第94話 行こう
あちこちから、芥が寄る辺なく舞っている。僅かに生き残った者達が、少しずつ集まり瓦礫の撤去や怪我人の世話をしていた。大聖堂は護衛魔道士達の手により、瓦礫は撤去され、そこで死体などは寝転がるなどしていた。その真ん中辺りに、ウラジミールはずっと座り込んでいた。彼はエヴァンケルの白くなった手を握ったりを繰り返した。だが、脈も無ければ温もりさえもない。彼は鼻をすすり、しょぼくれた顔で過ごしていた。
一方、ウラドは大聖堂の入口の傍らに座り込み、人々が大通りを右往左往して片付けをしている様を、ただぼんやりと眺めていた。眼前が荒廃しており、灰色の世界が視界にある。そこに、静かに礫を踏みしめながら来たのはロキだった。ロキは隣に黙って座る。ウラドは彼を一瞥して、疲れたような表情を浮かべる。
「そっちは平気そうだったかい?」
「アジャマールは魔人との戦闘により負傷。民間人は生還。」
「蝿のように集まるんだね。魔人って。」
「現時点のみで魔人は複数名確認されており、徒党組んでの襲撃だったと推測。疑問としては、魔人は群れないのが定説。」
「奴らに人間の物差しは使わない方がいい。奴らは基本確かに群れないが、群れられないのでは無く、群れる気がない。必要ならするだけさ。」
「理解した。」
「他にも誰も会わなかった?」
ロキは足を開いたまま、前のめりに肘を膝につける。
「亜人とエルフ。男性だ。」
「アルバートと、シモンか。あの二人も来ていたのか。」
「最初は赤い蛇がいた為、毒蛇と推測し投げ捨てたが、途端に人になっていた。」
「なんか似たことあったな。」
ウラドは軽く笑った。ロキは淡々と向こうを見ていた。何も反応せず、彼は無表情で言う。
「では。」
「うん。」
その時、大聖堂の入り口から、ウラジミールが出てきた。彼は鼻をすすり、真っ赤になった目をこすりながらウラドを見た。彼はひゃっくりを何度か繰り返しながらこちらに、トコトコと近づいてきた。
「神父の祈りがあるからって追い出された。」
「まぁ、風にあたる時間もできただろう。なんか、開けた場所無いかな。」
「奥の方に、高台があるぞ。」
「それじゃ、そこに行こうか。」
ウラドは立ち上がると、彼の背中を軽く摩り、歩き出した。
瓦礫の山は徐々に崩れ始めており、綺麗に開けた場所になりつつあった。都市の奥の方では、大通りよりかはあまり損害はなかった。せいぜい窓が割れていたり、レンガの壁が一部はじけ飛んでいる程度だった。ウラジミールは家々の土台の隙間に咲く野花を見つめたりしつつ、少し先を歩くウラドの背中を見た。そう繰り返しながら、二人は階段を上る。そこも、人の気配はなく、背後のほうから瓦礫を片付ける人の声が谺している。高台には何もなく、ただ都市の城壁と、その先の僅かな景色、そして青空のみだった。ウラドは鉄製のフェンスに前のめりにのしかかり、ウラジミールはその隣に立つ。
彼はもう一度鼻をすする。そして、子供の様にしょぼくれた声で言う。
「なぁ、人間。」
「ウラドね。」
「ウラド、お前は、こんなこと見たことあったのか?」
「うん。何度もね。」
「そうか―――」
「そういう君は――――まぁ、初めてだろうね。」
「うん――――俺さ、錬金術師に殺されそうになってた神父を助けたんだ。――――そんとき――――」
「うん。」
「――――そん時、そいつがさ「ありがとう」って感謝したんだ。でも、俺の拳は真っ赤で、足元も、後ろにあるものなんて見たくなかった。でも、神父は嬉しそうに、俺に感謝してたんだ。――――俺は人を――――殺したのに、なのに、人を助けたんだ。――――俺は、良いことをしたのかな。」
しどろもどろになりながら語る彼は、冷や汗をかき、血色の良い掌を見つめていた。ウラドは長く息を吐き、少し残念そうに言う。
「戦争なんてね、良いも悪いもないんだよ。この都市みたいにね、なんにもなくなるんだよ。」
ウラジミールはまた、涙が溢れそうにありながら、何度も袖で目をこする。
「俺、自分なりにこれは、最善だと思ってた。俺の中の善だって。でも――――俺は、人殺しになったんだ。俺は――――」
ウラジミールはまた泣きながら言う。
「なんで、気づけなかったんだろう。こんなごとしたって、意味な゛かったのに。俺は、聖導師も悪の要素があるって思ってた。俺はせめて、違うことをしようとした。できるだけ、目の前のあkにならないようにした。でも、あの場にいた時点で、俺は――――」
ウラドは、泣きじゃくるウラジミールの背中を強く摩った。
「戦争は、何も与えない。戦争の中にいた人間だけが何かを悟るんだ。」
ウラジミールは長く泣いた。
「ウラジミール――――!」
ウラジミールよりも一段と低い声が、彼を呼んだ。振り返ると、そこにはギルデロイが立っていた。彼は土まみれになってはいなかったものの、汗を滝の様にながし、今は知っていたかのようにゼェゼェと息を吐いていた。ウラジミールは思いっきり泣きだすと、そのまま彼の胸の中に飛び込んだ。吹っ飛びそうなほどの勢いであったが、ギルデロイはがっしりと受け止め、強く、強く抱きしめた。
「よく――――!!よく生きていてくれた!『我が息子』!」
