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12) ユニークスキル 後編



 “辺境伯が立ち上がった!”


会議場にいる地方貴族たちは騒然とする。彼の命令に異を唱えた実の息子に対して、何らかの罰を行うのだろうと予想されるのだが、腰の儀礼剣に左手を添えている事から辺境伯は剣を抜くのではと思わせた。――貴族諸侯の集うこの場で、辺境伯に恥をかかせた息子を無礼討ちにする気だ!ーーつまり地方貴族の諸侯たちはこう感じたのである。

丸々と太っている訳ではないのだが、たるんだ腹と猫背はもう往年の辺境伯ではなく、漁色に埋もれた男の成れの果てが偽らざる今の彼だ。だが言われなければ辺境伯だと分からないその姿、その瞳に、溢れるほどの殺意の輝きが見て取れるのだから、貴族諸侯たちがザワつくのも頷ける。


(しまった、口にしてはいけない事だったか!)


 一方のラルフレインはその場に立ち尽くしてはいるのだが、この異常事態に身体が硬直してしまった訳ではない。余計な一言で場を凍らせて父親を怒らせてしまったと言う自責の念は多少なりともあるのだが、彼の本質には激しい闘争の炎が燃え盛っている。何故ならばラルフレインはこの場にいる者そのほとんどに、激しい侮蔑と敵対心を抱いていたからだ。


(現世のオレは甘かった。実の父からないがしろにされ、周囲からバカにされても、それでもいつかは和解出来ると思っていた。だから脳天気を装い作り笑いで誤魔化して来た)


 辺境伯は剣の(さや)を左手で持ち、右手をいよいよ剣の握りに添えた。ゆっくりと距離を詰めて来ながら直ぐに抜ける体制だ。たが一方のラルフレインは指一本動かさず無表情のままその場にいる。


(前世のオレと融合した今現在のオレは、全く別の感情を持ってコイツらを見ている。コイツらはダメだ、おおよそ人間の一番汚らしいところを具現化したような奴らだ。ホルンガッハ子爵は尊敬に値するから別としても、残りの奴らはどうにもダメだ!)


 ――負ける訳にはいかない!勝って生き残らなければ――

 ラルフレインが脳内でそう叫んだ瞬間、あろう事か時間が止まり、ラルフレインの思考だけが急速に回転を始めた。いや、時間が完全に止まったと言う訳ではない。何と辺境伯の足の動きがどんどんと鈍くなり、彼のまばたきすらも遅くなり始めたのだ。もちろん、辺境伯に時間を合わせるように、後妻や異母妹や貴族諸侯たちの呼吸すらもスローモーションのように遅くなり、いよいよ時間停止を錯覚させるような状況に陥ったのだ。それに反比例するようにラルフレインの思考回路だけが爆発的な速さで回転を始めるに至ったのだ。


(何だこれは?オレは今何を考えてる?)


 ラルフレインの脳内に展開されているのは目の前の光景のコピーとペーストと縮小化。辺境伯を中心にした光景が複製並列化され、まるで電気屋のテレビコーナーのように並んで行く。そしてそれはとどまる事を知らずにとうとう、トンボなどが有する虫の複眼を想像させるようにまで増殖したのだ。


  【危険性又は有害性の特定:辺境伯が自分に向けて剣を放つ】

  【リスクの見積もり:リスクレベル重大、命に関わる】

  【リスク低減措置の検討:どう処置すればこの危険性を排除出来るか】

 これらの文言はラルフレインの脳内に第三者が語りかけている訳ではない。ラルフレイン自身が無数の映像を見て感じたものだ。

 そう、ラルフレインはこの無数の映像一つ一つを見ている。そしてこの文言をもとに辺境伯が自分を殺しにかかっており、間違いなくこのままでは殺されてしまうと言う予想をもとに、生還方法の模索を高速で計算し始めたのだ。


 ・斬撃の瞬間、横に飛んで斬撃を避ける→一撃目を外しても二撃目三撃目が放たれる。リスク低減無理。

 ・後方へ飛ぶ→リスク低減無理、追撃が間違いなく放たれる。

 ・全てを捨ててこの場から逃げ出す→辺境伯は激怒し追手を放つから無理。クラリッタの身も危険。

 ・泣いて土下座して許しを乞う→貴族諸侯たちの前で恥をかかされた辺境伯が許す訳がない、無理。

 ・やられる前にやる、逆に先制攻撃で辺境伯を倒す→帯剣しているのは辺境伯のみで無理、仮に逆襲出来ても貴族諸侯たちに制圧される。


 ……これらはラルフレインが行った危険回避のシミュレーションの数々の一例だ。「襲いかかる辺境伯」と「避けられない絶対死」に対して、そのリスクをどうやって対処すれば逃れる事が出来るのかをほんの“刹那の時間”の間に、何通り何十通りと検討を繰り返していたのである。


(こ、これはまさか……オレが今頭の中で進めてる思考構築はまさか、労働安全衛生法第二十八条の二、リスクアセスメントなのか!)



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