9. 第七戦闘班
藍川とたくさんのスタッフ達に見送られて、灯里と白瀬はエレベーターに乗った。
「ふふっ、白瀬くん、大人気だったね。」
歳上のお姉様方にいじられていた姿を思い出し、思わず灯里は笑ってしまった。
学園の時は孤高の王子様だったから、遠巻きに見るだけで、女子があんな風に彼を囲むことはなかったのだ。
でも環境保全局では、彼もただの新人、しかも一番年下と来た。
立場は弱い。
「初めての体験だったよ…、これからは内階段を使うことにする…」
藍川から教えてもらった階段ルートのことだ。
このビルの外から入れる主な入り口は、最初に灯里達が乗ったエレベーターのみだ。これは外部の人間が誤って入ってくるのを防ぐためらしい。
なんといっても機密情報の塊のようなビルだ。
ビル内の移動には複数設置された内部用のエレベーターや、内階段を使用し、ビルから出るときは屋上から魔法で飛ぶか、外部用のエレベーターを使うことになる。
階段はわりと不人気だから、たくさんの人とは遭遇しにくいよ、と藍川が教えてくれたのだった。
チンッ
エレベーターが12階についた。
ここは戦闘部門のフロアになっている。
降りたそこは"ガチャガチャ"していた。雑然としているわけではない。班ごとに壁紙や家具の色が違っていて、個性がそのまま空間に現れているようだった。
派手な色使いではないため、子供のプレイルームほどのポップさはないが、色が散りばめられた賑やかなフロアだ。
「おっ、傷は全部治してもらったか?」
山吹色っぽい壁紙が貼ってある一角から、橘が現れた。
「はい、もうすっかり良くなりました。」
灯里の様子を見て、橘は満足そうに微笑んだ。
「そっか。良かったよ。」
白瀬が大人気だった話をしながら、山吹色の壁紙が貼られているゾーンへと共に歩く。
そこは丸いテーブルが四つと、腰高のロッカーのような収納家具、ローテーブルと細長いソファが2セット置かれていた。
何人かがテーブルでパソコンを開いて作業している。
「ここが俺の班、第七戦闘班の固定席だ。この丸テーブルだったらどれでも好きなのを使えるし、ソファの方も自由に使える。」
荷物とかはここな、とロッカーを指差す。
「配属が決まるまでは、毎日始業時間にここに来てくれ。その後、スケジュールに応じて色んなとこに行ってもらうから。」
はい、と2人は揃って返事をした。
「もう遅いから大半が帰っちゃったんだが、あ、一人、班員を紹介するな。千景!」
癖のある黒髪ロングのウルフカットにエメラルド色の瞳が印象的な女の子がパソコン画面から顔を上げた。
「…何ですか、班長。」
綺麗なエメラルド色の瞳を細めて、その人は橘を睨みつけた。
「いつもの頼み事じゃないからそんな嫌な顔すんなって!ほら!今日入った新人だ。」
ああ、それなら。と、うなづいて千景はこちらにやって来た。
「初めまして。第七戦闘班で下っ端の、風間 千景です。よろしくね。」
橘への態度とは違い、灯里達には優しく微笑んだ。おそらく、今日会った中で一番若いだろう。灯里達も挨拶をした。
「…オイオイ、下っ端扱いはしてないだろう。」
ちょっと焦ったように橘が弁解する。プイ…と千景は顔を背ける。
フッ、と小さく息を吐くと、橘が千景の肩をポンポンと宥めるように叩いて言った。
「ま、なんだ今日は一日ほっといて悪かったよ、千景。新人が来たから、バディの組み合わせ変更しておくな。」
「班長とがよかったです…」
ポツリと呟く千景の頭を、橘は無言でポンっと優しく叩いた。
「よし、じゃあ今日はもう遅いから終業にしよう。霧島は寮で、白瀬は実家から通いだったよな?」
2人はうなづいた。
灯里はずっと学生寮にいたので、今日からここの寮に住む。
「じゃあ、僕はこれで失礼します。また明日ね、霧島さん。」
白瀬はそういって帰って行った。
出るときは外部エレベーターか屋上から行けよ〜と橘が手を振る。
(白瀬くんはどっちで帰るんだろうか。…いやなんとなく飛んで帰りそうだな。)
寮に案内するな、と歩き出した橘についていく。
途中何人かの戦闘部員たちとすれ違い、灯里はペコっと頭を下げる。
ーーー
寮は隣に立つビルで、防護・結界部門のある6階から渡り廊下でつながっていた。
ただ、この廊下の出入り口も強固な防護結界が張り巡らされており、登録者しか通過できないようになっているそうだ。
灯里はまだ残っていた防護班のスタッフに登録をしてもらい、橘と一緒に寮のビルへ移動した。
寮のビルは小綺麗なマンションという感じだった。
「ここが霧島の部屋だ。」
橘がカードキーをかざすと、扉が静かに開いた。
「えっ…!」
そこに広がっていたのは、灯里が想像していた狭い部屋ではなかった。
白を基調とした1LDKで、大きな窓、キッチン、必要最低限の家具が揃っている。
「え、すご…。」
「まぁ、生活拠点だからな。意外とみんな快適に過ごしてるぞ。」
すると橘が少し真面目な顔になった。
「ただし、ここは普通の寮じゃない。」
「…?」
「緊急招集がかかれば、五分以内に出動できるようにしとけよ。」
その言葉に、灯里は息を飲んだ。
(あ…そうか…。ここって、職場なんだ…。)
期待と少しの緊張が胸に広がる。新しい生活が、本当に始まるんだ。
「じゃあまた明日な、霧島。」
「はい!ありがとうございました!」
パタン、と扉が閉まる。静かになった部屋の中で、灯里はそっと窓の外を見た。
東京の夜景が広がっている。
(明日から、頑張ろう。)
つづく




