14) 激痛の最善手
(あれ?おかしい!正解が見当たらない!)
空気が固まったかのようなとてつもなく流れの遅い時間の中、意識だけが暴走しているラルフレインは必死で答えを導き出している。
ただ、あらゆる危険性を事前に察知し、その危険性の重篤化を見極めランキング化し、解決の優先性を明確化したはずなのに、ラルフレインは窮地に陥っていた。
【何故ならば、命の危険を回避するだけの選択肢が見つからないからだ】
(やばい、やばい、ヤバいヤバいヤバい!どの選択肢を選んでも悲惨な結末しか待っていない!どれだ、どれが最善手なんだ)
まるで赤色やオレンジ色に彩られたモザイク画、もしくはパソコンのドット画のような鮮やかさで脳内に展開される視覚化された無数の選択肢。ラルフレインは無限に湧き出すその選択肢を刹那の瞬間に吟味しているのだが、この段階において背筋に冷たいものが走っていた。そう、選択肢のどれもこれもが悲劇的な結末を迎えていたのだ。
(リスクアセスメントは緊急性や重篤性から五段階の数字で表すのが通例だが、これは分かりやすく色で分類されている。死亡事故につながる可能性が高く、緊急で改善策を講じる必要がある一番リスクの高い選択肢は赤。そこから色はオレンジ色に変わり黄色に落ち着いて行く。死亡事故に繋がらなくとも、重大な事故から治療日数を必要とする怪我まで)
腰の剣に手をかけた辺境伯は、この段階でまばたきを一回。ラルフレインとあと五メートルほどの距離にまで迫っており、いよいよ剣を抜いて斬りかかれるば、彼の命に関わる重大な局面へと移っている。
(不幸中の幸い!それでもかすり傷程度で!……そんな選択肢が見当たらない!擦過傷や切り傷程度の薄黄色。いや、この際打撲や捻挫あたりの黄色でもいい。無いのか!無いのかっ!)
恐慌、まさにパニック。これだけの選択肢があるにも関わらず不幸な未来のビジョンしか見えない自分に、ラルフレインは焦りを通り越して怒りすら覚えていた。
だが、この期に及んで希望の女神が微笑んだのか、ラルフレインに差し伸べられた救いの手が現れる。脳内に広がる赤とオレンジのモザイク模様の“絨毯”のすみっこに、小さな黄色のドットを発見したのだ。
(えっ、えっ?なんだこれ。どう言う事だ?)
彼が違和感を覚えるのも無理は無い。視線の先に黄色く表示された小さな小さな選択肢には、こう書かれていたからだ。
【ホルンガッハ子爵を見詰める】
なんだこれは?と、呆気に取られる選択肢ではあるのだが、これについての項目が数種類ほど“ちんやり”と並んでいる。
[オレンジ表記]危険性・傷病重篤性 中
ホルンガッハ子爵に助けを乞うように見詰める
[黄色表記]危険性・傷病重篤性 中下
ホルンガッハ子爵を漠然と見詰める
[薄黄色表記]危険性・傷病重篤性 小
ホルンガッハ子爵を力強く見詰める
(これだ!これしかない!)
自分の行動から導かれる結果ではなく、ホルンガッハ子爵のリアクションに頼るような選択であるため、選んだあとにどう言う結末が訪れるのかは全く見えない。だがこれが、これこそがラルフレインにとって一番危険度の低い選択である事に間違いは無い。
藁にもすがる想いでラルフレインは念じる――リスクアセスメント!ホルンガッハを力強く見詰める!――と。
腹に力を入れて息を止める。顔を真っ赤に染める勢いで瞳の周囲に力を込めた。まるで目からレーザー光線でも放つかのように視線に意志を込める。
……その視線の先、なんとホルンガッハ子爵はラルフレインを見ていたのだ。地方貴族の諸侯たちは、いきなり行動を起こした辺境伯の一挙手一投足に釘付けとなっているのに対して、唯一ホルンガッハ子爵だけがラルフレインを気に掛けていたのである。
(ホルンガッハ子爵、ホルンガッハ!俺を助けろ!)
ラルフレインの意志のこもった視線と、年老いたホルンガッハのシワシワのまぶたの奥の瞳が線で繋がった時、事態は劇的に動き出す。
「このぉ、痴れ者めがあっ!」
ヨボヨボの老人が椅子を弾き飛ばしながら立ち上がり、ラルフレインに向かって走り出したと思ったら、勢いそのままに彼の顔面をボコボコに殴り始めたのだ。
「辺境伯の下命に背くとは何事か!貴族の末席に連なる者として、何たる恥知らずか!」
突如始まった一方的な暴行に鼻白む貴族たち。同じく行手を塞がれた辺境伯も興が削がれてしまったのか、剣の柄から手を放し、踵を返してしまった。
「恐れ多くも皇帝陛下から名前を下賜して頂いた者として、その責任を果たさぬか!」
腰の座ったストレートのパンチでとうとうラルフレインは壁に吹っ飛び気絶する。ほぼほぼ後妻派で“ラルフレイン憎し”の影響下にある貴族たちは、声には出さないが瞳が喝采を物語っている。――ラルフレインざまあみろ、いい気味だ、ホルンガッハよくやった――と
だが、この場で一番喜んでいたのは、実はラルフレイン本人なのだ。そう、彼は助かったと口には出さず「ぐごっ!」っと悲鳴を上げながら気を失ったのだが、血だらけのその口元に浮かんだ笑みは間違いなく勝利の確信。ホルンガッハだけがそれを目の当たりにしていたのだ。




