11) ユニークスキル 中編
ある日のクレアモントバリー
初夏の爽やかな暑さは身を潜め、空一面を覆い尽くすどんよりとした雲からは小粒の雨が静かに地面を叩いている。農奴たちには恵みの雨ではあるのだろうが、ここクレアモントバリー城の会議室では不穏な気配を助長するような天候となっていた。
広々とした会議室の中央には円卓が据えられ、辺境伯と地方貴族たちがそれをぐるりと取り囲む。そして円卓を囲む貴族の背後には、その血族の子弟たちも用意された椅子に座り、議事進行を無言で見詰めている。そして辺境伯の席から真正面に見える壁際に、一人だけ椅子も用意されぬ少年が立っている。彼の名はラルフレイン・オーストレム、辺境伯の息子でありながらも、周囲からは“前妻の子”として認識される憐れな存在だ。
本日は通常の定例会ではなく、臨時の定例会。いよいよ農作物の成長が安定して来た事から、毎年恒例のインフラ事業を開始するにあたり、各種事業をどの地方貴族に割り当てるかと言う内容。橋の手直しや街道の整備など、様々な工事が辺境伯の口から発表され、流れるがままに地方貴族へと割り振られて行く。――この場にいる地方貴族の三分の一ほどが工事に割り振りされ、名前を呼ばれなかった地方貴族はその下請けに入る。毎年行われて来た慣例だ。
ただ今回の臨時定例会に限っては、今までの慣習や馴れ合いなどの“ふやけた”空気で穏やかに終わる事は無かった。会の最後の最後で辺境伯が発した言葉を端に発し、会議の場は騒然としたのである。
「最後に、毎年継続して行っている事業であるクレアモントバリー城の南東側城塞建設はラルフレインに任せる事とする!ラルフレインにおいては、応援のする貴族諸侯と協力の上、期日内において最大限の工事を進めよ!」
辺境伯バンダリア・オーストレム伯爵がそう高らかに宣言すると、貴族諸侯たちはどよめきを上げる。だがそのどよめきのほとんどは作られたもの。既に水面下で各種事業の割り当ては終わっており、つまりは貴族諸侯たちは全て知った上で場を盛り上げるだけのわざとらしいリアクションなのだ。
だがこのいやらしいどよめきは、とどまるどころか更に盛り上がった声にかき消される。何と“あの”ラルフレインがそれを良しとせず、辺境伯の言葉に食ってかかったのだ。
「申し訳ありません辺境伯閣下、このたびの件辞退させて頂きたく、ご容赦のほどよろしくお願い致します」
辺境伯の命令に対して、即答するかのような一切の迷いも無いこの返答。これこそがその場を騒然とさせる。辺境伯は咄嗟に顔をしかめ、背後の後妻と異母妹は顔を真っ赤にし、円卓を囲む貴族たちは既定路線からはずれた事に目を白黒させている。
(しまった。つい口に出してしまった!)
場の異様な盛り上がりに気付き、我に返るラルフレイン。この事からも、彼の口から出たセリフが決意や覚悟の元で放たれた訳ではない事が伺える。そう、前世と現世が融合して新たな人格となった彼は、いまだにその整合性を合わせるのに苦労していたのだ。――陰惨な人生を歩んだ陰キャの前世、よく言えば天真爛漫・悪く言えば脳天気のバカ。
ラルフレインは即座に反省した。だが反省はしたが後悔はしていない。なぜならば、意識が融合した後の彼は、この場にいる者ほとんどを心の底から嫌悪していたからだ。
(コイツら気に入らねえ、ホント気に入らねえ、ガチで気に入らねえわ)これが彼の心の声。
――西の蛮族の侵攻を何度も食い止めた帝国の誉と讃えられるもそれは昔の話。後妻にたぶらかされたのか色欲と食欲で顔も身体も醜くたるみ瞳も澱んでいる。今その姿を見て誰が辺境伯だと尊敬しようか、自分の父親だと思うと虫唾が走る。
――まだ染色技術も確立されていないような中世初期を思わせるセピア色のこの田舎で、自分は田舎者ではないと気取る派手な衣装の後妻。ドレスも派手、化粧も油絵のようにゴテゴテで、まるでそれは田んぼ道を練り歩くチンドン屋にも似ている。そんな気味の悪い原色だらけの物体が自分に対して悪意の視線をゴリゴリと刺し込んで来るのだ、“やるかババア!”とはらわたが煮えくり返ってしょうがない。
そしてその娘、異母妹も母親同様に着飾って特別な自分を過度に演出している。せっかくの若々しさや瑞々(みずみず)しさを引き換えに得た派手な衣装や化粧や貴金属を身に纏い、野心丸出しの挑戦的な表情はまるで自分こそが次の時代のオストレームだとでも言わんばかりだ。しかし野心がある事に関しては何も言わない。日々を怠惰に生きるよりは、野心に突き動かされて生き生きと動く者はむしろ好ましくすら感じる。だがこの異母妹にだけは激しい嫌悪を抱いてしまった。何故ならば彼女は、明るく振る舞う異母兄に向かい、前妻の落とし物、、、残りっカス程度の存在だとあざけりながら、侮蔑の笑みをぶつけて来ていたのだから。――あなたのようなゴミカスなど眼中に無いわ――と
父親である事を放棄した放蕩辺境伯、バンダリア・オストレーム伯爵
あらゆる汚い手段を行使して、自らを後妻ではなく正妻だと強調し続ける義母マグダレーナ・オストレーム
高級貴族を娶るか、若しくは帝国でも数少ない女性爵位を狙って次の辺境伯の座を伺う義妹、アンゼリカ・オストレーム
そしてこれらの汚らわしく欲深い一家に、卑屈な笑みを浮かべてすり寄って来る、小判鮫のような地方貴族たち。
脳天気だった彼はそれを許しても、融合し、統合したラルフレインにとっては忌避すべき邪悪な存在以外の何者でも無かった。だから彼は澄ました顔をしながらも脊髄反射に近い形で、辞退の言葉を述べてしまったのだ。
地方貴族たちのどよめきも消え、会議場に静けさがもたらされる。――その間数秒
すると辺境伯はスッと椅子から立ち上がり、腰の儀礼剣の鞘に左手を添える。そして円卓を挟み反対側に立つラルフレインに向かい、ゆっくりと歩き始めたのだ。




