36. 静かな違和感
水瀬の研究を見せてもらってからも、水瀬の態度は変わらなかった。
白瀬が出勤したあとは、二人でデータを確認し、水瀬へ報告する。
水瀬は穏やかに頷くだけで、業務のこと以外は何も話さなかった。午後も昨日と変わらずデータ整理が続き、気づけば一日が静かに過ぎていた。
朝のあの二人だけの時間で、彼と距離が縮まったように感じていただけに、灯里にはかえって水瀬の態度が他人行儀に思えた。
その日の夕方、無限食堂で夕食を摂っていると、久しぶりに橘と長谷のコンビと顔を合わせた。
「よっ、霧島。エネルギー管理局ではどうだ?そろそろ俺たちが恋しくなってきたんじゃないか?」
笑いながら橘は灯里の隣に腰掛けた。
「アカリ〜ン、早く戻っておいでよ。外回り、橘さんとばっかでつまんないよ〜。」
「おいっ、俺と一緒でつまらないこたないだろ、長谷〜。」
賑やかな二人の姿に、ああ、これがいつもの環境保全局だ、となんだかホッとした。
「白瀬くんのおかげで、任されてるデータ整理は予定より早く終わりそうですよ。」
「おっ、それは良いニュースっスね!班長!」
「そうだな。霧島、実は最近、融合個体の件もあって人手が足りなくてな…。
新しい検知器の設置と、浄化とでみんなフル稼働なんだ。」
「えっ、そうだったんですか?そんな時期に外での研修を受けさせてもらって、ありがとうございます。」
「いや、これを受けとかないと研修修了通知が出せないから、気にするな。」
ふぅ、と息をつくと、橘は運ばれてきた肉うどんに箸をつける。
灯里も天丼の大海老を咀嚼する。海老のプリっとした身の食感がたまらなく美味しい。
「アカリンはあんまし麺類食べないの?」
ズルズルっとカレーうどんを啜りながら長谷が尋ねた。カレーの黄色い汁が白い制服に飛びそうだ…。
「いえ、麺類も好きなんですけど、今日、お昼にパスタを食べてしまって…。」
「ああ、エネルギー管理局のレストランフロアにあるパスタ屋だろ?あそこ美味いよな。」
「橘さん、よくご存知ですね?」
「おう、まぁ短かったけど、俺、最初の配属はエネルギー管理局だったんだよ。」
「えーーっ!班長、頭良かったんすかー?!」
「オイ、長谷、お前どういう意味だ!今でも頭良いだろうが!」
「どっからどー見ても、班長、オレ寄りの体育会系じゃないっすかー!」
二人のコントのようなやり取りに、灯里はますますホッとしてしまった。
なんだかんだ、慣れない職場での研修に疲れていたのかもしれない。
「私たちを指導してくださっているのが、水瀬さんっていう方なんですけど、橘さん、ご存知だったりしますか?」
「水瀬……?」
橘は一瞬だけ箸を止めた。
「……ああ、水色の髪の水瀬幸人で合ってるか?」
「はい!幸人さんって言うんですね。下のお名前。」
「おう。俺と名前が似てるから、入局当初はハルト・ユキトコンビ、なんつって結構絡んでたんだよな〜。嫌がられてたけど!」
なにかを吹っ切るように、橘は明るく笑った。
「ちょっ、班長…水瀬って…20年前のあの件の息子さん…ですよね?」
一方、長谷はやや焦ったように声を落として橘に問いかける。
「…大丈夫だろう。霧島も白瀬もちゃんと箝口令の規則は守ってる。」
チラリと橘は灯里の制服のエンブレムに目を遣る。
局員が箝口令がかかっている内容を権限なく口外すると、このエンブレムが赤色に変化し、本部へ通知がいくのだ。
「とはいえ…水瀬か。あいつ自身は問題ないだろうが、こんな時期だ。早めに研修を切り上げた方がいいな。霧島たちに何かが起こらないとも限らん。」
「そうっすよ!こっちも人手が足りないですし、戻ってきてもらいましょうって!」
危機感を持って話し合う二人の様子に、灯里は不安な気持ちになった。
「霧島、実は今、戦闘班以外の一部のメンバーも一緒に現場に出て、対融合個体の連携任務に当たれるように訓練をしているんだ。」
えっ、と灯里は目を見開いた。それは、非戦闘員の分析班や防護班も現場に出ているということだ。
うーん…。いかにも研究者です、というヒョロヒョロした分析班の面々の顔が思い浮かぶ。
彼らが、あのハードな訓練を受けられるのだろうか…。
心配だ…。
「霧島の新しい魔法紙も、実践に多く配備したいと考えててな、できれば早めに研修が終えられるとありがたい。」
「わかりました。魔法紙、またたくさん作製します!」
「明日、俺も研修に同行して、スケジュールのことを水瀬に直接相談してみるな。朝、下で待っててくれるか?」
「はいっ!よろしくお願いします。」
思ったより早く他省庁研修は終わりそうだ。
研修後に待っているたくさんの業務が不安だが、またすぐに戦闘班に戻れると思うと心が温かくなった。
つづく




