35. エネルギー研究
「おはようございます!」
エネルギー局での研修も早くも一週間が過ぎた。
灯里と蒼は、水瀬の業務の一部である収集データの整理や記録の手伝いを行なっている。
ひと月前に一人、局員が移動してしまい、単純業務が溜まっていたそうだ。白瀬の効率的な指示により、未処理データの7割の対応が完了した昨晩は、水瀬に感謝されっぱなしだった。
(エネルギー局の仕組みも学べたし、役にも立ったし、この研修、もう満点なはず!)
テストを受けたり、ハードな訓練をする必要のない平和な日々に、灯里は感動していた。
いつ出動要請がかかるかと緊張感を持って過ごす、環境保全局では味わえない平穏さである。
「おはよう、今日はいつもよりずいぶん早いね。」
朝早くから出勤していた水瀬が、デスクから顔を上げて灯里に微笑んだ。
「実は昨晩、早くに寝過ぎてしまって…。二度寝もできなかったので、早く来てしまいました!
…何か、お手伝いできることありますか?」
「そっか、そういう日もあるよね。うーん…お手伝いしてもらうことは…今はないかなぁ。」
飲んでいたコーヒーを机に置き、あ、と水瀬は声を上げた。
「もし、よかったら、僕が副業務として実施してるエネルギー融合の研究室、見てみるかい?」
「えっ!いいんですか?是非!見せてください!」
水瀬はエネルギー変換効率の研究解析をメイン業務にしていた。それだけでも忙しそうだったのに、もうひとつ、研究をしているなんて凄いなと灯里は感心する。
早朝ゆえに、人気の少ない、しん、と静まり返った廊下を二人で歩いていく。
「水瀬さん、もうひとつ研究をされているなんて凄いですね。」
灯里の褒め言葉に、少し水瀬は表情を曇らせた。
「…ほんとはね、僕はこの研究をメインでやりたかったんだけど、予算が下りなくて。今のメインスポンサーとなってくれる人が現れるまで、なかなか進展しなかったんだよ。
でも、ようやく動き出したんだ。」
研究室のドアを開き、パチリ、と水瀬は電気をつけた。
「わぁ…!」
奥に大きなガラスのショーケースがあり、その周りに太いダクトが何本も繋がっている。
ショーケースの中には黒い機器から黄色いビームのようなものが出ていて、赤い球形の渦巻きと、青い球形の渦巻きに刺激を与えていた。
さらに、超高速処理ができるような大型の機器や、モニターがいくつも並び、何かを計算している。
まさに"未来の最先端研究"という雰囲気で、灯里は眼を輝かせた。
「すっごい機械...! 確かに、これはお金がかかりそうですね…」
何をやっているかわからないが、凄そうなことだけは感じ取れた。
「そうなんだよ、なかなかニッチで成功確率が低い研究には予算が下りなくてね。でも、僕はこの研究で、辛い働き方をしている人たちを助けたいんだ。
きっと、環境保全局の分析班だったらすぐに予算がもらえるんだろうけど…やっと、やっと今、ここまで進んだんだ。」
「おお!そんなに頑張って続けていたっていうことは、それだけ諦められない研究なんですね。
…ってあれ?水瀬さん、環境保全局のこと、お詳しいんですか?」
分析班の話が出たことに、灯里は小さく首をかしげた。
「あぁ、亡くなった父が昔、環境保全局に勤めていたんだよ。それで今も少し、環境保全局から発表されている研究論文とかを読んでいるんだ。」
「あっ…そうだったんですか…。水瀬さんのお父さまのこと、知らずにこんなこと聞いてしまってごめんなさい…。」
「いやいや、気にしないで。もう20年も前に亡くなったから。まぁ、父ひとり、子ひとりっていう感じだったからそのあとは少し大変だったかな。」
水瀬の心の深い所に立ち入ってしまった罪悪感が、灯里の心に生まれる。
その感傷的な雰囲気につられて、つい、いつもはしない自分の話をしてしまった。
「…私も母子家庭だったんですけど、9年前に突然、母を亡くしました。事故だったので、母が亡くなったあとは、名前も顔も知らない後見人がついてくれて、一応、お金には困りませんでしたが、やっぱり寂しかったです。」
「うん…。やっぱりさ、寂しいよね。何年経っても。」
水瀬が眉を下げて、寂しげな微笑みを浮かべる。
「はい。何年経っても、母がいた時の僅かな記憶を思い出して縋りたくなりますね。」
灯里もポツリと本音を漏らす。
しばらく二人の間に沈黙が落ちた。
脳裏に、白瀬、橘、長谷、藍川、東雲、咲良、恭弥…環境保全局で出会った人たちの顔が浮かぶ。
「…でも、今は新しく出会った人たちとこれからの未来を築いていきたいなって思ってるんです!だって、私たちは"今"を生きているから。」
ニッコリと水瀬に笑いかけた。
「そういう考え方、僕にできてたらな……。」
「えっ?」
水瀬の言葉が聞き取れず、聞き返したが、水瀬はなんでもないよ、と被りを振る。
そして、彼は眩しいものを見るかのように目を細めて灯里を見ながら微笑んだ。
つづく




