18. 融合個体
東雲は携えていたタブレットへ視線を落とし、素早く操作しながら目の前の穢れを見据えた。
「今まで見たことのない波形の周波数だ、それにこの形態の穢れも見たことがない…。
なるほど…。周波数が複数重なっている。だから通常の探索に引っかからなかったのか…」
そう呟くと、ゆっくりと印を結ぶ。空中に紫色の魔法陣が幾重にも展開された。
「闇陣二の段、分解」
紫色の粒子が穢れへと絡みつき、黒い身体の一部が砂のように崩れていく。しかし穢れのすべてを分解することはできない。
東雲は少し考えてから灯里に言った。
「霧島さん、あとその防護壁はどのくらい保ちそう?もう応援要請はしたね?」
「…っはい、しました。防護壁は……あ、あと5分くらいならなんとか…」
灯里は力を振り絞って答えた。気を抜くと防護壁がすぐに壊れてしまいそうだ。
「5分あれば応援が来るだろう。致命傷は与えられないけど、穢れの攻撃を防ぐ程度には僕は戦えるから、もうちょっとだけ耐えてくれる?」
東雲は穢れの脚へ、浄化効果を付与した分解魔法を重ねていく。
少しずつ脚が細くなり、穢れはバランスを崩していった。
タッタッタッタッタッ…
軽快な足音と共に黒い影が頭上を飛び越えた。
「ハァッ!」
「橘!首の後ろが弱点だ!」
ザンッッッ
橘が大振りの剣を穢れの首元に振り下ろした。
すると東雲の攻撃でバランスを崩していた穢れは、その形を留めていられなくなり、灰となって消え去った。
灯里はその光景を見て、張っていた防護壁を消すと、膝から崩れ落ちた。
女の子が灯里の首にしがみついて泣く。
橘が灯里の頭に手を置いた。
「霧島、待たせて悪かったな。よく持ち堪えてくれた…。」
「あ、、東雲さんが来てくださったから…どうにか。」
東雲が居合わせてくれなかったらどうなっていただろうか…。
今になって全身の力が抜けていく。
心臓はまだ激しく脈打っていた。
(……怖かった。)
助かったという安心感と恐怖が一気に押し寄せ、灯里はすぐに立ち上がることができなかった。
「東雲、ありがとう。それにしてもお前と現場で会うなんて、珍しいな。いつも本部ビルに引きこもってるのに。」
「…引きこもってない、本部にいるのが僕の仕事だ。今日は複数個体が発生したというから、モニタリングをしていたんだ。
そうしたら繁華街に設置している周波数探知器から、見たことのない変な波長の異常値が検出されてさ。機器が壊れたのか、それとも他に原因があるのかを確認しに来てたんだよ。」
そこへ白瀬や千景が走ってやって来た。
「灯里ちゃん!大丈夫?!長谷さんを本部に運ぶための車、連れて来たよ。」
千景は心配そうな顔をして灯里を見たあと、長谷の応急処置を始めた。
「霧島さん、無事でよかった…。」
ホッとした表情で、白瀬が眉を下げながら灯里を見つめた。
灯里はその真っ直ぐな視線に、瞳をパチパチさせた。
ハッとした白瀬は、少し照れくさそうに視線を逸らすと、しゃがみ込み、灯里にしがみついていた女の子へ優しく声をかけた。
「大丈夫?もう怖くないよ。」
女の子は恐る恐る顔を上げた。
そして、白瀬の整った顔を見ると、少しだけ目を丸くした。
「……お、お兄ちゃん、かっこいい…。」
「えっ。」
突然の言葉に白瀬が珍しく固まる。
橘が吹き出した。
「ははっ!よかったな、白瀬。ファン第一号だ。」
「……そういうの、今いります?」
「いるいる。」
そんなやり取りを見ていた灯里も思わず笑ってしまった。
さっきまで張り詰めていた空気が、少しだけ柔らかくなる。
すると女の子は、今度は灯里の方を見た。
「お姉ちゃん、すごかった…。」
「え…?」
「ずっと守ってくれたもん。助けてくれてありが
とう。」
灯里は思わず目を丸くした。自分では必死だっただけだ。
怖くて、震えていて、今にも泣きそうだった。
でも…。
「……ありがとう。」
そう言って女の子の頭をそっと撫でた。
すると橘が笑った。
「お、初めてのヒーロー活動だな、霧島。」
「ひ、ヒーローなんかじゃないですよ…。」
「いや、立派なもんだろ。」
その言葉に灯里は少し照れ臭そうに笑った。
すると東雲がタブレットを見ながら真面目な顔になる。
「でも、今回の件は少し厄介かもしれない。」
全員の視線が東雲へ集まった。
「今日の穢れのように周波数が複数重なってできた形態はみたことがない…まるで穢れ同士が融合した個体のようだ…。もし偶然じゃないなら、何か別の要因がある可能性がある。」
「……融合個体とでもいうのか…?」
橘が表情を引き締める。
東雲は小さく頷いた。
「少し調べてみるよ。」
すると橘がパンッと手を叩いた。
「よし!詳しい話は帰ってからだ!まずは負傷者の搬送が先!」
「そうですね。」
「はーい。」
「あ…はい!」
慌ただしく動き出す先輩たちを見ながら、灯里は小さく息を吐いた。
(……よかった。本当に、みんな無事で。)
そんな灯里の隣で、白瀬がボソッと呟いた。
「霧島さんって、意外と無茶するよね…。」
「え?」
「……いや、なんでもない。」
そう言って少しだけ笑った。
つづく




