第92話 神の騎士
この頃、ウラジミールも魔導士の位置を把握していた。とりわけエヴァンケルの位置ははっきりと認識することができた。何故なら彼とはよく血統をしており、そしてよくよく清潔にしているため、石鹸の匂いがするのだ。ウラジミールは雷を広げたまま、自慢げに走り出した。そこまで遠くはなかったので、彼の人影はすぐに発見できた。彼は片膝をつき、殺気立った目つきで辺りを警戒している。
「エヴァンケル!!」
エヴェンケルはふと顔を見え気、ウラジミールを視認した。彼は打って変わって不思議そうな眼差しで彼を見た。
「ウラジミール。何故ここに?」
「錬金術師が撤退したんだ!もう戦う必要ないんだ!」
嬉々としてそのことを言ったウラジミールを見つめつつ、エヴァンケルは立ち上がり、剣の柄を握り直す。
「そうか。他にここには誰かいるのか。」
「え?あぁ、この埃は魔人が形成したんだ。でも魔人は一人しかわかんないな。まだここに人間はいるぞ。」
「そうか。お前は、ギルレンス殿を連れて離脱し、民を救いに行け。」
ウラジミールは目を丸くする。エヴァンケルはウラジミールに目も合わせず、ただ目の前の果てもないような土煙の中を見つめている。ウラジミールは寂しさと、疑念でエヴァンケルの裾を軽く引っ張る。
「――――なぁ、エヴァンケル―――お前はどうするんだよ。」
「俺はこのまま、ルコルと決着をつける。」
「もう、ルコルってやつと戦う必要なんてないんだ!戦いは終わったんだ!」
「だからこそ、お前は離脱しろ。俺は残る。」
「なんでだよ!もうそんな必要が無いんだ!」
エヴァンケルは親の仇の様にウラジミールを睨むと、歯を食いしばったまま、彼を突き飛ばした。彼は怒鳴る。
「お゛前には分らないだろうな゛!」
ウラジミールは目が点になったまま、彼を見つめていた。エヴァンケルはゼェゼェと荒い息を吐きながら、少し落ち着きを持とうとした声で言う。
「お前は家族が殺されたことなんてないだろ。目の前で、惨たらしく!何も出来ないまま――皆殺されてたなんてことなかっただろ。――――俺たちは、錬金術師とかどうでもよかったんだ。どうでもよかった。」
俯いているエヴァンケルを見つめながら、ウラジミールは無意識に涙が出てきてしまった。エヴァンケルは目を上げ、ウラジミールを見つめる。空色の瞳が、怒りと、悲しみと希望のある輝きを放っている。
「何もしていない奴を殺せるだなんて、人のすることか?いや違う。ならば――――錬金術師は人じゃない。獣だ。」
「エ――――エヴァンケル――――」
「終わるんだ、ウラジミール――――この戦いで。俺に救いは要らない。だが、死んでいった奴らには救いが必要だ。そうでなければ――――死んだ意味がないだろ。」
ウラジミールは弱弱しく頷き、立ち上がった。恐らく11時の方向にいるのが例の錬金術師なのだろ。それはウラジミールにもわかっていた。そして、9時の方向にいる存在、あれこそが諸悪の根源なのだろう。しかし、何故攻撃してこない。既にこちらの居場所は把握しているはずだ。ウラジミールは寂し気に言う。
「それじゃ、俺は行くよ。舞台は整えてやる。最後の手向けだ。」
エヴァンケルはしばらく黙り込んだ後、穏やかそうな声で言う。
「―――――怒鳴ってごめんな、ウラジミール。お前が隣人で、よかったよ。ありがとう。」
ウラジミールは、何も言うことなく煙に巻かれていった。エヴァンケルは空を見上げる。不思議なことにここからは空が見えた。彼は只青い空の青さを知り、その青は、なんだか今までよりも明るく美しく感じられた。感慨深く、彼は朗らかに微笑んだ。そして彼は歩き出した。優雅に、まるで結婚式の歩みの様に。砂埃をヴェールカーテンのように片手で払いのけると、そこにはルコルがいた。彼もまた、エヴァンケルを前に、晴れ晴れとした表情を浮かべ、杖を構えた。
エヴァンケルは満足げに笑った。空は晴れ渡り、今にも天使が舞い降りてきそうなほど広々としている。彼は大きく息を吸い、そして吐いた。視界が、思考が何もかもがしがらみから解き放たれ、ただ一つの意志のみが立ち上がる。彼は強く剣を握りしめ、輝く刃をルコルに向ける。今、この場では、彼は神の騎士だ。
ご高覧ありがとうございました!
今回はなんとも言えない、本人にしか分からないような心境が多かった気がします。というのも、僕的には復讐心を持つのは特に悪だとは思ってないというか、思えないというのが有りますね。その復讐心は日常にもあり、それを原動力に人は突き進むこともできる。実力を培うことも出来る。復讐心というのは言わば爆発的なエネルギーとも言えるわけです。そう考えると、今はその人にとって有限なエネルギーを使える唯一の場なので、妨げるのは野暮であり、その権利はあるのかとも思ってしまいます。
故に、ウラジミールの止めたい心境と、エヴァンケルの進みたい心境の2つが存在するのは、今回僕にとっても難しい物語でした。
次回もお楽しみに。




