48. 守りたいもの
灯里の問いかけに、少し逡巡してから水瀬は口を開いた。
「ねぇ、霧島さん。君は理不尽だと思わないかい?」
「理不尽…って何のことですか?」
「加護の能力があるとわかった浄化師たちは、否応なしに命懸けで"穢れ"と闘わされる。なのに、世間は穢れの存在も知らないし、浄化師たちはその功績を広く知られることもないんだ。――たとえ殉職したとしても、その働きが賞賛されることすらない。」
水瀬の声はゾッとするほど無機質で冷たかった。
「水瀬班長はテロ組織との抗争で亡くなった、と公式発表はされたはずだ…。」
橘は苦い表情で水瀬に言った。
「それだけだよ。たった一行に収まる報道だった。何を父が守って、何と戦ったのか、本当の功績を誰も知らない。」
「……それは、"穢れ"の存在を知る非浄化師が増えれば増えるほど、穢れの発生が増えてしまうからで…」
「その理由は、上層部がただ言っているだけで本当じゃないかもしれないよ?霧島さん、君はその根拠を知っているかい?」
入局後に学んだ知識について、その正しさを真っ向から問われたのは初めてだった。
灯里はなんと言っていいのか、わからなくなって口を噤んだ。
「だから、僕はね、世間に広く穢れを知ってもらおうと思うんだ。浄化師が対処しきれない強力な"穢れ"をたくさん街に放てば、"異変"は起こり続ける。多くの人間が穢れを、浄化師という存在を無視できなくなるだろう?」
「……」
「浄化師を無視できない世の中にするんだ。そのためにも融合個体を生成し続けるよ。」
水瀬の青い瞳はどんよりと暗く濁っていた。
灯里は水瀬がこの機械を灯里に嬉しそうに紹介してくれた時のことを思い出して言った。
「水瀬さんは以前、私にこの研究で辛い働き方をしている人たちを助けたい、って話してくれましたよね。」
水瀬の顔をじっと見つめて灯里は続けた。
「でも、水瀬さんがやったことは、その人たちを助けてなんかいない。苦しめてます。」
気づかないうちに目に涙が溜まっていた。
「今、外ではあなたが創り出した融合個体が浄化師たちを攻撃しているんですよ。きっと知らないですよね。恐怖を感じながら穢れに立ち向かう気持ちを、日常が壊れるかもしれないという不安を。」
ツゥ、と涙が頬を伝う。
「"日常"が大事だから、だから私たちはそれを守るために戦うんです。確かにもっと評価されても良いのかもしれない、でも、それが大切な日常を壊すのなら、評価されなくっていい。」
灯里は想いが溢れ出すのを止められなかった。
「水瀬さんのお父さんだって、大切な仲間を、息子さんのあなたが暮らす日常を守りたかったんじゃないですか?そのために戦ったんじゃないですか?お父さんが守ってくれた大切なものを、あなたの手で壊さないでくださいっ!!」
水瀬はぴたりとパネルを操作していた手を止めた。
-おとうさん、ボクも浄化師になって世界を守れるかな?-
-そうだなぁ、幸人。浄化師になってもならなくても、世界を支える一員には誰もがなれるんだよ。そういう誰かを支える人になってな。-
脳裏に父との最後のやり取りが浮かぶ。
(父さん…僕は大切なことを忘れていた気がするよ…。どんな形であれ、みんな誰かを、社会を支えていたんだったね…。)
水瀬は灯里を見つめると、微笑みを浮かべて残念そうに言った。
「君は浄化師じゃなかったとしても、きっと誰かを支える人になっていただろうね…」
そして、橘に身体を向けた。
「投降するよ、橘。まずはこの機械のシグナルを止めて…ッッ……?!」
「えっ…?」
水瀬の胸から、鋭い氷の刃が突き出ていた。スッとその刃を水瀬の後ろに立つ補助員が引き抜くと、水瀬の胸から真っ赤な血が溢れ出した。
「困るんだよね、水瀬さん。あんたの一存でコレ、止められたらさ。」
「そうそう。オマエはただの研究要員だっての。」
水瀬の補助員と思われていた二人の男たちは、胸を押さえて崩れ落ちる水瀬を見てカラカラと嘲笑った。
「浄化師サン達、悪いね。この機械、止められるわけにはいかないんだよ。ボスの計画のために。」
「お前たち、いったい何者だ…?」
橘が鬼のような表情で二人を睨みつけ、素早く火炎魔法を放つ。
白瀬もすかさず光魔法で水瀬を包むと、風魔法で橘の火の威力を増幅する。
「チッ、聞いてた話と違うな…」
「用は済んだ。撤収するぞ」
男たちの足元に、見慣れない魔法陣が浮かび上がった。
「待て!」
橘の炎が届く寸前、二人の姿は切り裂かれた空間の向こうへ消えた。
「水瀬さんっ!」
灯里は倒れた水瀬の傍らに膝をついた。白瀬の治癒魔法が傷口を包んでいる。それでも、流れ出す血は止まらない。
「しっかりしてください。絶対、絶対助けますから…!」
水瀬の父が守ったものを、今度は自分たちが守る。灯里は震える水瀬の手を、強く握った。
つづく




