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16) 人は財産



「あああ……これはもう罰ゲームみたいなもんだな。いやズバリ罰ゲームだわ!」


 初夏のカラッとした風が前髪と鼻先を擦りながら通り過ぎて行く。ラルフレインは何故か、クレアモントバリー城の外側に広がる草っ原で、大の字になって寝転んでいる。

 高地特有の真っ青な空の下、右から左へと足早に去って行く雲を瞳に映しながらも、その表情は苦々しい。大自然のスペクタクルを体感している割には、なかなかに雑念に身体を縛られていたのである。


「これ……一体どうすりゃいいんだよ?おかしいと思ったんだよ!建物はバラックだし道は雨降るたんびにぬかるむし、良くある異世界アニメのレンガに石畳の街並みなんか皆無だよ!そうなんだよもっと古いんだこの世界は、中世なんて言葉も当てはまらないような古代の終わり頃の時代なんだ!」


 ラルフレインがそう恨み節を呟くのも無理は無い。彼が当たり前のように育って来たこの世界を、思い出した前世の記憶を元に考察を重ねると、あまりにも文明が未熟である事が見えて来たのである。


「先ずメートルもセンチも存在しない!名前が違うとしても、そもそも長さの単位が確立されてない!“だいたいこれくらい”で物を作るし、原器も存在しない極めてアバウトな時代。つまりは角度も出せないから、全てが適当……それが今俺がいる世界なんだ」


 クレアモントバリー城を囲む予定の城壁はおおよそ二百メートルぐらいか、城の北側から西南側に向かって建てられてはいるのだが、見れば見るほどにこの時代の建築技術がいかに未熟なのかが垣間見れる。

 城壁の高さはおよそ四メートルから四メートルほどあるものの、ただただ平べったい石を積み上げただけの代物(しろもの)。石と石の間に緩衝材としての役割を持つ泥や砂を詰める訳でも無く、単に積み上げただけの本当に簡素な壁。(さい)の河原で子供たちが積み上げて、それを鬼が蹴っ飛ばして軽々と粉砕する程度の、みすぼらしい城壁であったのだ。


「やりようはある。土木施工の資格を持たず、現場代理人にもなれなかった総務部安全担当でも、知ってる知識を活用すれば、あんなバカ貴族たちから侮辱を受ける事も無くなるはず。古代エジプト345の法則を使えば直角三角形が作れる。そうなれば正方形も作れるし、そこから正三角形……そして円も描けるようになる!」


 草っ原に大の字になっていたラルフレインは、いつの間にか上半身を起こしている。視線は大空から水平に、作業員として集められた奴隷たちへと移っている。ラルフレインの補佐役として指名されたホルンガッハ子爵と新進のルーデンフェリド子爵が連れて来た農奴ではなく純粋な作業奴隷だ。今日は作業着手の前段階として、作業現場周辺に奴隷キャンプを作るためこの地に送り込まれたのである。

――だがこの光景がまた、ラルフレインをゲンナリさせていた――

 奴隷の数は約三十人。ホルンガッハ子爵が連れて来た奴隷が二十五人でルーデンフェリド子爵が連れて来た奴隷が五人。戦争捕虜や農奴階級社会から逃げ出した脱国者がほとんどなのだが、数名の亜人や獣人の姿もある。それら奴隷をホルンガッハ子爵の一族やルーデンフェリド子爵の子弟たちが囲んで監視しているのだが、これから肉体労働を課すべき全ての奴隷が、骨が浮き出るほどに痩せこけていたのだ。


「何が奴隷の数は貴族のステータス、だ!何が奴隷は死ぬのが仕事。死んだら補充すれば良い、だ!ふざけんじゃねえよ」


 このセリフは、弱りきった奴隷を目の当たりにしたラルフレインが、ホルンガッハ子爵とルーデンフェリド子爵に問い質した時に帰って来たセリフだ。農奴や労務奴隷は全て消耗品であると言う感覚は、この世界の貴族社会においては当たり前の感覚であり、それが証拠に労務の季節が来ると当たり前のようにあちこちから奴隷商人が現れては奴隷オークションが開催されているのである。


「そりゃあさ、剣と権力だけが全てを決する時代でさ、平和だの人権だの人道なんて何ら価値の無い概念かも知れないけど……」


 ラルフレインの瞳に力が宿る。こらえられない壮絶な怒りが発火点となり、メラメラと黄金色に燃え上がった決意の色だ。


「人は財産、人が力の源、人こそが成功の鍵なんだ。奴隷社員、社畜……俺がその悲しみを経験して来た俺だからこそ、ここで変えても良いんじゃないか?」


――具体的にどうすれば良いだろうか?いや、その方法は自分自身に答えがある。それこそ安全管理担当だった嫌われ者の俺だけが出来る術だ。命を大切にしながら最も効率良く目的を達成出来る、それが今発揮出来る俺だけのスキルなんだ――

 後の世に、ラルフレイン・オーストレムではなく、“ラルフレイン・バーンズ”又は“人道王ラルフ・バーンズ”と呼ばれる少年。その第一歩がたった今踏み締められたのかも知れない。まだ不確定要素が山のようにあり、前世の予知夢についての謎も解明出来ていないのだが、それでも、それでも彼は一歩ずつ栄光への階段を登り始めた事に変わりは無い。

 “見てろよ毒親父、そして毒義母に毒妹。さらにコイツらを調子付かせてる取り巻きのゴマスリ野郎ども。腐った貴族がどれだけ社会変革の妨げになっているか、身をもって教えてやる!”

 決意を固めて立ち上がり、奴隷キャンプに向かって歩き出したラルフレインの(きびす)には、一切の迷いなどなかったのだ。



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