37. 元同期の二人
「よっ、おはよう。」
「おはようございます…。なんか、橘さん、いつもより気合い入ってません?」
寮のロビーで落ち合った橘は心なしかいつもよりギラギラしていた。
「これか?」
橘が胸元の徽章を指先でつまむ。
普段の橘は白い制服だけをきっちり着こなしているが、今日は胸元にいくつもの徽章が並び、金縁の腕章まで身につけていた。いつもより正装に近い装いだ。
「あー、今日はさ、長物の武器を身につけられないだろ?だから、なんかあった時、加護を込めてこいつらを投げようと思っててさ。」
…相変わらずの脳筋発想である。しかし、エネルギー管理局に行くだけなのに、そんなに警戒する必要があるのだろうか…。
いや、あるのだろう。
灯里はふっと目を伏せた。
最近の融合個体の増加、東雲の張り詰めた様子。
自分の知らないところで何かが起きている。そんな予感だけは、ずっと胸の奥にあった。
「いや、綺麗なんですから、投げないでくださいね!」
灯里が軽いつっこみで返すと、橘は灯里が察したことを理解したように、片目をつぶり、軽く頷いた。
二人での移動は、朝の散歩気分で楽しかった。
雨上がりの街路樹には色とりどりの紫陽花が咲き、柳はまだ若々しい緑の葉を風に揺らしている。その景色を横目に、二人はエネルギー管理局へ向かった。
エネルギー管理局に到着すると、橘は手慣れた様子でタッチパネルで受付を済ませた。
灯里は借りているカードキーを取り出し、二人で生成部門のあるフロアへ向かう。
(…本当に橘さん、ここの元職員だったんだ。)
タッチパネルを迷いなく操作する姿を見て、灯里は思わず口元を緩めた。
なんだか、この整然としたオフィスに橘がいる光景だけは妙にちぐはぐだ。
「なんだよ、『似合わねぇな』って顔してるぞ。」
「だって、橘さんだけ筋肉の圧がすごいじゃないですか。」
橘ほどムキムキな職員はこのフロアに見当たらない。
東雲ならこの空気にも馴染みそうだ。
……いや、想像してみるとそれも違う。
環境保全局の面々は、結局みんな個性が強すぎる。
そんなことを考えていると、フロアの奥からやってきた水瀬と出会った。
「おはようございます!」
「おはよう……って、えっ?橘?!」
いつも穏やかな表情の水瀬が驚いたように目を見開いた。
「おう、久しぶり、幸人。」
「久しぶり。元気だった?保全局へ異動したあと、君が古巣に来ることなんて滅多にないから、驚いたよ。」
「あ〜、ちょっとこっちで急ぎの業務が発生しててさ、研修、早めに切り上げられないか相談に来たんだよ。」
水瀬は灯里に目線を向けたあと、灯里たちの後ろからやってきた白瀬を見た。
「…ふぅん。まだ入局して間もない人員を早く使いたいなんて珍しい話だね。よっぽど環境保全局は人が足りないのか…それともよっぽど彼らの能力が貴重なのか…。」
「えっ、そんな大げさな……。」
やや焦り混じりに灯里が橘に声を掛けると、橘はちょうど灯里たちのもとに到着した白瀬の肩をガシッと引き寄せた。
「ま〜、白瀬は即・戦・力ではあるな!」
「うわっ!橘さんっ?あれ、なんでここに?…それに、一体なんの話ですか?!灯里ちゃんは知ってるの?」
急に橘に抱き寄せられて目を白黒させる白瀬を見て、水瀬はふっとため息をついた。
「白瀬くんにも今初めて伝えたんだね。これだけ急に研修を切り上げるってことは、本当に緊急か…。仕方ないな、今日一日引き継ぎをしてくれたら研修は終了にするよ。」
「悪いな〜幸人。迷惑かけてばっかで。」
「本当、急な研修の受入依頼にしてもさ、環境保全局はい!つ!も!、無理がまかり通ると思っているよね。まぁ、今回は欠員分の作業をやってもらったから助かったけど、次の人員配属までまた数日空いちゃうよ…。」
水瀬は眉を下げて笑う橘を見て、ため息をついた。
(……こういうとこよね。)
灯里は環境保全局に良い噂がないのは、わずかしかない外部との対応にも理由があるような気がした。
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引き継ぎ用に大量のデータを格納したり、さらに黒崎とのお別れランチに花園が急に合流してきたりと、研修の最終日はあっという間に過ぎていった。
そして、研修でのフィードバックのため、水瀬と一対一の面談をその日の最後に行うこととなった。
「水瀬さん、お忙しい中、丁寧にご指導いただきありがとうございました!」
灯里は会議室に入ると、水瀬に頭を下げた。
日々、研究や実務で忙しい中、何ひとつ嫌な顔をせずに対応してくれた水瀬に感謝してもしきれない。
「霧島さん、こちらこそありがとう。霧島さんのおかげで手をつけられていなかったデータが整って、本当に助かったよ。」
水瀬はにっこりと微笑んだ。
「それに、君はあまり自分の能力を評価していないようだけど、こういう単純な事も最後まできちっとやり切れる力は大事な力だよ。君のそういう粘り強さはこれからも大切にしてね。」
あたたかい言葉をかけられ、灯里は水瀬の目を見つめた。
「はいっ!ありがとうございます。そんなふうに言っていただけて、少しだけ自信がつきました。」
「君は自分を過小評価しすぎだよ……」
水瀬は寂しげに目線を窓の外へやった。
朝は綺麗な青空が広がっていたが、今は曇天で今にも大粒の雨が降ってきそうだ。
「霧島さん、君なら環境保全局以外でもやっていけると思うよ。あそこが辛かったら、僕が他の局への推薦状を書くよ?」
「…えっ?」
「僕はさ、たかが仕事に、命なんて賭ける必要はないと思うんだ。特に、君みたいに将来有望な女の子が…。
ねえ、環境保全局で働いてて、辛くないかい?」
心配げな瞳と灯里は目が合った。彼の水色の綺麗な瞳は揺れ動いていた。
「うーん、辛いかと言われれば、仲間が傷つくこともあるので、辛い時もあります。でも…」
灯里はしっかりと水瀬の目を見つめた。
「救える可能性が少しでもあるなら、私は人を助けたいです。私のように独りぼっちになる人を、少しでも防ぎたい。」
「……評価されなくてもかい?」
「はい。だって、評価って何かと何かを比べるものでしょう?助けたい、守りたいっていう私の気持ちは誰とも比べることはできないから、評価される必要はありません。」
揺らぐことのない強い眼差しが水瀬の瞳を射抜く。
「そっか。流石だな、これが持つ者か…。」
ボソッと呟いたその言葉は灯里には届かなかった。
「変なことを尋ねちゃってごめんね!霧島さん、優秀だから、他にもどこででもやっていけそうだなって思ったんだよ。」
水瀬は取り繕うように笑うと、灯里にサインをした修了証を渡す。
「どうか、元気でいてね…。」
「ありがとうございます!はい!水瀬さんもお元気でいてください!」
灯里は笑顔で水瀬から修了証を受け取ると、部屋を後にした。
廊下を歩くと、雨が降り出したことに気がつく。
「あれ…降ってきちゃった。」
どうせなら帰りも晴れていて欲しかったな、と肩を落として灯里はエネルギー管理局の出口へと向かった。
つづく




