15. 苦手な業務
浄化報告書、経費精算書、備品申請書…。
パソコンの画面いっぱいに並ぶ書類たちを前に、灯里は深いため息をついた。
研修で教わったし、メモもある。それなのに、こういう細かい事務作業だけは昔からどうにも苦手だった。
同期の白瀬はというと、元学年一位の優等生らしく、すでに全て終わらせて帰り支度をしていた。今日は久しぶりに従兄弟が家に来るらしく、いつもよりウキウキしている。
(なんで同じ新人なのにこんな差が出るんだろう…)
明日の朝10時までに分析班と経理へ出さないといけない書類達である。灯里は再びパソコンを前に項垂れた。
「霧島さん、煮詰まってる?大丈夫?」
斜め前のテーブルに座っていた風間千景が心配して見に来てくれた。
「風間センパ〜イ、全然報告書が書けませぇん!」
灯里は千景に泣きついた。
「わかるわぁ、浄化だけしてお終い!だったらこの仕事ももっと楽なのよね。私はいつもテンプレの文に嵌めて書くことにしてるの。良かったら共有しようか?」
天使だ!天使がいる!!!
灯里はものすごい勢いで頷いた。
「そんな貴重なもの、い、いただいて良いんですか?!ありがとうございます!!!」
「いいよ、全然。これが終わらなくて寝不足になって、明日の現場で怪我でもしたら、それこそ本末転倒でしょ?」
千景が手取り足取り教えてくれたおかげで30分ほどして、書類の提出を終えることができた。
(社会人になるとこうもテキパキといろいろなことが処理できるようになるのだろうか…)
なんとか終業時間ギリギリに仕事が終わり、灯里は胸を撫で下ろした。
「すみません、お時間いただいてしまって。私、なんていうか要領悪くって…」
と灯里がしょげて謝ると、
「え、全然だよ。むしろ30分でまとめ上げられたところが凄いよ〜。私なんて新人の頃、橘さんに毎日のように書類作成の居残り指導受けてたもの。
大雑把そうに見えて橘さん、なんだかんだ書類もサクサク作れるのよ。あの人、現場も事務仕事も全部そつなくこなすタイプなの。意外じゃない?」
コツを掴めばかーんたん!最初はちょっと大変だけどね、と千景は笑った。
「霧島さんって寮に住んでるんだよね?わたしも寮なの。良かったらこのあと一緒に無限食堂で夕ご飯を食べない?」
初めて歳の近い先輩にご飯に誘われ、灯里は嬉しくなった。
「はい!風間先輩も寮だったんですね!是非ご一緒させてください。」
訓練中は橘や指導してくれた医療班の藍川と一緒に食事を摂ることもあったが、皆忙しく、だいたいひとりで食べていたのだ。
誰かとご飯を一緒に食べられることが嬉しくて、灯里は心の中でよっしゃ!と拳を握った。ひとりご飯はなかなかに寂しかったのである。
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灯里達は無限食堂について、各々注文用タブレットを手に取った。
今月は“罪深い味"の効果がかかっており、ローカロリーに作られたバターカレーでも、ものすごくコクのある味がするのだ。
ラーメンもいいし、ハンバーグもいいなぁ、と悩んでいると、千景はもう頼んだようで、灯里のメニューを覗き込んでいた。
「悩んでるわね〜若者よ。わたしはもう曜日でメニュー固定してるよ。3年もいると一通りのバリエーション食べちゃったし。でも週替わりメニューはバラエティに富んでて美味しいわよ。」
おすすめされた週替わりのパッタイを灯里は選び、タブレットを閉じた。
料理ができるまで暫く待つ。そこで、灯里は思い切って千景に質問した。
「…あの!風間先輩、失礼なんですが、もし宜しければ、先輩のお歳を教えてもらえませんか?皆さんの年次と年齢が全く把握できなくて…」
魔法学校を出て直接入局したのは灯里たちがほぼ初めてであり、殆どの職員は他の省庁で数年経験を積んでから環境保全局にやってくる。
「ん?いいよ?私は今年で23かな。因みに橘さんは31って言ってたよ。班長の中では若い方。あとまだ組んだことないだろうけど長谷さんは24歳だよ。25歳くらいまでが若手ゾーンかな。」
意外とあっさり教えてもらえてホッとする。千景は続けた。
「あ、それと、私のこと"千景"でいいよ。わりとここはフランクでみんな下の名前で呼んでるから。」
「い、良いんですか!ありがとうございます。千景先輩!私のことも良ければ"灯里"って呼んでください!」
「ありがと、じゃあ灯里ちゃん、って呼ぶわね。それともアカリンがいい?」
「灯里でお願いします…」
そんなに陽気なキャラではないはず…アカリン呼びはちょっと長谷さんくらいに留めておきたい…と灯里は心の中で呟いた。
「千景先輩は環境保全局にくる前はどちらにお勤めだったんですか?」
「あ〜〜、えっとぉ、生態循環局にいたのよぉ。あの癒し系が多いところに。」
「農業とか水資源の保全とか、森林保護や食糧供給をメインに担ってるところですか…?」
「そうそう!木属性だから、そこに配属されちゃったんだけど、あの森ガール的な人達と合わなさすぎて…。森林を回っているときに穢れを見つけて報告書に書いたら、他の人はおんなじものが見えないし、変な奴扱いされちゃってね。報告書を見た上司の上司がここに移動させてくれたって感じ。」
そう、"穢れ"は魔法師であっても浄化の加護が全くなければほとんど感知することができないのだ。
魔力が強ければ、加護を微弱ながら持っていることがあり、穢れを視覚的に捉えることができる。しかし、そういう魔法師は五大魔貴族など濃い血筋にしかいない。
(合わない職場だと辛いだろうな…)
「ま、何かあったらなんでも聞いて!私にとってはここの環境は最適だからさ〜」
「はいっ」
(みんなそれぞれ色んな過去の上に立っているんだ。)
そんなことを思いながら寮へ戻る灯里の端末に、一件の通知が届いた。
『明日 8:00 集合 第七班 緊急任務あり』
「え…?」
灯里は思わず画面を二度見した。
つづく




