら、やっぱり日杜命様が一番可能性が高いね。何かを願ったのか。それとも、不敬を買ったのか。いくつか考えられるけど……たぶん前者だと思う。何かを願って、未来に辿り着いてしまったんじゃないかな。願ったことすべてが正しく叶えられないからね」
「それって……どういうこと?」
「そうだね……」
彼女は少し考え込むように宙を見つめていた。やがて考えがまとまったのだろう。こくりと頷いて続ける。
「例えば、いじめられている人がいたとするね」
「あぁ……」
「その人が、いじめをなくしてほしいと願った。本人としては、以前みたいに友達がいて、普通に過ごせる日常に戻りたいと思っていたとしても別の形で叶ってしまうことがある」
「それって……」
遥の表情からいつもの明るさが消えて、少し恐ろしさを感じてしまう。そんな中で彼女は続けた。
「いじめている相手をこの世界から消したり、別の場所に連れ去ったりするの。そうなったら、願った本人はどう思うかな」
「……」
何も言えない僕の考えを読み取ったように彼女は考えを口にした。
「きっと、自分の願いのせいでそうなったんじゃないかって、苦しむと思うんだ」
静かな声だった。だからこそ、その言葉が妙に重く感じられた。
「だから、願いが必ずしも願った人の望んだ形で叶うとは限らないんだよ。よほど正確に願って、正しく伝わらない限りはね」
その話を聞いた瞬間。ふと、リビングで真剣な表情を浮かべながら本を読んでいる澄の姿が頭に浮かんだ。
もし、澄が何かを願ったのだとして、そして、その願いを神様が別の形で叶えたのだとしたら、澄みはいったい何を願ったのだろう。
その事がずっと頭の中でぐるぐると回っていた。
***
家に帰ると、澄はいつものようにリビングで本を読んでいた。その姿を見た瞬間、昼間に遥から聞いた話が頭をよぎり、少し声をかけるのを躊躇ってしまう。
それでも、僕は彼女の前まで歩いていった。
「……澄。ちょっといいかな?」
「はい。何でしょう?」
僕の声に気づくと、彼女はぱっと顔を上げた。そして、いつものように笑顔を浮かべる。その笑顔を見つめているうちに、ふと気づく。最近の僕には、その笑顔が少しだけ違って見えるようになっていたことに。
以前なら、ただ明るく笑っているようにしか見えなかった。けれど今は、僕を心配させまいとして、笑っている。
そんなふうに思えてならなかった。
「今日、神社について詳しいクラスメイトに神隠しの原因として、何が考えられるのかって聞いたんだ」
澄は少し驚いたように目を瞬かせた。それから、ふっと表情を緩める。
「わざわざ聞いてくださったんですね」
「うん。僕も何かできないかなと思って」
「……ありがとうございます」
僕は頷きつつ続ける。
「それで原因として考えられるのが、やっぱり日杜命様らしい」
「……そうですか」
驚く様子はなかった。彼女の方でもその可能性を考えていたのだろう、すんなりとそれを受け入れていた。
「そして、君がこの時代に来たことが、何かの願いによるものだとしたら、別の形で叶えられた可能性があるんじゃないかとも話してくれた」
ここから先に踏み込んでいいのか迷う。聞いてしまえば、何かが変わってしまう気がした。それでも、聞くべきだと思った。
「ねえ、澄は……何を願ったか、覚えている?」
澄の視線が、ほんの少しだけ逸れた。珍しいと思った。いつもなら、僕の目を見て話すのに。そして彼女は、少しだけ困ったような笑顔を浮かべる。作ったようにも見える笑顔だった。
「……わかりません」
それだけだった。それ以上踏み込んでほしくないのだと分かる。だから、
「……そっか」
僕は、それ以上何も聞かなかった。聞こうと思えば、聞けたのかもしれない。それでも、自分もまだ話していない事があるからこそ、、それ以上踏み込むことができなかった。




