10. 新しい日々
ー 周りの音を掻き消すような強い雨音 ー
ー 真っ赤なサイレンの光 ー
ー 悲鳴と、私の目を覆う優しい手 ー
ー 白い脚に蛇のように絡みつく太く黒い縄 ー
逃げて!
ハァ ハァ ハァ ……
目を覚まして見えたのが、新しい自室の白い天井だったことにホッと息をつく。
灯里は荒くなった息を整えようとベッドの上で起き上がった。
久しぶりに見たな…
でも、今見た光景が”夢”だと冷静に判断できる自分に、少し安堵する。
回復した状態から悪化していない、大丈夫、そう自分に言い聞かせる。
立ち上がり、寝室を出る。
まだ時計の針は4:50を指しているが、二度寝は出来そうにない。
灯里はカーテンを開けてベランダに出た。
朝日が昇るのをここで待ち、夜明け前の静かな時間をしばらく考えながら過ごすことにした。
今日から毎日、環境保全局へ通う。
そんな、少しずつ新しい日常になっていく朝が始まった。
— — —
「おはようございます!」
今日も、朝から"無限食堂"で極上のエッグベネディクトをしっかり味わってから第七戦闘班のある12階に出勤した。
「おはよう、霧島さん」
相変わらずキラキラした眩しい笑顔で白瀬が挨拶する。
白瀬と同じ丸テーブルの席についた。
「毎朝思うんだけど、寮でもないのに来るの早いよね?」
夜勤などもあり、シフトやフレックス制が敷かれているため朝は人がまばらだ。特に寮に住んでいない組は出勤が遅いのが一般的だ。
「何か非常時があった時に常に対応できるように、余裕を持て、っていうのがうちの家訓なんだよ。」
(家訓が立派すぎる…っていうか家訓がある家って…やっぱほんとの貴族なんだなぁ…)
学園の頃の、貴族の血筋を鼻にかけていた同級生を思い出し、白瀬の謙虚さと、我々一般人にも自然に馴染める姿に、灯里は感心した。
しばらく2人で昨日の訓練の話などをしていると、気怠げな橘がやって来た。
「お〜、早いな2人とも。よーし!今日は朝からイミテーションドームに行くぞー!」
今日はほぼ一日訓練コースかぁ、と肩を落とす灯里に対し、白瀬はキラキラと目を輝かせる。
こんな王子様のような容姿をしておきながら、彼はなかなかの戦闘狂なのだ。
オールマイティになんでもできるが、訓練の時が一番楽しそうに見える。
「さっ、霧島さん、行こう!」
ウキウキする白瀬と、既に肩を回しながら歩いてい
る橘を灯里も追う。
「ハァ!!ヤッ!!」
拳と右脚に加護を付加させて演習用の穢れを消滅させていく。
初めての訓練の時より加護の付加スピードも格段に速くなってきた。
また、灯里は防護の盾も自分の意思で出したり消したりできるようになった。
…体術も訓練も嫌いではないが、ひとつ灯里には不満があった。
「風陣一の段、疾風」
ヒュンヒュヒュン
鞭のような風が空を切り裂く。白瀬の周りにキラキラと紫の加護の光が舞った。
まだ灯里は魔法に浄化の加護を付与できない。魔法に付与がしやすいのは広域浄化型なのだ。
さらに戦闘浄化型なら、自分の身体だけでなくソードや銃、ライフルに加護を付与できるのだが、灯里の加護量ではまだそれはできない。
訓練して加護量を増やすしかないので、日々訓練を積み重ねているのだが、いかんせん、灯里だけ肉弾戦なのでボロボロになる。
(ううーーん、女子が一番ボロボロってなんかちょっとどうなのよぉ〜)
— —
その日も午前中から昼過ぎにかけて訓練を行い、夕方には藍川から座学を受けつつ医療班の手伝いをして、あっという間に一日が過ぎていった。
環境保全局へ入局してから数週間。
少しずつ、この場所での生活にも慣れ始めている。
窓の外が夕焼け色に染まり始めた頃、橘が大きく伸びをした。
「よーし、今日はここまでだ。」
「お疲れ様でした!」
「お疲れ〜」
荷物を片付け始めた灯里と白瀬に、橘がニヤリと笑う。
「さて、お前ら。明日からいよいよ外に出るぞ。」
「……え?」
灯里は思わず動きを止めた。
「初任務だ。」
白瀬の瞳がパッと輝く。
「やっとですね。」
「おう。まあ、いきなり危ない場所に行くわけじゃねぇ。まずは小規模案件の同行からだ。」
灯里はゴクリと唾を飲み込む。
(……本当に始まるんだ。)
新しい日々は、少しずつ動き始めていた。
つづく