ウラドは、軽く頷くと、そのまま、別の場所から大通りへ出て言った。大通りの、大聖堂の前で女房達が炊き出しをしていた。ウラドは、そのそばに座り込んでいた子供たちに遊ばれつつ、文字や数学を教えていた。六歳ほどの子供に髪の毛をバサバサと摩られているとき、ある若い女性が足を少し引きずりながらこちらに歩いてきた。桃色の髪で、丹念に整えられたであろう髪型は残念になっている。彼は、子供たちに少し向こうで遊ぶように言い聞かせる。そして子供たちが走り出したのを、軽く見送ってから、訝し気に問う。
「君誰だい?」
「アジャマールよ。ウラジミールが世話になったわネ。」
「そう。君が、護衛魔導士の親玉ってわけか。」
「まぁ、そんなところね。アタシが来たのは、テナーナから聞いた話の確信が得たくて。」
「確信?」
アジャマールは聖典を召還する。
「学会でのカインの発言では、貴方をカルタフィルスとも言っていたわね。神の子に石を投げたため、罰として彷徨うこととなった。他の一節では、神の子の弟子であり、子によって死ねなくなったともされているけど、どちらかは不明なの。」
「カルタフィルス――――ね。」
「貴方、どうやって死ねなくなったの?」
「――――話せば長いよ。それに、聞いてどうするんだい。」
「何も。」
「なら言わない。」
「――――取引と行きましょう。貴方含め、カインの存在が本当の者であるとなれば、聖典の物語は真実となるわ。」
「つまり、僕は彷徨える人間だと認めろと?」
「そうよ。」
「――――断る。」
「では、どうするつもり。貴方は西へ行きたいはずヨ。」
「この情勢不安によって、確かに港は閉じるかもしれないね。でも、僕には関係ない。僕は彷徨う人間ではあるけど、聖典の人間ではない。僕は、ただの独りの人間さ。家族と、友人たちを殺され、生かされた人間だ。僕が死ねなくなったのは『罰』なんかじゃない。――――愛だよ。」
「――――有難う。」
「一つ聞くけど、君、この戦争をどう思っているんだい。」
「一つの転換点よ。これで、聖導師もとい、教会の権力は盤石なものになったわ。」
「こんだけ死人が出ておいて?人間は、本当に懲りないね。」
「確かに、人は長い歴史の中で、戦争を何度も繰り返してきた。――――でも、その戦争は必要だったのよ。少なくとも、『当時の人々は、そう信じてやまなかった。』」
「――――その通りだ。だから、戦争は無くならない。」
彼は歩き出した。崩れかかり、最早神の抜け殻となった大聖堂は、陽光を眼前から浴びていた。
大聖堂の背後の広場を通りに抜け、出口ともいえる都市のもう一つの門へと向かって歩いていた。その時、遠くからでも見えるほど赤い髪が見えた。
「シモン!」
男は振り返った。確かにシモンだった。彼は嬉しそうに手を振り駆け出した。そして、ウラドに思いっきり抱き着く。
「良かった。無事で。」
「そっちも、元気そうだ。」
「アルバートはまだ奥で瓦礫をどかしているんだ。」
ウラドは晴れ晴れとした面持ちで言う。
「そうか。君たちも来るかい?」
「もちろん、まだまだ旅は続くよ。いつ出立する?」
「明日にでも出ようかなって。」
「そうだね。あまり長居はできないよね。僕たちも今日中にある程度まで進めるよ。」
「わかった。」
ウラドは杖を召還した。そして、一振りする。すると、先ほどまで重々しく鎮座していた岩々が羽の様に浮かび、ガタガタと進み、大聖堂の背の隅に置かれる。人々は歓喜した。瓦礫を片付ける最中でも歌をうたい、笑いあった。ウラドも、久々に人とのかかわりで微笑みを浮かべた。空は青く、人はその青さを知った。
***
翌日、荷物をまとめたウラド一行は大聖堂のほうを見た。大聖堂では、死体が共同墓地に埋葬されていた。そこには人だかりができており、涙を流し別れを告げる女子供、老人たちがいた。少し憐れみ深くそれを見たのち、一行は都市の外に出た。
「待ってくれ!」
彼も荷物をまとめた様子だった。彼は飛び込まんとする勢いで彼のもとへ来た。
「俺も行く!」
「何言ってるんだい。」
「俺は、なんも知らない!だから知るために行く!俺は何をすべきなのかを知りに!!」
ウラドは、面倒くさそうにシモン達を見る。シモンはニコニコと微笑み、ウラジミールに言う。
「いいじゃないか!旅は大変なことも多いけど、君にとって大事な経験になるよ。」
ウラジミールは太陽の様に顔を明るくした。
「おい。」
ウラジミールは振り返ると、そこにはギルデロイ、ロキそしてテナナがいた。ロキとテナナは何か切符のようなものを持っていた。ウラドは、荷物の具合を見て言う。
「君たちも来るか。」
「無論。船への切符だ。西へ行けるぞ。」
ロキは切符を差し出すと、皆は感心した様子で低い声おぉ、という声が響いた。その時、ギルデロイはウラジミールの頭を撫で、安堵の表情で言う。
「息子よ。お前が何者になろうとも、お前は俺たちの息子だ。お前の帰る場所はある。行ってこい。」
ウラジミールは尾を振って、元気に返事をした。彼らは背を向ける大聖堂に立つギルデロイに手を振りながら、別れを告げた。ギルデロイは軽く手を振ると、すぐに目をこすっているのが見えた。
この出来事は、のちに『ユリウルス暦10世紀における錬金術師と聖導師の最後の戦いであった』と認識される。そして、この一連の戦争を『錬聖戦争』と総称された。




