49. 助けたい想い
「オイッ、幸人!しっかりしろ!」
橘が水瀬に駆け寄った。灯里はハッとして水瀬の上半身を抱え直し、出血部位を圧迫し直す。
水瀬が小さな声で呟いた。
「たちばな…右端のパネル…に…パスワードを入れて………ッシグナルを停止させてくれ…」
白瀬が急いで機械の右側に駆け寄る。
「入力パネルがあります!」
「……胸ポケットを見て…」
ふり絞るように、小さな声を水瀬は紡ぐ。
橘が灯里が押さえている傷口のすぐそばにある胸ポケットに指を入れると、小さなペンダントトップに手が触れた。
鈍く銀色に光る細長い長方形のそれを手に取ると、橘は驚いた声を出した。
「幸人…、お前まだコレ持っててくれたんだな…。」
「フッ、元同期からの餞別だから……。それに書いてあるよ……」
ペンダントの裏を見ると、小さな字でパスワードが刻まれていた。
橘は急いで機械に向かう。
「……ハァ…利用されていたなんてね。バカだな…僕は。」
カハッと咳き込み、水瀬の口から血が流れる。
「水瀬さん!もういいですから、話さないでください。意識だけなくしちゃダメですよ。私を見てくださいっ!」
光魔法が使えない灯里に、今できる対応は物理的な応急処置だけだ。できるだけ出血が減るように胸を圧迫し続ける。
ピッピッピッピッピッ
橘と白瀬が機械にパスワードを打ち込んでいく。
ピピッ…ウィーン……ピー。
ようやく、機械の動きが止まった。
念のため、機械の元電源も切り、完全に融合個体を作るシグナルが出なくなったことを確認する。
ふぅ…
三人の誰かが、思わず安堵の息をついた。
しかし、ハッとしたように白瀬が灯里たちに駆け寄った。
「灯里ちゃん……!水瀬さんの容態は?」
灯里は涙を溜めた目で蒼を見上げた。
「わかんない…圧迫止血してるんだけど、血が流れ続けてるの…。」
水瀬の胸部を見た蒼は、先程の光魔法にさらにもう一陣魔法陣を重ねる。
「光陣二の段、癒光」
金色の光が胸部に降り注ぐ。蒼の額からはポタポタと汗が流れ落ちた。
金色の細い触手のようなものが傷口を覆い、表面の傷がうっすらと治っていく。
シュゥゥ…と光が消えると、水瀬の胸の表面の傷は塞がった。
「こちら七班、橘。エネルギー管理局にて融合個体生成の親機を停止。繰り返す、親機を停止した。非浄化師が一名重体。医療班の応援を頼む。浄化師に負傷者なし。」
橘がデバイスを通じて救助の応援要請をすぐさま出した。
『了解、医療班をそちらに急行させます。そのほかに報告事項はありますか?』
「あぁ、負傷者は今回の件の最重要参考人だ。……絶対に死なせるな。」
『…わかりました。伝達しておきます。』
通信が切れる。
カチ、カチ、カチ、と静まり返った研究室に壁掛け時計の音が鳴り響く。
一秒、一秒がものすごく長く感じられた。
(こんなに時間って進むのが遅かったっけ…)
灯里は血まみれの手で水瀬を守るように支えていた。水瀬の身体からは力が抜け、呼びかけにも応じなくなっていた。
どれだけ時間が過ぎただろうか、長かったようにも短かったようにも思われ、時間の感覚がわからなくなっていた。
カラカラカラ
廊下を担架が走る音が耳に届いた。
ピクっと橘が反応し、急いでドアを開く。
「こっちだ!」
「お待たせしました!負傷者を運びます…!」
医療班員が担架に水瀬を乗せる。
腕に機器を巻き付け、口には酸素マスクをつける。蒼が水瀬の状態を医療班の面々へ伝えると、彼らは感心したように応じた。
「応急処置としては最善です。あとは彼の体力が持つかどうか…」
青白い顔をして意識を失っている水瀬の顔をチラッと見る。
「あとは我々が対応します。」
医療班員たちは慌ただしく担架に乗せた水瀬を運んでいった。
「灯里ちゃん、聞こえてる…?」
座り込んで水瀬が運ばれていく様子をぼうっと見ていた灯里は、蒼の呼びかけにビクッと反応した。
まるで夢から目が覚めたような感覚に、目の前の蒼が現実なのか不安になった。
「あ、あおいくん…?」
実物かどうか確かめるように手を伸ばした灯里の手を、蒼はしっかりと握り締めた。
「機械も止まったし、水瀬さんも運ばれた。もう、大丈夫だよ。」
蒼の力強い言葉にホッとしたと同時に、手の平から伝わる温かさに、ああこれは現実だとホッとする。
「水瀬さん…助かるかな…?」
蒼の手を借りて立ち上がった灯里はポツリと尋ねた。
「…助かってほしいね。」
「ああ、こんなところで死んでほしくないよ、アイツには……。」
しばらく沈黙が続いた。
沈黙のせいか、長く続いた緊張感と、戦闘の疲れが三人にどっと押し寄せる。
暗い雰囲気を一蹴するように橘は二人の背を叩いた。
「よっし!今日は俺の奢りだ!着替えてシャワー浴びたら、無限食堂で好きなモンなんでも頼め!報告書は明日だ!」
「えっ、なんでもってサーロインとかも良いんですか?」
「オー。いいぞいいぞ!残さねえならな!」
蒼が灯里にも目配せする。
「そしたら私は特上寿司にします!」
「おっ、おまえら、遠慮ねぇな!」
新人二人はクスクスと笑う。
「班長は何にしますか?」
「そうだな、俺はアイツも好きな鰻にするか…」
「班長こそ豪勢じゃないですか〜!」
三人で研究室を出る。さっきまで鉛のように重かった足が、今は少しだけ軽く感じた。
今日できることは、きっと全部やった。
だから今は、みんなで無事に帰ろう。
そしてまた明日から、一歩ずつ進んでいけばいい。
つづく




