5. 初訓練(前編)
橘に連れられてビルの屋上へ行くとそこにはプラネタリウムのようなドーム型のホールが広がっていた。
ホールではあるが、椅子などはなく、白いリノリウムの床と、どこまでも広がっているように錯覚を起こしてしまうような、白いお椀型の天井のシンプルな作りだ。
橘はホールの中央まで進むと、灯里達を振り返った。
「ここが訓練に使うイミテーションドームだ。」
ポツーーーーン
「……」
「え、橘さん、このだだっ広い白い空間で何するんですか?」
無言になってしまった白瀬を横目に見て、思わず灯里は問いかけた。いままで経験した学園などでの実技訓練では、木や岩など魔法をぶつける対象物があった。
でも、ここには"何もない"。
「んー、そうだなぁ、じゃあまずは白瀬、ちょっと動いてみてくれる?」
そう言って、橘は手のひらに乗る程度の、薄い紫の球体をドームの中央にある床の微かな窪みに設置した。
すると、映像が転写されたかのように、ドーム内は草原の空間になった。
「よし、じゃあいくよ。霧島はこっちで見学しよう。」
灯里と橘が中央から少し離れたところに立つと、橘が2人を覆う紫色の透明の卵形の膜を張った。防御壁だ。
「ランクB、仮想演習展開」
橘の声とともに、宙に黒い渦巻きが現れ、そこから小さめの枕くらいの大きさの黒い靄が3体飛び出してきた。
それは狐のような形をしていたが、近くで見ると目も口もなく、黒い泥が無理やり生き物の形を保っているような不気味さがあった。
3体のうちの1体がまず白瀬へ向かって飛びかかる。白瀬はそれを躱すと印を結んで唱えた。
「水陣一の段、放水」
鞭のような鉄砲水が黒い靄へ襲いかかった。
「やった!命中!」
灯里は思わず、小さな声で呟いた。
「いや、ちょっと違うんだな。よく見てみな。」
「えっ?」
橘の言葉に従い、目をやると、先程白瀬の攻撃を受けてバラバラになったはずの黒い靄が再び集まり狐の形に戻った。
「白瀬!"穢れ"にはただの魔法攻撃は効かないんだ。浄化を水魔法に付加してもう一度攻撃してみろ。魔法の陣の上に加護の膜を張るイメージだ。」
「はい!やってみます」
(浄化の付加?え〜、なにそれ、習ったことなんてないんだけど〜!)
もう一度白瀬は印を結び、唱える。
「水陣一の段、放水」
先程とは違い、鉄砲水にうっすら紫色の光が纏わり付いた攻撃が3体を襲った。
攻撃が当たった2体が消滅したが、残りの一体は巧みに攻撃を避け灯里達の方に飛んできた。
「見とけ、霧島。"穢れは"ああいう加護を付加した魔法攻撃か…」
橘は防護壁を解くと、うっすらと紫の色を纏った拳で飛んできた1体を"殴った"。
「こうやって、加護を付加した直接攻撃で倒せる。」
「…は、………ぇ?!」
そう、ただ、"殴った"のである。
(馬鹿力………っていうかなに、力技でもやっつけられるワケ?)
微塵も魔法を使っていない、これで魔法師といえるのだろうか…。なんだか釈然としない気持ちで橘を見つめる。
「ははっ、びっくりしたか?俺たちは魔法以外でも攻撃をする。だから"浄化師"って呼ばれるんだ。」
「…すみません、全部に命中させられませんでした。」
ドームの中央から白瀬が戻ってきた。
「いやいや、さすが優等生。感覚を掴むのが上手いなぁ」
「いえ、橘さんのご説明がわかりやすかったです。」
(…いや、ちょっと待って。あのなんとなくの、フワッとした説明だけで加護を魔法に付加できるとか、普通じゃないわよ…、ちっともわかんなかったけど…)
灯里はジトっとした目で白瀬を見る。
爽やかすぎる。さっきまであの"穢れ"と戦っていたのに、汗ひとつかいていない。
(……ダメだ。全然ついていけない。でも、ここで諦めたくない。)
もうすでに実力差が大きいことを感じ、灯里は肩を落とした。
つづく




