40. 発生理由
「あああ…もうペンは持てない…腱鞘炎になっちゃうよおお…」
灯里はビーフカレーを食べる手を止め、肩を落とした。
今日はほぼ丸一日魔法紙を描き続けていたのだ。
複数加護を満遍なく使える灯里にしか作れないということもあって、魔法紙の作成は灯里の必須タスクになっていた。
目の前に座る蒼も心なしか疲れた表情だ。
「僕も、今日はちょっと疲れたかな…。」
どんな厳しい訓練も楽しそうにこなしていた蒼が珍しく弱音を吐いている…。
灯里は目を丸くした。
「えっ、蒼くんが疲れるって、今日はどんな訓練だったの?」
「うーん、それがさ、分析班と防護班との合同訓練だったんだけど…」
蒼は言いづらそうに、言葉を詰まらせた。そしてそっと顔を灯里に寄せて小声で言った。
「何故か戦闘班が攻撃する直前に、予想外の方向へ走り出しちゃう人もいてさ。防護壁を張るタイミングを間違える人もいるし……。だから、味方に魔法が当たらないように気を張りっぱなしで、ものすご〜く集中力が必要だったんだ。」
「そ、そうだったんだ…」
確かに戦闘班以外のメンバーの中には、かなり運動が苦手そうな人もいる。
連携プレー、果たして灯里も上手くやれるのだろうか。蒼の疲れた表情を見て、不安な気持ちが押し寄せた。
タカン、と隣の椅子を引く音がした。
「隣、いいかな?」
「…!東雲さんっ!」
蒼が弾んだ声で東雲の名を呼んだ。
「東雲さんも、今、夜ご飯ですか?どうぞどうぞ。」
灯里もにこやかに挨拶を交わす。東雲とこうして話すのは久しぶりだ。
「ありがとう。それに白瀬くん、今日は分析班のメンバーを鍛えてくれてありがとう。」
(…ん?鍛えた…?)
おや?と灯里が蒼を見ると、東雲が意味ありげに蒼を見る。
「ふふ、クールで優しそうな白瀬くんが、あんなに熱血指導してくれるとは思わなかったって皆んなが驚いてたよ…。」
「うっ…ついつい熱が入ってしまいまして…。」
「白瀬くんの指示は、厳しかったけどわかりやすかったようだよ。おかげで動けるようになってきたって本人たちが訓練後、嬉しそうに話してくれたから。」
「あ、ありがとうございます…。すみません、ついキツく指示出ししてしまったのですが、そう受け取ってもらえて良かったです。」
たじたじと恥ずかしそうに俯く蒼がなんだか可愛く見えた。
(熱血指導…、蒼くんの新たな一面だわ…)
今度、黒崎にも共有しよう、と密かに灯里は心の中で考える。
東雲の横顔を見ると、声とは裏腹に少し疲れが見えた。
「東雲さん、少しお疲れですか?」
灯里の問いかけに、ちょっと困ったような笑みを東雲は浮かべた。
「霧島さんは、なかなか人の表情とか、気配とか、読むのが上手だね…。わかっちゃうか〜。」
インテリだがタフな東雲がこんなことを言うなんて珍しい。東雲は表情を曇らせ、静かに口を開いた。
「融合個体がね、どうやって出来ているかがようやくわかったんだ。」
「…?!」
灯里と白瀬は目を見合わせた。二人の表情から笑顔が消える。
「やっぱり、人為的に造られたものだったんだ。」
東雲はポケットからモバイルデバイスを取り出し、一枚の写真を表示した。
「僕たちは監視カメラを片っ端から解析して、融合個体が最初に現れた地点を逆にたどっていたんだ。そして、ようやく一体の融合個体が発生した現場にたどり着いて、これを見つけたんだ。」
画面には横幅一メートルほどの黒い箱が置かれていた。
(あれ…?これどっかで見たことがあるような形…どこで見たんだっけ?うーん。気のせいかな?)
灯里は見覚えがあるような気がするその黒い箱をじっと見つめた。
「この黒い箱を分解してみた結果、なんらかのエネルギー刺激を与えて、引き寄せた複数の穢れを融合させたことがわかったんだ。…ま、使い切りの機械みたいで、肝心なところは壊れていて原理まではわからないんだけど。」
「でも、この機械が見つかったってことは、誰かが故意に融合個体を作り出しているってことですよね?」
白瀬が厳しい顔で呟いた。
「…うん。だから、これはただの"穢れ"との戦いじゃなくなった。その背後にいる人間との戦いになってしまったんだよ…。」
「そんな…。」
灯里は続く言葉を見つけることができなかった。人を守るために浄化師は戦うのだ。
それなのに…人と戦うことになるなんて、灯里は今まで一度も想像すらしていなかったのだった。
つづく




